2. 初夏の風
「エイス様、全員お揃いです」
王の右腕である宰相の執務室の扉が叩かれ、騎士から報告がもたらされた。
「全員ですか?」
「はい。予定していた出席者、全員揃っております」
それを聞いてエイスは薄っすらと口の端に笑いを浮かべた。
「では、陛下をお連れしよう。もう暫し待たれるよう、伝えてください」
畏まりました、と騎士が出ていくと、エイスは呟いた。
「さてと、陛下を何とかしにいきましょうか」
執務室から出ると、エイスは「さて、どこにいるかな」と呟きながらも、迷わず城の建物から外へ向かった。そして中庭の入り口まで来ると、そこに待機していた侍女に声をかけた。
「陛下は中におられますか?」
「はい、奥に。王妃様といらっしゃいます」
エイスが庭に足を踏み入れると、柔らかな女性の声が聞こえた。歩みを進めると、庭の木陰に横になっている王とその横で詩を朗読する王妃が見えた。ゆっくりと、しかし丁寧に詠む美しいその声にほんのひと時足を止める。
「誰かいるのか?」
不意に、眠っているようだった王が目を瞑ったまま言った。エイスは慌てることなく姿を見せると言った。
「私です。会議のお時間です。皆揃われました」そして付け加えた。「王妃様、お寛ぎのところお邪魔して申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそ。時間を失念していましたわ、ごめんなさいね。陛下、お起きになって」
王は嫌々ながらというように、のそっと半身を起こした。
「まーた、意味のない話で終わるだけだろ。お前出といてよ、エイス」
「私も出ますが、あなたもですよ、今日は絶対です」
「えーー」
眉根を寄せて立ちもしない王の元に跪くと、エイスは静かに、しかし、はっきりとした声で伝えた。
「#全員__・__#おそろいです。お待ちですよ」
「……そうか、やっと来やがったか」
王はにやっと笑うと立ち上がった。
「しょうがない、行くか」
立ち去る二人の背を立って見送る王妃に、エイスが姿が隠れる手前で会釈して挨拶する。そのことに気がついた王は、急に向きを変えると大股で戻って王妃を抱きしめた。
「え、何、どうしたの?」
慌てる王妃を抱きしめたまま王は言った。
「今からさ、味方とは言えんクソ爺にある約束を取り付けに行くんだ。夕食には同席できないかもしれないが、夜に一緒に祝杯をあげてくれないか」
「もちろんです。起きて待っているわ。でも、その、あの、恥ずかしいから離し……」
その言葉を塞ぐように王は王妃に口づけをする。
「リリが待っていると思うと、うんざりする話もやる気が出るよ」
そう言って笑顔を残してエイスと共に立ち去った。
その後ろ姿を見送って王妃はつぶやいた。
「すごく楽しそうな顔をしているわよ……」
立ち尽くす王妃の髪をそっと撫でるかのように風がふいた。その風に誘われるようにどこかぼんやりとした顔で視線を上げる。その先には陽に煌めく緑の葉と青い空がある。
「……なんでもないのよ、なんでも……。……でも、なぜかしらね、なんだかまるで……急に陽が陰ったよう……」
そう呟いて目を閉じる。と、急に頭を振った。
「何言ってるのかしら、私。馬鹿みたい。さあ、もう私も戻らないと、皆がそわそわしだす頃だわ」
そう言って本を抱えると中庭から出て行く。
庭では変わらず風が草花を揺らし陽が煌めいている。