ようやくスローライフに……
──ガヤガヤと周囲が騒がしい。
実にゴブリンっぽい喧騒……え、ゴブリン?
ぼんやりしながら目を開けると、フレスベルグの顔が至近距離にあった。
「良かった……起きた!」
目が合った途端、慌てたようにフレスベルグが力を抜いてしまい、私は地面に転がり落ちた。
ひどい!
「なんで落とすのよ!」
「ごめん、つい」
「ついって~?フレスベルグ、3時間もジューンちゃん離さなかったくせにィ~、最後落としちゃうとか~ダッサ!」
ティティがケラケラ笑い、地面に墜落した。
──通常運転だわ……
周囲を見渡すと、私たちはゴブリンに囲まれていた。
数百くらい居そうな大人数だ。
自分達が寄ってきたんだろうに、わらわらと逃げ惑っている。
私は身体を起こし、座り直した。
野花咲き乱れる草原。
すぐ近くを澄んだ小川が流れている。
「パンジーとジューンを引っ張り出して、裂け目が消えてちょっとしたら──」
「地震が起きてェ~、おさまったらゴブリンいっぱーい!」
(…………干渉するモノ破壊で、魔物層消えたから?)
周囲を見て回ってきたらしい冒険者4人が、興奮したように口々に話し出す。
「聞いてくださいよ、ここ──」
「まさかのワンフロアでした!」
(………………は?ワンフロア?)
「端っこに出入口ありましたよ!」
「ダンジョンじゃなかった……!」
──ええー、5階層くらいだと思ってたのに!
まさかのワンフロア?
さすがゴブリン王国、ある意味期待を裏切らないわね……
──自分の魔力に、微かにフレスベルグの気配を感じる。
(名付けの繋がりで……枯渇したぶん、フレスベルグから吸っちゃったのかしら)
だとしたら、数時間で目が覚めたのはフレスベルグのおかげだ。
「落としたの、絶対許さないわ」
私は真顔でフレスベルグを見つめ、ニッコリと微笑んだ。
フレスベルグは、そっぽを向いた。
少し離れた場所で、マイケルとパンジーちゃんがボール遊びをして──ボールなんてパンジーちゃんの荷物にあったかしら?
あれは………まさか!!
「やめなさい!!ゴブリンはボールにしない!」
私は絶叫した。
ボールにされているゴブリンは、何事も無かったようにパンジーちゃんの口から離され、スキップしながらマイケルの後ろに出来ている、ゴブリン達の列に戻った。
列よ、列。
ゴブリンたちは、マイケルとジョンに投げられてパンジーちゃんにキャッチされるという──とんでもない『ボールになる遊び』を始めていた。
「た、楽しいなら続けていいわよ….」
一瞬止まっていたボール遊びが再開され、周囲は遊園地のような空気になった。
「このゴブリン、ダンジョンに捕まってたやつらだよな?たぶん!」
「そうだと思うけど……こんなにいるとは」
しばらく休んで、私が元気になった頃には投げる係だった冒険者たちとパンジーちゃんが、力を使い果たして地面に転がっていた。
ゴブリンたちは──何事も無かったように、『実はワンフロアだった遊び場』の出入口から出ていったり、おそらく新しいゴブリンが入ってきたり……。
「──とりあえず、帰れそうで良かったけど。あなたたち、悪いんだけど……」
私は冒険者たちに、『自分達の関与は伏せておいて欲しい』と、お願いした。
後から事情聴取されたり、面倒なことは嫌だからね。
冒険者たちは顔を見合せ、頷いた。
「そうですね……でたらめ過ぎて説明しようもないですし」
「いきなりワンフロアに戻って出てこれた、ってことで……」
「今後はフレスベルグさんに仕事を紹介していただけるそうなので──ギルドには、そのように報告して終わらせるつもりです」
フレスベルグが、ドヤ顔で頷いている。
「私たちはこのまま徒歩で、最寄りギルドに行きますので……」
冒険者たちは全員、丁寧な挨拶をして出ていった。
「とりあえず、パンジー戻すのに一旦カルミラの城行こうぜ!」
フレスベルグは私たちの返事も待たずに、転移を行使して魔界のカルミラ城に帰還した。
