夜会の準備
今日は勇者御披露目パーティの日だ。
私は相変わらず朝寝坊で、起きてからもダラダラしていたけれど、ミシュティは忙しそうだ。
私は──勇者関連の情報収集が目的だから、そんなに着飾らなくても良いんだけど。
「ジューン様、まずは湯浴みですわ」
本日の私は──やる気満々のミシュティのなすがままだ。
美容オイルを塗りたくられて、マッサージ。
香油はあんまり好きじゃないから、無臭のものチョイス。
どうせ香水つけるんだから、オイルまで香りはつけたくないのよね。
香水も、濃く香らせるのは好みじゃないし。
「毎回思うのですけれど……ジューン様のお顔って、メイクしないほうが良いんですよねぇ……」
ミシュティが、ちょっと困ったように呟く。
「少しだけ眉を整えて、つけるとしたら──口紅くらいですわねぇ……夜会ですし、赤みのあるお色がオススメですわ」
その前に、とミシュティが軽食の準備を始めた。
「コルセットつける前に軽く召し上がってくださいね。着けたらもう食べられませんからね」
(やった!タマゴサンドだ!)
2時間ほど休憩して、王都の家に転移。
夜会開始時間の4時間前から、最終準備がスタートした。
──獣人や獣人タイプの妖精の『手』は、いったいどうなっているのか。
私は鏡越しに、ミシュティの猫の手な手元を観察していた。
(あのブラシ、どうやって握ってるの……魔力で吸着?)
くだらない考えをよそに、ミシュティは流れるような所作で髪を結っていく。
「この美しいグラデーションは隠すべきじゃありませんわね……ジューン様はれっきとした『未婚令嬢』ですし、ハーフアップでよろしゅうございますわね」
「任せるわ」
ティファニーブルーから透明へと溶ける髪色は、余剰魔力の光をチカチカと散らしている。ドレスはすでに着せられ、仕上げを待つばかりだ。
「私がいただいた髪飾りは、ネコ毛にも付けやすくて仕事の邪魔にならないんです──ジューン様のは華やかで……素敵」
星と月を模した髪飾りが、ミシュティの手で丁寧に留められる。
窓の外に目を向けると、寒期特有のラベンダー色の空が広がっていた。
「うう、苦しい」
「そんなに締めてないですよ。ジューン様はスタイルがいいですから」
「もっと締める人がいるなんて、信じられないわ……」
「数人がかりで締める方も多いんですよ──なので、ドレスアップ後は、血行が悪くて失神しやすいって聞きましたわ」
「そこまで行くと、命懸けよねぇ……」
コルセットは完成したら最後、飲み物一口が限界。
女性の社交界とは──息をすることしか許されない世界だ。
やがて迎えの馬車が到着する。
玄関に立つ団長──第5王子殿下は、濃い金髪に氷河色の瞳。
二度目のタキシード姿も、やはり美丈夫としか言いようがない。
「ほう、相変わらず美しい」
「ありがとう。団長も素敵よ」
馬車に乗り込むと、すぐ打ち合わせが始まった。
「──で、私の立ち位置は? 女避け? エルフの護衛?」
「いや、父と母には……普通に口説き落としている最中の、意中のエルフだと」
……は?いきなり来たわね。
「本気で?」
「うむ」
「……ああそう。じゃあ頑張って?」
「そうだな」
団長は前を向いたまま、わずかに口角を上げた。
「そういえば、ミシュティへのドレスと宝飾品、ありがとうございました」
「スタンピード避難所で大活躍してくれたからな。有能なメイドだ」
「ふふ、でしょう?」
王族専用門まで馬車は十分ほど。
到着すると、控え室に通される。
王族の入場は、最後の方だからね。
「……貴族って生活に困らないけど、決まりが多くて大変ね」
「そうですわね。どこの国も多いと、家政学校で習いましたわ」
「習っただけで、実際は初めてで……少し緊張します」
「今回は高位貴族とそうでない貴族で会場が分かれるみたい。違いを見比べると勉強になるわ」
「メイド服の差も気になりますわ」
「ええ。主に貴族自身に関係ない部分がね……見る人は見てくるから」
鏡越しにミシュティが微笑む。
「ジューン様より目立たず、でも意匠は凝っている……負ける気がしませんわ」
「ふふ、本当に。良いものを贈られたわね?」
「はい!」
ドレスも宝飾品も、文句なしの最高級。
メイドにまでこの待遇──団長、案外本気かもしれない。
(悪い気はしないけど、媚びるつもりはないのよね。自由が一番)
案内役が近づいてきた。
「そろそろお時間です。殿下のもとへご案内いたします」
──夜会なんて、何百年ぶりかしら?
ハナの観察もしておきたいわ。
老犬だし、冒険に連れていくのかどうかも知りたい。
勇者パーティはまだ確定してないらしいけど、その辺の情報も欲しい。
アルフォンス殿下が、私の手を取った。
「──では、行こうか」




