02 初めてづくし
猫が乗った小舟はゆっくりではあるが、確実に向こう岸へ向かって進んでいる。しかし、ゆらゆらと波に揺られているだけなので、猫はだんだんと退屈になってきていた。
「向こう岸にはまだ着かないのかにゃ、暇にゃぁ」
猫がふぁ〜と欠伸をしながら呟くと、先程まで何もなかった水面から光が溢れだしてきた。
「何にゃ!?何が起こったにゃ!?」
驚いた猫が小舟から身を乗り出して水面を覗くと、そこには猫とその家族の姿が写し出されていた。まだ子猫だった猫が、ハルという少年に出会ったときの映像、家族で猫の取り合いになったときの映像、どれも生前の猫の思い出の情景だった。
「オイラ、みんなに出会えて幸せだったにゃ…」
猫の目にはまたうっすらと涙が浮かんだが、ぶるぶると頭を振り涙を振り払った。そんなふうに思い出に浸っていると、こつんと何かに当たったような衝撃があり、小舟の動きが止まった。どうやら向こう岸へ到着したようだ。「向こう岸へ着いたら、舟を降りて、そのまま真っ直ぐ進んでくださいね。」と案内人が言っていたのを思い出し、猫は勢いよく前足を伸ばし小舟から飛び降りた。降り立った場所から周囲を見渡すと、前方に異世界への入口とでもいうかのような一際明るく輝く光を見つけた。案内人が言っていたのはこのことだと直感的に感じ、猫は光に向かって歩き出した。
光でできた門のようなところをくぐり抜けると、そこには猫が初めて見る光景が広がっていた。
天井、床、壁、全てが黒色に統一された不思議な部屋。部屋の色相は黒で統一されているが、天井のシャンデリアや、ところどころに金色の装飾が施されているので、暗すぎず、落ち着いた雰囲気となっている。 初めて見る光景に呆けていると、「おかえりなさいませ」という声がかけられた。突然声をかけられたので、最初は自分へ向けた声かけだとは気づかずに呆けていたが、自分の隣に女性が立っていることに気がつくとやっと自分への声かけだったことに気づく。
声の主の方へ顔を向けると「あちらへどうぞ」と声をかけられた。どうやら女性は案内係のようで、彼女が指し示した方を見るとホテルのチェックインカウンターのように幾つものデスクが並んでいる。その中の一つが今しがたちょうど空いたようだ。
言われた通りに進み、カウンター前に立つとカウンター内にいる女性が声をかけてきた。
「おかえりなさいませ。長旅、お疲れ様でございました。"トラキチ"さんですね。お手続きをいたしますので少々お待ちください。」
一体何の手続きをしているのだろう。それにオイラはここに来るのは初めて…のはずだし、第一、旅なんてしたこともない。前にハルが「トラが人間だったら一緒に旅行とか行けたのにな」と言っていたし。そんなことを考えていると、再び女性から声がかけられた。
「お待たせ致しました。確認と登録が完了致しました。これからあなたは次の旅へと出発することとなります。あちらのエレベーターをご利用ください。」
彼女の指し示した方角を見るとちょうど猫の真後ろのようだ。しかし "えれべーたー" とは何なのだろうか。
「あなたの旅路が充実したものになりますように。行ってらっしゃいませ。」
よく分からないまま送り出されてしまった。
◆◆◆
「はー、疲れたにゃ」
自分の部屋だと案内された場所まで来ると、猫はぺしゃんと倒れ込んだ。光景・もの、その全てが初めての体験で、思った以上に疲れているようだ。
「言われた通りに動いただけなのにオイラ何でこんなに疲れてるのかにゃ…」
そう呟き、大きな欠伸を一つすると、途端に瞼が重くなってくる。そういえば、今日はまだお昼寝をしていなかった。ちょっとだけ、そう思いながら身体を丸め少し休憩をとることにした。