「あら。ずいぶん遅かったのねえ、おかえりなさい」
豪奢な椅子に気だるそうに座っていたカルミラが、立ち上がった。
「あらあら!」
パンジーちゃん、飼い主との再会にのたうち回って大喜びである。
「──ねえ?パンジー、太ってない?」
私は、パンジーちゃんの荷物をそっとテーブルに置き、すかさず転移した。
──ダイエット失敗に小言を言われるのは、フレスベルグに任せるわ。
ひよこ島に着くと、数秒後にミシュティが目の前に転移してきた。
「ジューン様!!おかえりになったんですね!1ヶ月近く音沙汰無くて心配してましたけど、ご無事でなによりです」
「変わったことはなかった?」
「お手紙がいくつか。ユーニウスも元気ですよ──ジューン様、まず湯浴みなさいますか?」
それもそのはず、
私ときたら、ボロボロでどろどろの酷い有り様なのだ。
なんだか生臭い気もするし。
「そうね、まず温泉入ってくる」
「では湯上がりのアイスティーと、デザートを用意しておきますね」
ミシュティが一礼して屋敷に戻り、私はそのまま温泉の湯殿に向かった。
身に付けているものは、外で焼却。
島にはミシュティとユーニウスしかいないし、裸になっても全く問題はない。
ザブザブとお湯をかぶって、丁寧に身体と髪を洗って乳白色のお湯に飛び込む。
「あ、あ、あぁーーー」
溜め息と共に、間の抜けた声も漏れだす。
もうお湯から出たくない。
途中ミシュティが、氷水とカットフルーツを持ってきたけど──
私は温泉に出たり入ったり、3時間ほど入浴を楽しんだ。
「ふぁーーーーー」
湯上がりのアイスティーと、プリンを食べた後──私はミシュティのマッサージを受けている。
ふにふにとした肉球が、ギュッギュッと身体を押していく。
(まさに至福──やっぱり冒険よりダラダラしてる方が性に合ってるわぁ……)
疲れすぎているせいか、不思議と眠くならなかった私は、ワクワクしているミシュティに事の顛末を話して聞かせた。
ミシュティは相づちをうち、時には手を叩いて大喜びで聞いてくれた。
夜も更け、話が一段落した頃。
「倒せて帰って来れたのは、確かに僥倖ですけれど──結局、ソレはなんだったのです?」
ミシュティは首を捻りながら、夏の海のような蒼い瞳で私を見つめた。
「そうねぇ……物語みたいに、答えがあるとスッキリするんだけど──正直、アレの正体は何だかわからないのよ」
「まあ。でも……確かに、お話のように『こうでした』って言うのは、実際は無いのかもしれませんわね」
(──なんとなくわかってるのは、あの塊を通して『なにか』が干渉しようと侵食してた、ってことだけ)
「いろいろ仮説ならたてられるんだけどね、うまく言語化出来ないって感じよ」
「そうですわね、わけのわからないものを説明するのって、難しそうです」
ミシュティは、耳の飾り毛を揺らして納得したように頷いた。
(わかろうとするには、難しい事もある。──と言うか、わかってはいけないモノな気がする……帰って来れただけ、よしとしておきましょう)
ようやく眠気がやってきたので、私はフカフカの布団に潜り込み、ぐっすりと眠った。
その後、1ヶ月程は島でのんびり過ごした。
乗馬をしたり、セバ爺のお見舞いに行ったり。
いつも通りの日常。
そう言えば、オーダーしていた馬具を取りに行かないと。
王都をのんびり楽しんでみたい、とミシュティが着いてきたそうだったので、一緒に王都で数日過ごしていたある日の夜。
ガクン、と家が揺れた。
────膨大な魔力の気配。
庭に出て、空を見ると王都の東側から特大の光柱が立ち上がっている。
────この魔力はフレスベルグだ。
あいつ、勇者召喚したな………………!
━第一章・完━
第一章終わりです。
ここまでお付き合いいただけてとても嬉しいです。
第二章も、更新ペース変えずにこのまま続きます。
引き続き、よろしくお願いいたします。




