21_魔力封じの魔道具と大神官様
アルベルト皇子がクラウスを連れ立って、大神殿の秘儀の間へと向かう。
「クラウス。頼んでいたものは?」
「はい。すべて殿下の言いつけ通りに。」
クラウスは、アルベルト皇子に木箱を渡す。
「そう?…君もなかなかやるね。」
「鍛えられましたからね。」
「ふうん。では、行ってくるよ。」
アルベルト皇子が、頭を垂れるクラウスの横を通り過ぎ、王族と大神官しか入れないという秘儀の間へ消えていく。クラウスは主が用を済ませ、部屋から出るまでこの場で待機だ。
「大神官様にお会いできるのを、心より楽しみにお待ち申し上げております。」
アルベルト皇子には、クラウスの言葉が聞こえているはずだが、返事のないまま扉は閉められた。
秘儀の間に一人、水晶で作られた机の上に、木箱に入ったそれらを広げる。そこには、昨晩クラウスに言いつけた通りの物がとりそろえてあった。
「金の鎖、真珠、アメジスト、アクアマリン、イエローダイヤ、どれも上等なものだ。合格だよ、クラウス。」
「魔力封じの魔道具を作るための材料はそろった。じゃあ、次は…大神官様だね。」
独り言ちるアルベルト皇子が、おもむろに身に着けているすべての衣服をぬいで、ついたてにかけていく。裸になった皇子は、部屋の中央にある滝がおちる岩に囲まれた泉に足をいれた。一歩一歩と進んでいくと泉の中央に向けてどんどん深くなっているため、ついに肩まで浸かった。
皇子はその間、ひとことも発せず、ついにドブンと頭まで泉に浸かった。その瞬間、何も見えないほどの光の洪水が、部屋を真っ白に覆う。
一切の影がない、真っ白な空間に、まるでこの世の物とは思えないほどの麗しい容姿をした裸の男がひとり立っていた。
その美貌たるや神の御業、腰まである銀髪に紫の瞳。桃色の薄い唇、桜色の頬、まるで彫刻のような神々しい肉体美は、一目見た人間を狂わせるに充分すぎるほど整いすぎている。
男は迷うことなく、ついたてにかけられていた白い法衣を身に着けると、辺りを見回しテーブルの上にある魔道具を作るための材料を確認し、手に取った。
「そう、迦破羅 偉千華というんだね。かなり強運の名前の持ち主だけど、本人は温和で家庭運が強い…魅力的で良い事ですね。」
「…大神官の加護を込めて。」
ひとことだけそう口にすると、机の上にあった宝石や金があっという間に形を変えて、左右一対のブレスレッドになった。金の鎖は何重にも重なり、リストバンドのように成形され、手首に渦巻くように等間隔で真珠が並び、中央にメインの石が輝いている。
時間にして30分が経っただろうか?秘儀の間の扉が開いた。クラウスは平身低頭で顔を下げたまま、言葉を待つ。
「久しいですね。クラウス。魔力封じの魔道具ができましたよ。顔を上げて、聖女様の元へ案内してください。」
約半年ぶりで、お会いした大神官様は、聖杖を持ち、白地に金糸と銀糸で聖紋様が刺繍された法衣をまとった美丈夫のままで目の前に立っている。側にいると、息苦しく感じるほどに眩しい。大神殿が一気に神聖力で溢れ、神殿にいるものであれば大神官様がこの神殿にいらしたことが分かっただろう。
「はっ。猊下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。」
「人払いをしなさい。神官長とあなたと、聖女様とその侍女以外の誰にも、私の姿を見せてはなりません。」
「心得ております。すでに済んでおりますので、このまま聖女様の部屋までご誘導いたします。」
「さすがはクラウスです。あなたの働きに感謝します。」
「もったいないお言葉にございます。」
本来、大神官様は1年に一回のみ、我々の前に姿を現し、その強大な神聖力をもって邪気を払い、神聖力を満たして、お戻りになられる。
過ぎたる力は我が身を滅ぼし、国や民をも破壊するとは猊下御自らのお言葉である。強大な力は諸刃の剣であり、間違えば悪い結果につながる。すべては過ちからの教訓だ。
畏れ多くも、政治や俗世とは一線を画する大神官様に、直接!陳情した大バカ者の神官がいて、極刑になった。それでも、いまだに虎視眈々と猊下のお力を政治に利用して我が利を得たい物がいるのだ。
誰にも会わぬように、聖女様の部屋まで猊下をお連れする。失敗すれば叱責だけでは済まされないだろう。殿下のお側仕えが出来なくなる可能性がある。それは、何としてでも避けねばならない。万全を期して聖女様の部屋までたどり着いた。
私とカルラ様が食後のお茶を楽しんでいると、神官長様が部屋を訪ねてきた。カルラ様は神官長様の分のお茶を準備し、しばらく三人で会話をはずませていると、ノックの音がした。
「はい、どうぞ。」
こたえると、クラウス様から少し緊張したような声がかえってきた。
「聖女様、大神官様がおいでです。」
神官長様とカルラ様が椅子から立ち上がり、扉に向かって何歩か移動し、最敬礼したので、私も慌てて椅子から立ち上がり、同じように移動したところで大神官様とやらが入ってきてしまった。
「はじめまして、聖女様」
その一言だけで、偉千華は
「あ、私このひとと結婚するかもしれない」
と感じてしまった。一目惚れならぬ、一声惚れと言うのだろうか?生まれて初めてのことなので、どのように表現したら良いか分からないけど、とにかく自分の直感がそう感じてしまった。
それに、不敬にも顔を上げてしまっていたので、バッチリ目も合ってしまった。瞬間、体中に電流が走り、先ほどの直感が「確信」に変わった。え、なんで?!私この人のこと好きになっちゃったの!?
「迦破羅 偉千華と申します。」
と言うので精一杯だった。今、私の顔は真っ赤に染まっているだろう。
「知っていますよ。聖女様、あなたに魔力封じの魔道具を持って参りました。こちらは、今放出されている魔力を1/10に抑えるものです。両手をわたくしのほうへ出してください。」
ドキドキした気持ちを落ち着かせる間もなく、両腕をまえならえのように大神官様へ突き出す。そっと両手首をつかまれた瞬間、両手に繊細で豪華な美しいブレスレッドのような装飾品がはまった。
「聖女様、わたくしと共に破滅の道へと進む者たちに、救いの手を差し伸べましょう。改心し、この手を取る者には慈悲を。悪道を突き進む者には天誅を。」
そういうと、握られていた両手を離され、神官長とクラウス様と三人で、部屋を出て行かれてしまった。
【イチカ、魂の伴侶が見つかってよかったな。】
「名前も聞けなかった…」
【…イチカ、お前は本当に聖女なのか?本当に色々と鈍すぎて、我は頭が痛い。】