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episode10 光燦々たる天空へ

 相変わらず古代遺跡の前にいる。甍が半ば砂に埋もれた何かを見つけた。大きな竪琴か、ハープのようにも見えたが、よく見れば、深く精緻な浮き彫りのある石の板状のものであった。

「これは何だろう」

 衝動的に砂を掻いて掘り出す。砂は熱かった。手が火傷しそうなくらいだった。砂はきめ細かくて軽いけれども。

 掘り出してみると、竪琴やハープとは全く異なるものであった。

「どう見ても扉にしか見えない。新たな地平を開く知覚の扉か」

「眞歓へと導く扉ということかな」

「ならば、天国への扉と言うべきだろうな」

 開けた。

 不思議な空間で、洞窟のようであったけれども、明るく、乾いていた(砂漠が続いているとしたら当然だが)。壁も人工的ではないが、かと言って自然でもなく、マットななめらかさで、洞窟のような湿りや、どろどろした感じ、濡れた荒々しい巌肌や、粘土質などもなく、神秘もおどろおどろしさもない洞窟的、かつ、胎内的な空間であった。

 天窓のある素焼きのツボのなかにいるかのようでもある。

 実際、天窓のようなものがあって、そこから光が盈ちあふれ、反射というほどでもない、柔らかい光が淡く反射していた。

 何だかゆっくり坐りたくなった。坐った。二人とも。

「あれ」

 小さな孔があって、一滴の水があふれこぼれるよう込み上げて来て、つっと流れた。

 少し置いて、また一滴こぼれる。

 他の場所からも出て来た。

 よく見るとそちらこちらから。

 眼には定かならねども、若干の傾斜があるらしく、水滴はどれも一滴ずつ、つつっと流れ出る。

 それはてんでばらばらで、それぞれ勝手な方向へ流れ、どちらへ向かってどう逝くかは予想もつかず、一つの流れとなることもなかった。

「何だか、表情があるね」

 甍が言った。

「表情?」

「うん。何だか、戸惑っていたり、怯えていたり、恥ずかしがって躊躇しているみたいに見えるよ。感情と言うか、正確に言えば、知性を感じる」

「なるほど。

 言われてみれば、遠慮しておずおずしているようにも見える。表情やしぐさを感じさせる。

 俺たちの知性もこんなものなのかも知れないな」

「そんなふうに思えば、空ということが、無や空っぽや何ものでもないことや零ではないことがよくわかる。もっともっと現実的なことだ」 

 太陽が動いて、天窓の光がレンブラント・ライトのように明晰に差し込む。霧のような金粉を帯びていた。

「階段だ」

 それはまさしく階段になった。

 天窓の上に続いているが、上がってみると、空高く続いている。壁も天井もない。雲よりも高く、どこまでも続いている。しかし、手摺りすらない。

「逝こうぜ」

「韋究、ちょっと怖過ぎないか」

「逝くぜ、逝くんだ。一度は死なんとした命だぜ。逝ってやろうぜ。勇気を失うことは全てを失うことだとゲーテも言ったじゃないか」

「『温順なクセーニエン』の一節か。初めから生まれて来なかった方がましであったであろう、だなんて。

