桃色なのはピクルスだけじゃなかった
王都の我が家の前の通りにあるのは、民家と商店が半々。
貴族区に面してるせいか、騒音や匂いの出るような店はないので静かなものだ。
ジョンの店は、通りから外れてはいるが、すぐ近くだった。
「ああ、やっぱり。カフェのお店ですわね」
この世界では、よくある営業形態だ。
マジックバッグありき……ではあるが、在庫や備品を確保するスペースを『個人』で確保できるため、ひとつのお店をオーナー交代制で開いている事も多い。
この店も、そういう形態なのかもしれない。
民家を改造した物のようで、カウンターメインでテーブル席はふたつ。
ミシュティの話によると、カフェはテイクアウトのお客様も多いんだとか。
来るのが早かったのか、看板が裏返しだ。
ちょうど、漆黒の素敵なウサギ獣人が入ろうとしていたので「すみません、何時から?」と聞いてみた。
「今からッス!マスターーー!お客様ッスよー!」
さあ、どうぞ!と、ウサギ獣人が招き入れてくれた。
「おお!?ジューンさん!」
相変わらず元気そうなジョンの姿に、私は笑顔になった。
ミシュティはお酒が好きだが、あまり強くはない。
好みは、アルコール度数の低いロングカクテル。
私は米のお酒、ミシュティはミントたっぷりのモヒートを注文する。
艶やかに飴色に磨かれたカウンター。
心地よい静けさ。
ここは、もともとジョンの父親の店だったという。
いまは孫、つまりジョンの甥が継いでいるんだとか。
本来は早朝から夕方までのカフェ営業。
ジョンが帰還してからは、甥の好意で夕方から深夜まではジョンが店を借りているらしい。
「そんなわけで、細々だけど生計は立てられてるって訳さ!」
ジョンがピンク色に染まった玉葱のピクルスを、カウンターに置いた。
「まあ! 可愛い色……あっ、甘酸っぱくて美味しい!」
ミシュティが目を輝かせる。
「へへ、紅キャベツと漬けると色が移るんだよ」
「まあ!──では、茹で卵も染まるでしょうか?」
「おっ、いいねぇ。ピンクのタマゴなんて、女性客に受けそうだな」
私はシャクシャクと甘酸っぱいピクルスを味わいながら、楽しそうなふたりの会話に耳を傾ける。
ジョンは話しながらも、手は休めない。
「設備の関係もあって、酒がメインではあるんだけどな。ちょっとした料理は出したいんだよ」
重ねられた葉物野菜のミルフィーユ。
キノコのソテー。
皮ごとじっくり焼いた玉葱──。
どれも、ゴブリンのダンジョンで鍛えたジョンならではの野菜料理だ。
変わった調味料は使わず、どれもシンプル。
それでも──
「美味しい……」
素材の味が、最大限に引き出されている。
(センスがあるんでしょうねぇ。こういうのを、見た目もよく作れるなんて)
私の米酒は、好みの辛口。
「最近、米酒が流行っててな」
ジョンが語り始める。
「ダンジョンじゃ、酒なんてなかったしよ。帰ってきてから飲みまくってさぁ……」
そこに出てきたのは、一口大にカットされたコケットのソテー。
粗みじんの野菜ソースがたっぷりとかかっている。下処理が丁寧で、臭みはまるでない。
パリッと焼き上げた皮と、ジューシーな肉。
香味野菜を絡めて口に運べば、手が止まらなくなる。
コケット肉が大好きなミシュティは、一心不乱に食べている。
「ジューンさんには、タマゴサラダだ」
冒険中、タマゴサンドについて熱く語ったのを覚えていたらしいジョンが、玉葱たっぷりのサラダを出してきた。
お供は、大辛口の米酒。
「米酒に合うよう、マヨソースは使ってない。こめ油と酢で和えてる」
「へぇ……野菜もいっぱいね。あら、美味しい」
タマゴの濃厚さに、野菜のバランスの良さ。
やや濃いめのドレッシングは酸味を抑え、塩揉みされた野菜とよく馴染んでいる。
「これは──ワサビ?」
「おう、ワサービだ。米酒に合うんだよなぁ」
「ぁぅ……」
興味津々で、ワサービ味にチャレンジしたミシュティが鼻を押さえて身悶える。
どうやらミシュティは、ワサビがダメなようだ。
ひげを震わせ、涙目になったミシュティ。
気の毒だけれど、なんとも可愛らしい。
ウサギ獣人の青年、セシルが真剣な顔で頷いて言った。
この子はジョンの甥っ子の奥様の弟。
「獣人にワサービはきついッス……」
「ぅぅ……私、よく猫獣人って思われてるんですけど……妖精なんですぅ」
「へえ!でもめちゃくちゃ可愛いから、どっちでもいいッスね?」
セシルの軽口に、ミシュティが驚いたように目を見張り、俯いた。
微かにピクピクと揺れる尻尾と耳……照れている。
ジョンは笑いだし、セシルは慌てて言い訳をした。
「や、すいませんッス!ちょっと気が緩んだっていうか……可愛すぎて、つい……うわ、俺なに言ってんスかね!?」
これは──ミシュティが人間だったら、真っ赤になっているはず。
私は、チラリとセシルに目線を向けた。
やや毛足の長いスラリと背の高い真っ黒なウサギ獣人で、垂れ耳だ。
瞳はミシュティと良く似た鮮やかなブルー。
獣人の美醜基準は良くわからないけれど、エルフ目線でいうと、かなりイケている。
恥ずかしそうなミシュティで、もう一杯お酒が飲めそう……!
私とジョンは、ニヤニヤしながら乾杯した。




