五 秘密の伝承
今回も女の子だけです。
カリサ、美しくなーれ!
馬車は茜色に輝く町を抜け、金色に染まる丘を越え、藍色に沈む森に入った。
森のうねうねと続く小道を這うように辿るころには、あたりはすっかり暗くなった。御者の顔は見えなかったが、小さな角灯ひとつでも迷うことなく、どんどん先を行った。
「着きました」
馬車を降りる。
そこにあったのは、あたたかな灯りが滲む小さな三角屋根の館と、すぐ横に、ぱっくり口を開けた大きな洞穴。真黒な穴の向こうは、なにも見えない。
「さあ支度をいたしましょう」
館の扉には鍵がかかっていたが、ゾフィが開けた。内部は驚いたことに、家具も、調度もすべて深い青で統一されていた。
「“湖の貴婦人”がお好きな色です」
「“湖の貴婦人”?」
ゾフィは「はい」と言って、青い箪笥の前に立ち、カリサに開けるように促した。カリサが箪笥を開けると、中に一着の青いドレス、靴、青い薔薇の花冠が用意されていた。
「これを着るの?」
「ええ。これは“湖の貴婦人”があなたのために用意してくれたドレスです」
ドレスも靴もあつらえたようにぴったりで、カリサを驚かせた。
「“聖なる乙女”として、“青の乙女”のあなたに秘密を伝えます」
ゾフィは花冠をテーブルに残したまま、カリサを大きな青い鏡台の前に座らせると、青い化粧箱を取り、青いブラシで長い髪を梳きながら話しはじめた。
「これは “湖の貴婦人”の祝福を受けた血をひく乙女だけに伝わる秘密。資格のある女性が大人の仲間入りをする夜、前に祝福を受けて資格を得た女性が、この秘密を伝える役目を担います。それが“聖なる乙女”、つまりわたくし。そしてこの秘密のお話が唯一できる場所が、この“乙女の館”です」
カリサはわかったような、わからないような顔をしてゾフィの話を聞いていた。
「そして秘密を打ち明けられたあなたは“青の乙女”として、“道”を通ることが許される」
「“道”?」
「この館の隣にあった洞穴です。あなたはこれから、ひとりもしくは付添い人とふたりで、あの中へ入ります。しばらく行くと道が二手に分かれるので、あなたは右の道へ、付添い人は左の道へいってください。間違えてはだめですよ」
「もし間違ったら?」
「出てこられません」
ぞっとした。ゾフィの眼が深刻で、とても茶化せない。
「闇の中で試練に遭います。それがなんなのかわかりませんが、あなたにとって一番恐ろしいものです。あなたはそれを打ち砕き、克服して、“道”を通り抜けなければなりません。付添い人も同じ。迎え討たなければならないのです。もし無事それを果たすことができましたら、青い湖のほとりで再会できます。そこで“湖の貴婦人”があなたを待っている」
いったん言葉をきって、ゾフィが鏡の中のカリサをみつめた。顎をつまみ、左右を向かせて、考え、額から耳にかかる髪をねじり上げ、すっきりとまとめあげる。
「“湖の貴婦人”とずうっと昔から呼ばれているらしいのだけれど、その正体は本当のところ、わかりません。ただ、この土地の守り神らしき存在のようです。試練と誓願とを引き換えに、願いをひとつ、かなえてくださるの」
「えっ。願いをかなえてくれる? どんな願いでもいいの?」
「動いてはきれいにできませんよ」
たしなめられて、カリサはおとなしく座りなおした。
ゾフィは髪型の出来栄えに満足すると、化粧にかかった。
「ただし、悪い願いはだめ。本当に心から望む願いだけ、かなえてもらえます。それも、決まりがあって、正しい順序で、正しい選択をしたときだけ、きいてもらえるのです」
「もしまちがったらどうなるの?」
「湖に引きずり込まれます」
「……どうしてもやらなきゃいけないの?」
「義務なのでしかたありません」
ゾフィが励ますように両手を握りしめる。
「『この地を愛し、守ることを誓います』。これが誓願の言葉です」
ゾフィは紅筆を持ち、仕上げに薄い珊瑚色の口紅をカリサの唇にひいた。
鏡の中のカリサは、自分でも見違えるくらいおとなびてみえた。
ゾフィの手が仕上げに、そっと、青薔薇の花冠を支えてカリサの頭にのせる。
「……きれいにできてよかった。さ、いま申し上げたこと、忘れないでください。ひとつでもまちがったら取り返しがつきませんので、くれぐれも気をつけて――頑張って」
次回、アスカルディ、シュナイツァー登場です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。