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乙女の秘密  作者: 安芸
本編
7/12

六 近づく心

 アスカルディ、正装で登場。

      

 深呼吸をして扉をあける。

 黒い闇がかかる空に、青く冴え冴えと輝く月が浮かんでいる。

 白い網のような月光が射し、わずかに地上を照らしだす。

 澄んだ夜気にまぎれるように佇んでいた人影が、ゆっくりと振り返った。

「……カリサ?」

「……ルディ兄さま?」

 カリサとアスカルディは互いの瞳の中に互いを映したまま、立ちすくんだ。

 風がざあっと吹いて、二人の服の裾を煽る。

 先にはっと我に返ったアスカルディが、動揺もあらわに、口元をおさえた。

「……まいったな。あまりにきれいで、別人かと思った」

「……ありがとう。ルディ兄さまこそ、男のひとみたい」

 アスカルディは夜よりも夜のごとく、黒一色の衣装を身にまとい、外套の代わりに長いマントをはおっている。

 無造作に束ねた金髪、軽薄さを拭い取ったまなざし、化粧なしの素顔は、いままで見たどの顔よりも鋭く美しい。

「付添い人希望者は二人?」

 ゾフィの言葉にカリサはもうひとりの存在を知った。

「シュナイツァー? どうしてここに?」

 執事補佐のシュナイツァーがアスカルディの陰に隠れるように佇んでいた。

「……私は、付添い人を希望しているのではありません。お嬢様のお帰りをここでお待ちしております。どうか、お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ではあなたは?」

 ゾフィの問いに、アスカルディはカリサに向かい、手を差し伸べて言った。

「彼女から、話は聞いたね? 私を選びなさい」

 ゾフィの眼が注意を促してくる。

 カリサの耳に、ゾフィの忠告がこだまする。

『誓願の儀は、一歩館を出たときからはじまっています。付添い人は必ず本命を選ぶこと。もしあなたの本命が迎えに来ていないのなら、ひとりでいくのです』

 カリサはアスカルディの眼を凝視した。

 いつか見た、痛いほど真剣な、思い詰めたまなざし。

「ついてきてくれるの?」

「君のためなら、どこへでも」

 迷いのない言葉に、カリサの心は温まる。

 おずおずと、指先を重ねる。

 すぐさま手を握り締められ、ぐっと身体を引き寄せられる。

 「いってらっしゃい。幸運を」

 カリサは片手をあげてこれに応えた。


 

 洞穴はひろく、おびただしい生きものの気配がするのにかかわらず、一切の姿が見えないことが、ひどく不気味だった。

「怖い?」

「ううん」

「へぇ?」

「だって、ルディ兄さまが一緒だから。怖くても平気」

 カリサはアスカルディの長い指に指をからめて、結んだ。心が強くなった気がした。

 どんな力がはたらいているのか、カリサの青いドレスが発光し、淡い青の光を放っている。視界はきいた。なにひとつ、生きものを見つけることは出来なかったが。

「……どうして女装してこなかったの?」

「おや、君は女装した私のほうがいいの?」

 カリサはあわてて「ううん」と、首を振った。

「付添い人は“青の乙女”の騎士だ。いくらなんでも女装姿じゃ様にならない、少しは恰好つけないと。ま、本当の私は悪党だから、騎士なんて柄じゃないけどね」

 アスカルディの声が皮肉を孕み、不意に黙りこむ。

 カリサは落ち着かなくなった。沈黙が居心地悪い。呼吸の音が響くのさえ、気恥ずかしい。

「あの……あのね、来てくれて、ありがとう。すごくうれしい。ゾフィからこの儀式の話を聞いたとき、もし付添い人希望のひとが誰も来なくても、わたしはひとりで大丈夫って言い聞かせていたの。でも、本当は心細かったから、ルディ兄さまの顔を見てほっとした」

 あのときの気持ちを、どういったらいいのか。

 夜を従えて立っていたアスカルディは、胸がすくほど、本当に恰好よかったのだ。

「……どうしていつも、いて欲しいときにいてくれるの?」

「愛だよ。君を好きだと言っただろ。なんだ、信じてくれないの」

 アスカルディは笑った。心のこもった、慈しみにみちた笑みだ。

「ほんの子供のころから、私は君を好きだった。そうでもなければ、はるばる王都まで何年も足を運びやしない。君に会いたくて、ただそれだけで――それでも私の心を疑うの?」

「ううん」

「よかった」

 カリサは胸を押さえた。心臓がうるさいぐらい、速く脈打っている。

 つないだ手が、熱い。

 この手を放したくない。

 放さないでいてほしい。

「さて、と。分かれ道だ。心の準備は?」

「だ、大丈夫」

 突然、抱きすくめられた。

 アスカルディの吐息が耳にかかる。

 大きな手が後頭部と腰を押さえ、力強い腕がぎゅっと身体にまわされて、少しの間、そのままだった。

 心臓が破れそうなくらい、どきどきしている。

 頭にカーッと血が昇る。顔が火照る。身体が熱を帯びていく。足元が高揚感でふわふわする。

 いまだったら、なにも恐くない。

 恐いけど、恐くない。

「……君の無事を祈っている。道の向こうで会おう」

「……うん。ルディ兄さまも、気をつけてね。あの、あとで、聞いてほしいことがあるの」

 アスカルディが頷く。それから、

「これは、お守り。持っていて」

 手首にひやりと冷たい感触。腕輪だ。細工は分からないが、素材は金属だ。

 気懸りそうに細められた眼にみつめられ、またどきっとする。手の甲にやさしい口づけをおとされる。そっと離れる気配。熱がひいて、カリサはさみしく思った。

 急に闇が重くのしかかる。孤独をおぼえる。

 振り払うように、前を向いた。

 闇の奥でなにかが蠢く。

 悪夢の再来だった。


 まもなく2009年も終了ですね。

 なんとなく、ばたばたしています。

 今年中――と言わず、明日、明後日にも、この物語は完結します。

 もうしばし、おつきあいくださいませ。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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