 なかなか厳しい言葉だよね。

 それが本当なら、生まれて来る価値のない人間が大半だ。少なくとも現代では」

「眞神の言葉にもある」

「ああ、あれか」

「そうさ。思い出せ。

 そして、大きい声で言ってみろ、『人、堂々果敢すべし。人、義しきとおもふを為す善し』ってな。

 能書はいい、実際が大事だ。

 直截観取で現実に直参し、義しいと思えたことを只管に信じて、正々堂々敢然として勇猛に進め」

「出鱈目に進んでも、無責任だよ」

「〝図に当たらぬは犬死になどと云うは上方ふうの打ち上がりたる武士道なり〟って言うだろ」

「わかった、わかった、わかったよ。死ぬる方へ逝こうじゃないか。無茶苦茶だ。僕はサムライじゃないよ」

「狂裂自在、自由狂奔裂さ」

「何かハイになってないか。大丈夫かな、その判断」

「てやんでえ、べらんめえ、矢でも鉄砲でも持って来やがれー、ってか? あはは、くさくさ言うな、死なんとせば生く、さ。」

「いや、これは言うよ、韋究」

 手摺もない、薄っぺらな平面の帯のような階段を吹き晒しになか、たどたどしく進む。物凄い高さだ。

「中国のあの絶景の桟道さえ及ばない。凄く怖い、だめだよ」

「うん、俺もちょっと後悔してる」

「戻ることも同じく危険だ」

 いかづちの轟く厚い雲を抜けて、透き通った蒼天、高い雲を超えたところで階段は途絶えた。

「どうしよう、韋究」

「きっと、この雲は乗れるんだ」

「え? 何の根拠があって」

「わからない。感じるんだ。生物は皆、最初から全てを知っているんだ」

「本気? まじで言ってるの?」

「大まじさ」 

「いい加減なこと言わないで。根拠がなくちゃだめだよ。

 ねえ、落ちたら死ぬよ。これは想念だけの世界じゃないよ、現実だよ」

「こころを鎮め、精妙にしろよ。

 現実を観れば、現実が見える。

 それが真実だ。

 俺たちは既に知っているはずだ」

 甍は息を呑んだ。

「それにしても命懸け過ぎる」

「バンジーだと思え」

「バンジャーなんかできないよ」

「俺もだ。

 だが、やればわかる」

 一歩踏み出した。

「あ」

 一瞬、沈んだ。

 だが、落ちなかった。

 韋究が歎息とともに言う、

「どうやら、大丈夫らしい」

「何で残念そうなの」

「いや、別に」

「僕だけ落ちるとかないよね」

「わかるか」

「やめてよ」

「来い。それでわかる。今は笑われても、いつか輝くさ」

「何の話? もう、どうしたらいいのか、あゝ、神様」

「来たくなきゃいいよ」

「それも無理だよ」

「じゃ、俺は逝くぜ」

「ええいっ! ああーっ」

 半身沈んだが、止まった。

「うわああああ、死ぬかと思った。心臓止まりそうだった」

 韋究が笑う。

「どうやら信の度合いで乗るか落ちるか決まるようだ。信が弱かったな」

「でも、乗れたよ。いや、信じろって言う方が無茶だよ」 

「それは言えるな。さ、逝こうか」

 白く輝く雲は黄金を帯びていた。霞のような金粉がまとわりついている。少し影になる部分は紫色だった。体は無重力のように軽く、風のように疾く、翼ある龍馬のごとく空間を突き抜けた。

