勇者召喚の儀
──ミシュティが、おろおろと庭を歩き回っている。
「ジューン様、あれは──」
私は溜め息をつきながら、答えた。
「あれは……勇者召喚陣の光よ。フレスベルグがやったみたい。あの人、いつの間にネイシス大陸に上陸したのかしら」
「まあ!ではとうとう勇者イベントの幕開けなのですね!」
「そうなるわね。中継の魔力波は魔界にしか無いから、魔界に行ってテレビ見ましょうか」
「はい!」
私たちは、カルミラの城に転移した。
魔王組合専用の大サロンには、巨大なスクリーンが設置され──お祭り騒ぎだ。
『今季魔王』のフレスベルグとティティ以外は全員揃ってる。
「リアルタイムで見れなくて残念だったわね、ジューン」
初代魔王のカルミラが、ワインのグラスを差し出しながら妖艶な笑みを浮かべた。
「今からもう一回放送されるってよ」
既に酔っぱらっている2代目魔王のレスターが、大声で叫びスクリーンを指差した。
テロップが流れている。
~第6代目魔王・フレスベルグ勇者召喚の儀~
画面にレポーターの姿が現れた。
──ティティじゃん。
《私はいま、遠くの大陸──ネイシス大陸に来ています》
(真面目に喋ってる……!しかも発音完璧……)
《今回の魔王、フレスベルグさんの魔王名は事前投票により“虚無のアイヒェル”となっております》
「アイヒェル!?ドングリじゃないの……どんだけドングリ好きなの、この国」
「最終候補、“紅蓮の灼滅王”と“虚無のアイヒェル”だったのよ。信じられる?」
「灼滅王……惜しい。燃やす系が良かったのに」
「“虚無”にして“ドングリ”だから……ギャップ萌え票が流れたらしいわ」
ミシュティはうっとりと呟いた。
「虚無!カッコいい名前ですぅ!私、これに投票したんですよ」
クラシック音楽のようなBGMと共に、フレスベルグが遠くから現れる。
後ろからライトアップされ、シルエットでの登場だ。
──カメラは4つあるらしく、差し込みで黒衣のフレスベルグの横顔が随所に入ってきて、完璧に演出されている。
無駄に美形なので、実にサマになっている。
「顔がイイから、若い女の子から絶大な人気があるみたいでブロマイドの売り上げがイイらしいわよ?」
巨大プールから、マーメイドのセレナが教えてくれた。
「確かに黙っていれば……」
「そう、黙っていれば絶世の美男」
フレスベルグとお揃いなのか、黒いスーツ着たティティが続ける。
《虚無のアイヒェルは、あの暴虐の女王に師事し、その実力は折り紙つき!》
全員が、私を見る。
私は手を振って否定した。
「弟子なんてとった覚えない!」
《さあ、魔方陣が立ち上が──おおっとぉ?これは大きい!歴代魔王最大ではないでしょうか!》
巨大な光柱が、様々な角度から写し出されている。
《さぁ!いよいよ勇者の姿が──これだけ大きいと、もしかしたら聖女も同時召喚かもしれませんね》
光柱が収束していき、周囲は暗くなっていく。
フレスベルグの姿はもう見えない。
勇者とご対面するわけにはいかないからだ。
魔王は、召喚後は素早く撤収がルールだからね。
~ここからは完全隠密モードでお送りします。勇者の発言は後日字幕版でお楽しみください~
「なにいってるのかしらね」
「字幕版、明後日出るらしいぞ」
光がおさまり、少年と犬が映っている。
もちろん、周囲には『誰も』いない。
「なんだよこれ──ここ、どこ?」
少年の困惑した声が、しっかりとマイクで拾われている。
──やだ!豆柴だわー!かわいい!
「どうしよう、ハナ……」
勇者召喚は、必ず大都市のそばで行うのが決まりだ。
人間達に、すぐ勇者を保護させるためだ。
丸1日たてば、勇者の身体も馴染んで魔方陣に組み込まれた『言語理解付与』が発動するはず。
勇者召喚に限っては、コミュニケーションに難儀することはない。
ガヤガヤと周囲が騒がしくなり、騎士たちが現れた。
カメラは引きで遠ざかり、別室にいるフレスベルグとティティに切り替わった。
「フレちゃんにはね、販促グッズで儲けたいならしゃべるなって言ってあるの」
カルミラがケラケラ笑いながら、そう言った。
《──以上、無口なアイヒェル様でしたぁ!》
フレスベルグはほとんど喋らず、アンニュイでミステリアスな雰囲気を死守出来たようだ。
《この後、勇者保護からおそらく王城までですが──隠密モードかつ街中への潜入となるため、リアルタイムでの中継はここまでです。編集後、明日お届けいたします!》
「15歳くらいかしらね?勇者」
「あれ、犬?こっちの犬と全然違うわね」
──そう。
こっちの世界に、和犬はいない。
《この後は夢魔のジーンさんが、アルシア国王の夢枕にたつ予定です──勇者名は投票の結果、“グラン”に決まっております。グランに投票した方の中から、抽選で最終決戦の鑑賞チケットをペアで──》
「おい、あの犬のぬいぐるみ」
「ええ、金のにおいがするわ」
「我輩が手配しておこう。つてがあるゆえ」
ネモが颯爽とサロンを出ていった。
「魔道具で動くハナもいいわね……」
「俺そういうの得意。ぬいぐるみ出来たら何個か回してくれる?試作品作るわー」
魔道具作りが趣味の、レスターが手を上げた。
──豆柴のぬいぐるみですって?
買うに決まってるじゃない!




