01 終わりと始まりの場所
「う〜ん、今日もよく寝たにゃぁ」
と大きな伸びをひとつしてから、お気に入りのクッションの上から下りるのが毎日の猫のルーティン…のはずだった。が、本日の猫の足元にはそのクッションはない。不思議に思い辺りを見渡すと、見知らぬ景色が視界に飛び込んでくる。
(ど、どういうことにゃ!?ここはどこにゃ!?)
まさか寝ている間にどこかに移動させられたのか。そんな不安が頭をよぎる。
(そうにゃ!みんなはどこにゃ!)
といつも同じ屋根の下で過ごしている皆もいないことに気づく。
「ハルー、アキーどこにゃ〜!」
「オトーサン!オカーサン!いないのかにゃ〜!」
思いつく名を一通り呼んでみたが、返事はない。
(どういうことにゃ!どうなってるにゃぁ)
猫が訳も分からず棒立ちになっていると「あら、お目覚めになられたんですね。」と声がかけられた。
「ここはどこにゃ!オイラなんでこんなとこにいるのにゃ!ハルやみんなはどこにゃ!」
「ここは現世とあの世の境目。あなたがここに居るのは現世での生を全うしたからね。他の方がここに居ないのなら、その方はまだ現世での生を全うしていないからよ。」
猫が思いつく限りの疑問をぶつけると声の主は驚く様子もなく丁寧に答えてくれた。と、同時に到底すぐには理解できない現実も知らされた。現世とあの世?生を全う?何が何だか分からず棒立ちのままになっていると、「まあ、実感が湧かないのもしょうがないわね。」と彼女は言った。
「一応説明しておくわね。さっきも言ったけど、ここは現世とあの世の境目。あなたは現世での生を全うした、つまりお亡くなりになったってこと。だからこれからあの世へ行って手続きが必要になるの。いつまでもここに居る訳にはいかないからね。私はその案内人ってわけ。どう?ちょっとはわかってきた?」
自らを案内人と名乗る女性の説明を聞いていると、不思議とだんだんと落ち着いてきて、先程まであった恐怖や戸惑いといった感情は次第に薄くなっていった。それと同時に今度は不安、孤独といった感情が湧き上がってきて、猫の瞳からはポロポロと涙が零れた。
「オイラ、死んじゃったのにゃ…」
喉の奥から絞り出すような自分の声を聞くと、その言葉に実感が湧き更に大粒の涙が零れ落ちた。
ひとしきり泣いて落ち着くと、あの世へと繋がっているという川の桟橋へと案内された。この桟橋から小舟に乗り川を渡るらしい。木でできた一人乗りの小舟に乗り込むと、案内人が声をかけてきた。
「私の案内はここまで。それじゃ、いってらっしゃい。」
『トラ、いってらっしゃい』
案内人のいってらっしゃいという言葉に続くように、ハルたち家族の声が重なって聞こえた気がした。
「!! …いってきます!」
目に涙を浮かべながら返事をすると、その言葉を合図とするかのように小舟がゆっくりと動き始め、桟橋を離れていく。離れゆく桟橋を眺めながら、案内人の言っていた言葉を思いだした。
「現世での生は終わっちゃったけど、これからあの世で生をうけるのよ。第二の人生ってやつ。ここは終わりであり始まりの場所なの。だから…」
新しい人生…かぁ
まだほとんど実感はなかったが、離れゆく桟橋を眺めていると現世から離れていくということだけは理解できた。桟橋がだんだんと遠ざかり、見えなくなると、進行方向へと向き直ることにする。この舟は乗っているだけで川の向こう岸へと運んでくれるらしい。向こう岸はまだ見えてこない。