 ロマネスク建築のような窓の少ない、石の組積造建築が天よりも高く聳えていた。

「城砦にも見える。荒々しいな。天国にこんな建物があるなんて。武そのもの」

 韋究が疑義を呈するも、甍は、

「ねえ、バルハラって書いてあるよ。ルーン文字だ」

 分厚い黒鋼と鋲とで強化された儼橿の扉が開いた。巨大な扉で、見上げれば仰け反り返ってしまう。上方は見えなかった。

 猛々しい巨体の武人、北欧神話に出てきそうな肉体、太く逞しい腕、分厚い鎧、獣毛皮、ツノのある鋲打ち兜、重たい太剣、神獣の浮彫のある鋼鉄の楯。

「お前たちを待っていた。

 誉め讃えられよ、その勇猛、叡智、力よ。

 史上稀なることを壽ぐ。

 お前たちは生存に打ち勝った。

 未来永劫、蒼天穹に鳴り響きわたる名誉よ、賞讃よ、萬華のごとく降り乱れよ、栄光よ、光よ、そのあるがごとくしあれ。

 さあ、戦じゃ、戦じゃ」

 戦士たちは殺戮を始めた。剣を振るい、槍で突き、弓を放つ。多くが死ぬが、死したものは晩餐の時刻になると蘇り、

「宴じゃ」 

 そう叫び、宴の間に集い、野牛の大ツノの杯を掲げ、大酒宴を行う。

 そして、また戦い、死し、蘇り、宴をする。

 甍が言う、

「どうせなら、もっと違う天国が見たいね」

「そだな」

 意識が変われば同じ處でも変わる。

 それゆえ、宗教や民族や時代によって天国もさまざまだ。

 物事のかたちは自由なので、何も矛盾はない。AはAのままBであり、BはBのままAなのだ。

 天国はこころにあると言うが、しかし、こころは人の胸中や脳裡にある訳ではない。

 荘儼な大聖堂に来た。

 列柱の大回廊があり、その上には聖人の大理石立像が蒼穹を背景に数千ならぶ。足下は大理石の壮大なモザイクであり、聖堂内に入れば、リヴヴォールトの高い高い崇高な天井、柱にも壁にも窓にもアーチにも黄金と彫刻とによる繁縟なまでも装飾の横溢氾濫。あふれんばかりだ。

 聖なる祈禱が高らかに響く。吊り下げられた大きな香爐が揺れ、香で清め祓う。イコンや祭壇画、壮麗だ。

 聖なる祭壇、その後ろは黄金の祭壇衝立で、数千万の聖なる彫像が荘厳されていた。

「凄いね」

「別のものも見たい」

 解釈の変更を行う。

「全ては解釈が異なるだけで同一だ。そもそも、否定したり、肯定したりする意味はない。すなわち、争う意味はない。それがわかれば、超越的な立場であることと、同じだ。

 一切の執著を厭離し、超越すれば争いはなくなる」

 そう想うとき、法界宮があらわれる。その巨大さは宇宙そのもので、宝飾に満ちあふれていた。その中枢の師子座に大毘盧舎那世尊が鎮座する。 

「なるほど、万物万事万象は平等で無差別、争いなど仮象に囚われた者の幻影。あまりにタイミング良過ぎて恣意的だ。何となく、眉唾臭い。

 親子兄弟姉妹を殺された者の怒り哀しみ恨みが無差別平等で収まる訳がない。人は生存を超越できない。

 俺たちも勝った訳ではない」

 金剛法界宮も胎蔵法界宮も砂塵のようにたちまち消える。 

「俺たちは科学と芸術と哲学と宗教を統合した大統一に至った。

 しかし、世俗の人間は決して理解しないであろう。解脱直後に死を望んだブッダの思いもこんな感じか。

 ましてや、解脱に至らぬ俺たちにとって、ここは恐るべき荒野だ」

 それは存在の不安であった。

 韋究は蒼白であった。珍しいことだ。さすがの韋究も、じぶんたちがいかに危うげな、綱渡りのような状態かを如実に感じたのだ、存在の根源から揺さぶられた。

 その根源的不安を甍は感じ取ったが、韋究の表情からはすぐに消えた。

 ただし、その楔が全く消えることはないことを理解していた。もしかしたら、いつか韋究を蝕む日が来るかもしれぬという、言い知れぬ不安を覚えた。

 解脱する以外に救いはない。

 たぶん。

 茫漠たる霧に包まれていた。森だ。静かに動く鹿の影が見える。

「鹿野苑か」  

「じゃ、きっと」

 静謐なる仏陀が坐禅を組んでいた。

「近づいていいのかな」

「しかし、話し掛けてよい状況ではないな」

 二十メートルほど離れて見守っていた。


 半眼で瞑想に耽ったまま、釈迦の方から尋ねてきた。

「私に何か」

 韋究も甍も息を呑んだが、韋究が勇気を出し、

「生存に打ち勝ち、生命に至る道を」

 釈迦は少し黙っていたが、やがて、語り出した。   

「古来、聖賢者はいふ、〝生存は非なり、生命にあらず〟と。されども、生存こそが人間にとって直截素朴な実際である。酸素、飢えや渇き、排泄、熱さ冷たさ、痛みなどなど。いずれが切実ならずや。ならぬなし。

 生存は生命の翼であり、櫂である。なくば進まず。超越を成せず。遙か天空への超越こそが生命の大義であり、(イデア)である。

 我死して一千年ののち、『般若波羅蜜多理趣百五十頌』、又は『大楽金剛不空真実三摩耶経般若波羅蜜多理趣品』にいふ、男女の性愛も清らかなり、と。超越の足枷となる執著の源である生存がなくば超越がなせない、人間存在がなせない、生が続かない。理趣経は正しい。

 翼を以て光燦々たる天空へ翔けよ。無餘依涅槃の光の解脱のなかへ」

 そして、沈黙に戻る。深く穏やかな、何一つ欠けることのない、尊い平安。もう、それ以上は、到底、話し掛けられない。


 無餘依涅槃って、つまりは終焉、死でしょう?

