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乙女の秘密  作者: 安芸
本編
3/12

二 いざ、真夜中の脱走

 男性が女装した場合、問題は、のどと声ですよね。

 


 そういえば、胸がなかったみたい。

 と、割とどうでもいいことに気を取られながら目覚めると、そこは我が家だった。

 カリサは涙と抱擁、あたたかい言葉と共に迎え入れられた。

 少し老いた両親と、三つ年下の妹、はじめて会う九つ年下の弟。それから初老の執事と若い執事補佐、乳母や、ほか使用人数名。

 一応、貴族のはしくれで、地方領主でもあるカリサの父は、近辺の有力者の力添えもあり、教会をあつく保護することで、まずまず無難に土地をおさめていた。

 カリサ帰還の知らせは、瞬く間に知れ渡った。翌朝、紅の騎士職に就くという、快挙を成し遂げた名誉を称えるものたちが、賑々しく屋敷に押し寄せた。


 挨拶は、一日がかりだった。夕食後、ベッドにひっくり返りながら、カリサは呟いた。

「あれは、なにかの見まちがいかも」

 アスカルディは名門貴族の次男だ。母親同士仲がよく、別宅が近いこともあり、幼いころは頻繁に行き来してよく遊んでもらったものだ。

 カリサが王都にいってからも、ちょくちょく訪ねてくれた。外出も面会も制限され、加えて人目もあったため、長くは話せなかったものの、差し入れや励ましの言葉が嬉しかった。

 ただ、素直になれなかったけれど。

 カリサは成人の儀を終わらせて、もらうものをもらったら、アスカルディに会いに行くつもりだった。正式に正騎士に就任したら、次にいつ会えるかわからないのだ。

 はたと気づく。会いたくて、会えるなら、会えばいい。

「わたしってばか。いまより早いときなんてないじゃないの」

 大慌てで外出用の身支度を整える。濃い緑のイブニング・ドレス。髪は成人前の娘に限られた型に結いあげる。マント、帽子、手袋、扇、財布。そして、念のため短剣を携帯する。

「ええと」

 “ちょっと出かけてきます カリサ”

 と、念のため、書置きを残す。うっかり行方不明騒動にでもなったら大変だ。

 十年と少し前、カリサは見知らぬ男たちに拉致された。二晩どこかへ閉じ込められた挙句、街外れの涸れ井戸に放置されて死にかけたことがある。 

 見つけてくれたのは、当時十一か十二のアスカルディだった。

 事件後、狭いところも暗いところもだめになり、男のひとが恐くなった。父親すらも。アスカルディでさえ例外ではなく。

 このまま傷を癒せなければ、結婚も、まともな社会生活を送ることすらのぞめない。いまなんとかしなければと神父様に諭され、そうして提言されたのが、紅の騎士団だった。

 おかげで、いまの自分がある。


 こっそり厩舎に忍び入って、自分の愛馬を首尾よく連れ出したところまではよかったのだが、門前で(つか)まった。 

 門番に通報され、駆けつけた執事補佐に睨まれる。

「お嬢様、いま何時か、ご存知ですか」

「遅くに騒がせてすみません。あの、すぐに戻りますから。会いたいひとがいるんです」

「こんな時間に? いったいどこのどなたに会いに行かれるのです」

 カリサはたじろいだ。

 執事補佐の迫力は堂にいったもので、剣呑な眼つきはアリネアのそれに匹敵する。 

 中肉中背、細面で、片眼鏡をかけ、この時間もまだ執事服を着用している。いかにも賢くやり手といった風情の彼は、黒髪黒瞳という容姿も冷徹さを助長している。

「ルディ兄――じゃなくて、アスカルディというひとです。ご存じですか」

「知っています。彼と……夜のデートですか」

 カリサはびっくりしてふるふると首を振った。

「ち、ちがう」

「ちがうのですか」

 執事補佐の眼がやわらぐ。凄味が消えたことにほっとしたためか、カリサの膝がかくん、と抜けた。

「わ」

「危ない」

 と言って、執事補佐の腕が素早くカリサの胴にまわされる。細身の腕からは想像もしなかったほど、力強く支えられて、免疫のないカリサはそれだけでどきどきした。

「ありがとう」

「どういたしまして。大丈夫ですか」

「もう平気。あなたが見た目より怖くないって、わかったから」

 カリサがそう言うと、執事補佐はちょっと拗ねた表情を見せた。

「……私が、怖いですか」

 自分の失言に気がついて、カリサは手で口をおさえた。そのしぐさが、なぜか、執事補佐の微笑を誘ったようで、空気は気まずくならなかった。

 笑うと、かわいいかも。

 年上の男性に向かって生意気なのかもしれないが、カリサはこっそりそう思った。

「そのひとに会いたいんです。お願いです、行かせてください」

 カリサは丁寧に頭を下げて頼みこんだ。

「お嬢様、使用人に頭を下げるなどしてはいけません。どうぞお顔をおあげください」

 執事補佐はまいったというように手をひろげ、降参です、と呟いて嘆息した。

「わかりました。しかしながら夜分で危険ですので、私もお供させていただきます」

「わ、ありがとう。心強いです。ええと、あなたの名前――」

「シュナイツァーと申します」

「……どこかで会ったことありませんか?」

 よく見ると、端正な容貌だった。少しこけた頬の感じと斜にかまえた鋭いまなざし。

 気のせいではない。確かに知っている。

 でも、どこで?

 シュナイツァーは否定も肯定もせずに、執事ならではの待機の姿勢をもって佇んでいた。

 結局、このときは思い出せなかった。

 肩をすくめたカリサを放置して、シュナイツァーは無言のまま、自分の分の馬を取りに道を戻っていった。



 さて、次回は。

 アスカルディ再登場。夜の酒場です。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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