11_やさしい魔力
あっという間に夜が来た。この世界にも月があり、地球と同じように日が昇り、沈むことが分かった。
滞在2日目の今日は、ほぼこの部屋で過ごした。部屋から見る限り、この世界の風景は地球と変わらないように思える。鳥もさえずるし、木も、草も、花も青々と、鮮やかに生きている。
なぜこの世界に転移させられたのか、「救国の巫女」としてのお役目があるはずなのだが、偉千華はまだその理由をアルベルト皇子に聞けていない。
どうやらお忙しいらしく、あれから皇子は姿を見せない。私ばかりに構ってはいられないだろう。それに、先ほどまでずっとカルラ様が側についていてくれた。結局、カルラ様は昼食も夕食もこの部屋で一緒にとってくださり、帝国の成り立ちやら、各国との関係などを色々とお話ししてくださった。異国文化を学んでいるようで思いのほか楽しかったけれど、カルラ様は時折色っぽく「ほぅ…」とため息をこぼされるものだから、私はそのたびにドキドキとしてしまって仕方がなかった。
美少女のため息、破壊力が大きすぎる…
あまりにもため息をつくものだから、具合のでも悪いのかと思い、どうしたのか尋ねてみたが、「お気になさらないで。気合をいれていないと、少しばかりリラックスしすぎてしまうんですの。聖女様の御前で大変なご無礼をいたしましたこと、お許し下さいませ。」といって、ニッコリとほほ笑まれた。
「体調が悪いのでないならよかったです。」というと、カルラ様はかわいらしい垂れ目を細め、「ええ、体調は…近年まれに見るほどの良さで、正直わたくしも驚いておりますわ。」そういうと、入浴の準備をして参りますといって退室してしまった。
カルラは聖女様の部屋から下ると、扉の前で「すう~…はあ~…」と大きく深呼吸した。すると、背後から珍しく楽しそうな声色の人物から声をかけられた。
「やあ、さすがはカルラ嬢だね。これだけの時間、聖女様と同じ部屋にいてなんともないように見えるよ?」
と殿下がのたまった。
この城の中で、聖女様が無尽蔵に垂れ流す魔力にあてられないものはいないだろう。魔力量が多いカルラですら多少フワフワしている。ただし、聖女様の魔力は全く攻撃性がなく、とても優しく、心地よくなりすぎる以外に問題はない。しかし、仕事をする者にとってはいささか迷惑すぎるほどの「癒し効果」が大きい。
「ええ、そうですわね。だてに鍛えてはおりませんことよ。それにしても、無自覚でこのお力ですもの…今夜も大変ですわね。殿下。」
殿下の小憎たらしい態度に、不敬にならない程度にお返ししても罰は当たらないだろう。
言いたい嫌味は伝わったのだろう。殿下は少し目を開くと、「そうか、カルラ嬢は昨晩から控えていたのだったね。昨日の聖女様から魔力を感じられる者は、数えられるほどしかいなかったはずだからね。それでもあの有様だから、参ったものだよ。」と言った。
殿下からは、全く参ったような素振りは見えない。
無表情ではあるが、昨晩ご自身で屠ったラルハナール国の刺客のことなど、露ほども気に留めていない様子がうかがえる。
殿下の忠実なるしもべであるクラウス様がおっしゃるには、昨晩、聖女様の部屋に侵入しようとした不届き者が、殿下に殺されたという話だけだ。まあ、その後襲撃者除けという理由で聖女様を抱えて添い寝していたことは、私にしか分からないだろう。クラウス様には、あのお部屋にいらっしゃる聖女様が見えてないのだから。
それより、殿下が私に聖女様のお姿を見えるようにと真眼魔術をかけてくださったのに、クラウス様にかけなかったことを知って多少驚いたが、何となく合点がいったような気がする。
「わたくしだけに魔術をおかけになられたうえ、我が父上に聖女様の護衛兼侍女にまで推挙していただけるなんて、どういう風の吹きまわしかと思いましたが…クラウス様にあのようなお姿を見られなくてようございましたわね。いくら殿下と言えども、お小言では済まされませんでしたわよ?」
殿下が少しだけ動揺したように気を揺らがせたが、すぐさましっかりと対外向けの笑みを浮かべられると、「ふふ。やはりカルラ嬢で適任だったらしい。今夜もしっかりと私が警護しないとね。」といって、立ち話に飽きられたのか踵を返してしまわれた。
「聖女様も大変ですこと。」明日の朝を想像し、思わずカルラの口から言葉がこぼれる。
今まで他人に全く興味を示さなかった帝国の第一皇子から、出会ってたった一晩で執着されている様子に、同情を禁じ得ない。
仕方ありませんわね。こんなにやさしい魔力を持つお方ですもの、異界の方とはいえお姿が見えるようになってしまったら、なおさら…きっと引く手あまたですものね。
「おほほほ…!」
殿下、今のうちにせいぜい頑張りあそばせ…と不敬にも高笑いが止まらないカルラだった。




