八 湖の貴婦人へ 願うこと
大詰めです。
突然、道が開かれた。
いつのまにか洞穴を抜けていて、眼の前には小波ひとつない青い湖が横たわっていた。
そしてそこには、やや憔悴した面持ちのアスカルディが待っていた。
「ルディ兄さま」
カリサは思いっきり手を伸ばして、アスカルディの首に飛びついた。
しっかりと抱きとめられて、きつく、強く、抱き締められる。
「よかった、無事で」
「この腕輪のおかげ……ありがとう。ルディ兄さまは? 大丈夫?」
「君を眼の前で喪うという、最悪の悪夢を見たけどね。まあ、なんとかなった。君を信じていたんだ、必ずまたこうして会えるって」
「うん」
カリサはアスカルディの頬に頬をすりよせた。
「わたしも会いたかった」
心が安心感に満たされる。
カリサはアスカルディと二人寄り添う形で、湖を振り返った。
天上には白い月がかかり、湖面に揺らいでいる。
ほどなく、湖の中央部がふわん、と球状に盛り上がり、はらっと崩れた。
そこに現れたのは、青く輝く、掌に乗るぐらいの小さな光の像。
これが、“湖の貴婦人”に違いない、とカリサは思った。
「誓願を。ゆっくり、はっきり、三度唱えよ」
胸に手を置き、カリサは「この地を愛し、守ることを誓います」と三回繰り返した。
これを聞き届けて、湖の貴婦人はくるっとまわった。
「そなたの願いを言ってみよ」
ゾフィのきつい警告が思い起こされる。
『ここで願いを言ってはいけません。正しい選択は沈黙です』
カリサは黙っていた。
「そなたの願いを言ってみよ。妾がかなえてやろう」
『ここで答えてください。嘘はだめ。正直に、率直に答えるんです』
誰よりも立派な紅の騎士になりたいと、そう願おうと決めていた。
だけどいまは、それはまちがった願いだと、わかる。
理想の騎士となるためには、ひたむきな努力こそが必要だ。嫌な過去にも眼をそむけず、向き合って、克服し、次への経験値とする。それこそがかけがえのない、自分の矜持となる。楽して得るものなど、本当ではないだろう。
カリサは考えるより先に、動いていた。
アスカルディの胸に、額を預ける。
「いつかこのひとの幸せな花嫁になれるように、見守っていてください」
湖の貴婦人は先ほどとは逆回りに、くるっとまわった。
光の像が、ひときわ明るい青の光彩を放つ。眩しくて、安らかな青だ。
そして、尊く響く声ならぬ声。
「そなたの願い聞き届けよう」
あと、小二話です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。