勇者と犬
興奮醒めやらぬ様子のミシュティを連れて、一旦ひよこ島に帰宅。
「ジューン様、凄かったですわね!虚無のアイヒェル様の凛々しさと言ったら──」
「フレスベルグよ?見てるでしょ、喋ったら台無しな──」
ミシュティは、キリッとした顔で言った。
「ジューン様、それはそれ、これはこれ、ですわ」
──なるほど。
キャラ萌えってやつかしら?
「今回の勇者パーティはどうなるんでしょうねぇ?私、ワクワクが止まらないです」
「そうね、千年ぶりだし──ああ、ミシュティは初めてのイベントなんだもの、そりゃ楽しみよね」
「そうなんです!もう楽しみで楽しみで」
「夜の19時から23時までは勇者チャンネルの放送やるはずだから、夜は実家に帰って見てきてもいいわよ」
「まあ!ありがとうございます、ジューン様!」
──深夜になったら、こっそり王城に忍び込んで見てこようかしら。
勇者と犬の健康状態を確かめてからじゃないと、動きにくいだろうし。
(本来なら召喚した瞬間に、チェックしなきゃいけないのに──みんな豆柴に夢中で気がついてない)
私は、ひっそり溜め息をついた。
今回は関係ないんだから、ほっとけば?という自分と、気になってしまう性分の自分との戦い……なのである。
(あ、夢魔と一緒に行けばいいか。たぶんまだ王城付近にいそうだし)
私はミシュティを下がらせて、王都に飛んだ。
──夜も遅いというのに、街はざわめいていて人も多い。
既に流布の工作員が暗躍しているのね。
勇者召喚の噂が、街中を駆け巡っているようだ。
精密な隠蔽魔法を自分にかけて、人々の立ち話の声を拾いながらのんびり王城へ向かう。
──隠蔽魔法は便利なようで不便なのよね。他の魔法を使ったら効果がなくなっちゃうの、ほんとめんどくさい。
転移は例外にして欲しいわ……
「勇者ってどんな方なのかしら」
「最近のスタンピードとか、怪異ってやっぱり──」
「魔王が出現したって噂、ほんとうだったんだな」
「これからどうなっちゃうんだろう……」
勇者召喚に興奮する人、魔王に不安を覚える人──反応は様々のようだ。
ほどなく、王城近くに佇む夢魔を発見。
物陰でちょっとお話をする。
「夢は明け方予定なんです。起きる直前にしないと、明晰夢でも記憶がおかしくなりますからね」
そう言うものです、と夢魔のジーンはそう言った。
すらりと背の高い、金髪碧眼の優男だ。
勇者には女神フィアンとして『お告げ』するらしい。
「女とか……神かどうかは勝手に誤解してくれると思うんで、実際の性別なんてノープロブレムですよ」
「なるほど、女神ですって言わなければ嘘にならないものねえ」
「あ、これ王城見取図です。え、勇者の方……うん、勇者にもお告げの夢を見せるから調査済みですよ、部屋はここです」
ジーンは地図を広げ、勇者が泊まっている部屋を指差した。
「年寄りの方が早起きなんで、俺は王様やって勇者に行く予定です」
「私は見に行くだけだから、さっさと済ませちゃうわ。教えてくれてありがとう」
ジーンにお礼を言って、隠蔽かけ直して。
私は、そっと王城に滑り込んだ。
もちろん、面倒なことはせず正面突破だ。
(召喚当日だから、人の出入りが多くてラッキーだわ)
非常事態だからか騎士やメイド、侍女がたくさん立ち働いている。
どことなく落ち着かない雰囲気の城内だけど、逆に潜入しやすいのはありがたい。
勇者は2階の南側──賓客フロアに案内されてる模様。
そっち方面にお茶のワゴンを押して行く上級侍女を見つけたので、たぶん勇者のところに行くんだろうと推測して、後をつけていく。
(戦時中じゃないからなんだろうけど──警備がザル過ぎるわねぇ、危機感煽ってから召喚した方が良かったんじゃないかしら)
勇者は、不安そうな顔でベッドに腰かけている。
豆柴は、その足元。
(黒豆柴。これは可愛い)
フムフム、勇者は高校2年生、吉沢 純。17歳の男性──健康ね。
特殊能力は勇者……剣聖、頑健、豪運、ストレス耐性。
いいんじゃないかしら。
(勇者は問題なし)
豆柴は──柴犬、名前はハナ……17歳のオス……年齢のわりに健康。
(老犬じゃないの!)
特殊能力は──え、聖女?嘘でしょ。
(オス……何故聖女!)
柴犬がこっちを見たが、またテロンと横になった。
──聖女、癒し、浄化にリラックス……確かに聖女っぽい構成だけど……ええっ!?
サムライ!?
(聖女でオスでサムライ……)
※高齢のため耳が遠い
私は動揺する気持ちを抑えつつ、部屋の角に行って王都の自宅に転移した。
(近くで確認できなかったけど──ハナ、年齢的に白内障とか大丈夫なのかしら)
とにかく、これは審議に掛けなければいけない。
はたして、老犬に魔王討伐(しかも予定は1年間)の旅のお供をさせていいものかどうか……
動物虐待にならないかしら?
とりあえず、早急に組合会長のカルミラに報告しなくては!




