勇者と聖女(誰?)
高い天井に光を散らす無数の燭台。
王宮最大の大広間は、豪奢な衣装を纏った貴族と要人で埋め尽くされていた。
扉口から入場した王族たちが、中央の赤絨毯を進むたび左右に控える人々が恭しく頭を垂れる。
第五王子である、団長もその列だ。
黒のような深い藍色の礼装に、銀糸で縫い取られた王家の紋章。
腰には儀礼用の佩剣。
(……たぶん、本物の剣だと思うけど)
──その顔立ちも背筋の伸びた歩き方も、武人であることを隠しきれないが、優雅そのものだ。
「これより、勇者御披露目の式を始める」
王座から響く国王の声に、大広間のざわめきが静まり返る。
侍従が合図し、中央扉から一人の若者と少女が進み出た。
鎧をまとい、まだあどけなさを残した顔立ち──やや不安げな足取り。
少女の方は、清楚な白いドレスを纏い控えめながらしっかり歩を進めている。
今回、新たに召喚された勇者だ。
だけど──聖女って?
「我が王国に召喚された勇者グラン。そして聖女フィリア。彼の力と勇気を、慈愛と癒しをここに示す」
王の宣言と共に、場内から拍手と歓声が巻き起こる。
勇者は深く頭を下げ、壇上に立った。
「そして……」
王はわずかに間を置き、別の名を告げた。
「長年、王国の剣を預かってきた第一騎士団長、グラハム・ローウェル卿が、このたび定年により退任することとなった」
白髪混じりの壮年の騎士が前に進み、膝をつく。
「陛下の御下命により務めた三十年、誇りにございます」
短く簡潔な辞が、武人らしい生き様を物語っていた。
「後任として──我が第五子、アルフォンス・グレイシア・アルシアを任ずる」
一瞬、場が息を呑む。
礼装姿の第五王子が赤絨毯を進み、壇上へ。
その姿には先ほどまでの「王子様」の影はなく、威厳と力強さがあった。
「アルフォンス、そなたに王都の剣を託す」
「はっ。謹んで拝命いたします」
片膝をつき、剣に手を添えて敬礼する。
その声は大広間の隅々まで届いた。
立ち上がった団長は、隣に立つ勇者へと視線を向ける。
「勇者殿。慣れぬこともあろうが、このアルフォンス、微力ながら尽力致す所存。困った時はお声掛けください」
勇者が頷き、二人の視線が交わる。
その瞬間、場内の空気が再び響き渡る拍手と共に熱を帯びた。
「それでは、両名の新たな門出を祝し──乾杯!」
王の声と共に杯が一斉に掲げられ、陽気な楽の音が再び広間に満ちていった。
(──ハナは?ハナがいないじゃないのよ。犬だから参加不可なのかしら)
私はこっそりと、儚げで小柄な『聖女』を観察した。
鑑定──
▶聖女フィリア、15歳、女性
王都郊外の草原で、三日前に保護された。
脳内に浮かぶ文字列は点滅している。
これは、擬装ステータスだ。
術者よりも強い私には、通用しないけど。
擬装を突破して見てみれば、なんのことはなかった。
(夢魔のジーンじゃないの!身長も変えられるとは……さすが魔力で身体を構築する種族ね……)
「こっち側だった……」
うまいことやったわねえ、魔王組合。
ハナはどういう扱いになるのかしら?
そもそも、犬がいるという発表も無いし……
「まあまあ、アルの意中の女性って!ずいぶんな美人さんじゃないの!」
「全くだな」
金茶色の艶やかな髪を、シンプルに結い上げたワインカラーの女性が声を上げた。
団長の母君──第二側妃のヴェルヘルミーネ様と、団長のお兄様かしら?
側妃様は給仕が持っている銀の盆から、赤ワインのグラスを取り、ご機嫌な様子。
パートナーが継承権放棄してるとはいえ、王族なので、私はあっちこっちに引き回され、見せ物状態だ。
令嬢達の突き刺さるような、視線も感じる。
この隣で涼しい顔をした団長は、実は優良物件なのだ。
合併された亡国──今はアルシア国北部のグレイシア公爵家を継ぐことにも、なっている。
名前にグレイシアが入ってるのは、誕生時から決まっていたそうで──
アルシア国王に一番よく似てるという政治的な理由から、確定事項だったんですってよ。
(血を重んじる貴族のやり方ね。亡国の面影はゆるさない、と)
元々のアルシアの公爵家は、宰相だし一人娘は王太子の婚約者だ。
こちらが南の公爵家、なら団長は北の公爵家ってことね。
(団長も、宰相もお嬢様も──愛♡魔馬倶楽部のメンバーで仲良しっぽいけど)
北の領地のことを、団長たちと話していると。
「戦争が終結したのは──まだ三十年ほど前の話だからな」
団長は、嫌そうな顔をして呟いた。
「つまり、表立ってはいないけれど」
「うむ、火種はまだあるだろうな」
(やだやだ、やっぱり王族になんて関わるもんじゃないわね)
団長の同腹のお兄様である、第三王子殿下はちょっとだけ足が不自由なようだ。
大事故から生還したのだから、歩けるだけ僥倖なんでしょうけど。
こちらは母君の、ヴェルヘルミーネ様によく似ていらっしゃる。
「まあ、我々はチェスの駒みたいなものさ」
第三王子、ジャスティン様はそう言って穏やかに微笑んだ。