 甍が韋究にそっと訊いた。

 韋究は、

「そうだ。

 解脱した聖者も酸素が必要だ。生存のため、最低限のものが必要になる。第一が空気だろうな、これがないとすぐ死ぬ。次は水かね。同じくらい排泄も大事だ。これも死に直結する、飢えよりも的面だ。

 全て生存の命令だ。だから、それも執著になる。厭離すべき執著になる。

 全ての執著から厭離した状態、それが死だ」

「最後は誰でも執著を厭離するってことか。だから死んだら、仏っていうのかな」

「そうかもな。

 だが、誰でも死ねば厭離するってもんじゃないだろ」

「そうだね。

 恨みを残して怨霊になる場合もある。それも苦しいものだろうな。苦しいから、その胸の苦しみを霽らそうとする。それが憎しみであり、恨みの激越な衝動となる」

「生前に解脱していないとね。死んでも報われない。世のなかで報われないのは、本当は大したことじゃない。所詮、とてもかくても候、なのさ。問題なのは、死して(のち)、永遠の生に於いて報われないことだ」

「兎にも角にも、死後はあるよね。阿頼耶識の世界だ。そう信じたい」

「時間が多次元の世界では、現在過去未来が同時だ。死後も未来や過去や現在のうちに在る」

「君がそう言うと真実のように聞こえる。強いプレゼンスを感じる。君は何かに取り憑かれて、天空の声を代弁するかのようだ。

 君が言うとおりに信じたいよ。あゝ、死後が、もしも、あれば、希望が持てる。

 そうでなければ、ただ、生きて、ただ、死ぬだけだ」

「皆、そうだった。なら、それでいいんじゃね」

「それじゃ、意味がない」

「意味か。

 お前もわかっているはずだ。そんなことを問い、気にし、執著することの虚空が。俺たちの思考は水滴と同じだ。俺たちの知性が物的な現象であると言うよりは(それも間違いなくそうなんだが)、水滴にも知性があるということの方が正確だ。あれが知性だ」

「君はそれに、それに耐えられるんだね。ただ、生きて、ただ、死ぬ」


 あゝ、韋究、君は偉大だった。君はたった一人の、ただの人間なのに全てを背負っているかのように僕には見える。

 もしかしたら、君はὍμηροςのように全てをわかっているのかも知れない。君の運命は全てを君にわからせているかのように見える。

 いや、誰もが全知に繋がっている。

 誰もが萬物萬事萬象の海に浮かぶ木の葉だ。

 その海は集合的無意識であり、阿頼耶識であり、アカシック・レコードだ。人は皆それに繋がって、それを生きている。

 だから、誰もが全てを知っている。君だけではない。だけれども、誰も目覚めていない。空想が現実の全てだ。卑小で矮小な顕在意識にとっては、その空想が全てだ。他がない。深く深く睡眠の水底に沈んでいる。

