九 真実の告白
えっ!? 嘘、と思っていただければ、いいのですが。笑。
カリサもアスカルディも極度の疲労にみまわれてはいたものの、不思議な幸福感にみちていた。
やっとの思いで洞穴を抜けたところで、シュナイツァーに出迎えられる。
「ただいま」
「おかえりなさいませ。ご無事でなによりです」
堅苦しい一礼が、なんだか嬉しい。笑顔を向けようとまともに顔を見合わせて、はっとした。
シュナイツァーの輪郭が、急に幾重にもぶれた。正確には、いまよりずっと若い顔とかぶった。
額に手をやる。そういえば、と考える。どこかで見た顔だと、思った。確かに知っていると。
それは――。
「……気がついた?」
アスカルディが抑揚のない声で耳打ちする。
「そう、彼は十年前に君を襲った六人の誘拐犯の生き残りだ」
カリサは思い出した。
この顔は、十年前、わたしの首を絞めたひとだ。
胸に恐怖と苦痛と怒りと憎しみがいっぺんに吹き荒び、言いようのない感情に翻弄される。
「な、んで、あなたが……うちの執事補佐なんて、やっているのよ……っ」
「私が命じたんだ」
あっさりとアスカルディが言う。
「ほんの罪滅ぼしさ。君と再会するまでの年月を無償であがなえとね。他の奴らは私が葬った。全員、灰燼に帰したよ」
「どうしてルディ兄さまが、そんなこと……」
「復讐」
こともなげに述べたアスカルディの眼は非情かつ冷酷で、残忍さをのぞかせていた。
「こう見えても、私は腕のいい暗殺者なんだ。だけど、最後のひとりくらいは君自身が報復したいかな、と思ってね、とっといたよ。さ、存分に、君がとどめをさすといい」
カリサは絶句した。
頭が破裂しそうだった。
ひどい混乱で、気が変になりそうだ。
「……あ、暗殺者?」
「ん」
「あの、いま聞いたこと、どこまでが本当なの?」
「どこまでも本当なの」
アスカルディは膝から崩れ落ちたカリサをさらって、抱きとめる。
「許せないだろう、君をあんな目に遭わせた奴らがのうのうと生きているなんて。報復したくて暗殺結社――埠頭に仲裁屋の看板があったの見た? あれの裏稼業さ――に身を寄せた。実家とは縁を切った。技を磨くのに励んだよ。まあそれなりの時間はかかったけど、目的は果たせたからよしとするかな。意外に性に合っていたしね。ただ、君とは真逆の立場にいることが切ないかな」
「お嬢様」
シュナイツァーはカリサの足元に跪いた。腕をだらりと下げて、首を垂れる。
「私の覚悟は決まっております。どうぞご裁断を」
短剣を差し出されて、カリサは身を強張らせた。
背後から、アスカルディが冷たく囁く。
「君ができないなら、私がやろう。なに、あっという間に終わる」
衝動的に、「だめ!」と叫んでカリサは短剣をはたき落した。
戸惑いする二人。
自分でも動揺していたが、十年前の恐怖の夜の一部始終を、よくよく思い出したのだ。
「……あなたは、わたしを助けてくれた」カリサはのろのろと言った。「殺して捨ててこいと命じられたのに、あなたはそうしなかった。わたしを昏倒させて、井戸に突き落としもせず、底に降ろしてくれた……あなただけが、わたしに暴力をふるわなかったわ」
シュナイツァーは転がった短剣を拾い上げた。
「でも同罪です。私はその場に居ながら、まだほんの子供だったあなたを庇えなかった。我が身を惜しんだのですよ、情けない男です」
「誰だって自分がかわいいと思う」
カリサはシュナイツァーの手から短剣を奪った。
「わたしはあなたを許すわ。だから、ルディ兄さまももうシュナイツァーに手を出さないで」
「それで、どうするつもり?」
ほとんど考えることもせずに、カリサは答えた。
「どうもこうも、働いてもらう。これまで通り。もちろん、シュナイツァーさえよければだけど。わたし、強くなりたいの。罪を許すことも強さでしょ?」
「君のそういうところが好きだよ」
アスカルディがカリサの額の髪を掻き上げる。眩しそうに、眼を細める。
「勇ましくて、恰好いいよね。紅の騎士団に入隊したときもそうだった。周囲の心配などものともせずに、めきめき回復して、昇進して、とうとう正騎士様だ。さてさて、私はいつ君を花嫁にもらえるんだろう?」
碧眼の瞳が甘くきらめく。
カリサは眩暈がした。
直面する事態の目まぐるしい展開に、そろそろ限界だ。
そこへゾフィが小走りに駆けてきて、カリサを抱きしめた。
「無事でよかった! おめでとう。これで本当に成人の仲間入りですね。この試練は、苦しくて辛いけれど、自分を見つめなおすためにはいい機会です。わたくしは自分がそうだったから余計にそう思うのかもしれませんが、あなたにとってもそうだったらいいと願います」
「ありがとう。大変だったけど、挫けないでよかった……ゾフィにも感謝するね」
二人はどちらともなくもう一度抱擁した。
ゾフィが微笑をとどめて、ところで、と続ける。
「あなたには次の“青の乙女”に秘密を伝える“聖なる乙女”の役割が待っています。それまできちんと、そのう、身を清らかに保ってくださいね」
「あれ、そうなのか」
アスカルディはちょっと考えて、
「じゃ、キスは?」
「それくらいなら――」
まだゾフィが言い終わらないうちに、素早く、アスカルディはカリサの上に深く覆いかぶさった。すべてを奪いつくすような、激しいキス。
「君の予約」
飄々と言ってのける。
「暗殺者がいやなら辞めるよ。どのみち蓄えには困らない。そうだな、なにかもっと君の傍にいられる方法を考える。なにがいいかなぁ」
顔を曇らせたシュナイツァーが、こっそりとカリサに告げ口する。
「……いま止めないと、彼のことです、女装して紅の騎士団に乗り込みかねませんよ」
想像して、胸が悪くなった。
やりかねない。
そしておそろしいことに、うまく溶け込みかねない。
更に露見しようものならば、それこそ血の雨が降るだろう――!
「ルディ兄さま」
「ルディでいいよ」
「ルディ」
カリサは逆襲した。
つまり、自分からアスカルディの胸倉を掴んで引き寄せ、噛みつくような下手くそな(歯があたった)キスをしたのだ。
唇の柔らかな感触が醒めないうちに、真っ赤になって、カリサは言った。
「……好き。一人前の正騎士になったら、わ、わたしが迎えに行く。それまで待っていて?」
返事は、猛烈なキスの嵐だった。
流星が空に弧を描いて落ちる。
それは、カリサの願いをかなえるかのような、青い輝き。
次、ラスト・エピソードです。
もしかしたら、おまけがつくかも?
色々省略したまま、さくっと締めくくります。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。