 だけれども、君の魂は目覚めていて、強靭な精神でそれに耐えている。堪えている。いつまで堪えられるのであろう。いつまででものように見える。

 君は現存する人間のなかで、僕が唯一認める偉人だ。超人だ。

 それに比べて、僕は。弱い。僕は何て弱いのか。脆くて儚い。弱過ぎる。僕は。

 韋究に比べて、何と卑小か。矮小なのか。

 そう想い続けて、顕在意識の世界に戻り、数日経った或る日、甍はまたも独りὍμηροςを訪れた。

 光を求めて。

 愚かと分かっていても、收まりのない魂は、こころの苦しみを吐露して、問う、「死後はあるか、来世は」と。

 Ὅμηροςは曰く、

「なぜ、死後のことなど訊くのか。来世が在るかなど。それに就いては無記とする。それはいずれ死せばわかること」

 甍は怯んだ。じぶんでもそう思っているからだ。しかし、収まらない。

「そう言うと思いました。でも、教えて欲しかった。それが人間なんです。弱い不完全な者です。どうにもならない。性惰はどうにもならない」

 Ὅμηροςの双眸はあさひに燦めく湖のように、揺らぐ光のモザイクに盈ちあふれ、もし、言葉が無意味であったとしても、真理じたい、真理そのものとして、こころからこころへとバイブレーションするであろうと思われるほどであった。

「もし、死後にどうなるかを知っても、何の解決にもならない」

 甍は歯を食い縛るよう、必死に喰らいつく、

「それは、そうでしょう。

 けれども、知りたいと思うのは已むを得ないことです。人間なんです。植物や動物や微生物と同じです。どうにもならない。宿命なんです。結局、人間が意識するのは、人間の関心が吸い寄せられるところは、畢竟、死です。生きたい気持ちです。人間の究極の欣求は不死です。

 既におわかりでしょう。

 人類が行動する動機の究極は終焉を怖れ、駈り立てられるからです。死に集約しています。シューメールのギルガメッシュの時代から何も変わりません。恐らくはもっと以前から、遙か以前から。でも、何千年経っても、何ら解決もない。何をしようが、結局は死ぬ。死に打ち負かされる。敗れ斃れる。

 解脱し、超越した仏陀でさえ、罹病し、苦しみ、喉の渇きを訴え、ただの人として衰弱し、死した」

「それが真究竟の真実義であり、不死である。釈迦牟仁如来、すなわち、釈迦族の聖者は人類究竟究極偉の人のうちの一人であった」

「それは眞神真義塾で習いましたが、その言葉では不安は消えないのです。あゝ、確かめようのないことです。そのこころが実際、どうであったかは」

「それでも、皆、死ぬ。誰も間違ってはいない。

 こころがどうあろうと、現象が全てを奪う。実際、事実、実在がそうであれば、こころなど、いかほどなものであろうか。

 そもそも、不死とは何か。何のことを言うか。

 死を超えた者は、不死を望まない。敢えて、不死たらんとする者は、未だ死を怖れている。

 ならば、不死になっても、こころの不安は消えない。何も解決していない。

 ただ、『喉が渇いた。水が飲みたい』と言うことこそ、問わずとも不死であり、解脱であり、超越であり、絶空であり、超絶の崇高であり、全肯定であり、燦々たる狂裂自在、いかであろうとも自由狂奔裂、真に奥の奥なる真究竟真実義である。誰もが無餘依涅槃である。

 そう、それと知ろうが、知るまいが無餘依の涅槃。

 だが、知れば、こころやすらぐ。いくらかは。どちらがよいか、おのれが好きに選べばよい。それしかないのだ、結局。

 しかし、憶えておくがよい、どちらを選ぶとも、何を選ぶとも、選ばぬとも、その選択は既に生まれる前から、性根としてお前の奥底に在ったものだ。それからは決して遁れられぬ。

 だが、気にするに及ばぬ。

 いずれにせよ、無為。そうであっても、そうでなくても、無為。どうであれ、無為。全く同じこと。

 さもありなん。

 在るは、ただ、現実のみ。他に何があり得ようか。現実しかない。ただ、それしかない。真実はそれしかない。無味乾燥、無機質な、事実しかない。

それは誰もが知る、いかに世俗まみれで、いかに愚かで、実体のない迷妄の価値観に囚われている人間ですらもよくわかっている、執著に狂わされている者すらもよく知る、周知している真実、疑いようのない事実、現実である。

 見よ。

 櫻華は散る。

 その自然の摂理は限りなく美しい。龍のごとく肯んぜよ。

 藝術の極致、眞歓。

 飛翔をすらも飛び越える飛翔、超越を超える、狂裂なる超越。(おわ)んぬ」


















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