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1. 初夏の風

「リリアス? 何してるんだ?」


 カルは城の、いまや王妃の庭と言われるようになった王族用の中庭にいる王妃に声をかけた。


「陛下。本を読んでいたんですわ、どうかされました?」


 王は木陰に座っていた愛妃の横に座る。王妃近くで仕えていた侍女が静かにその場を去った。


「最近、気づくとここにいるな」

「良い風が吹く季節ですもの。どうかしたの?」

「どうもしないよ」


 言って、カルはリリアスの隣で寝転がった。


「また、執務から逃げてきたの?」

「ちゃんとやってきた。……最近エイスの監視が厳しくて抜け出させないんだよ。この後もなんかあるしさあ」


 リリアスは朗らかに笑った。


「良いことね」

 

 カルは面白くなさそうな顔のままだ。


「ちぇっ。でも、おかげでお前とどっか行ったりもできないし」

「あら、私のことなら心配しないで。みんなに囲まれてとても楽しい毎日よ」


 秋に他国から嫁いできた花嫁は、当初の頃こそ陰口がなかったわけではないが、今となってはむしろ慕ってくる者達に連日取り囲まれて賑やかだった。


「俺より人気者だよな」

「なんの話よ」

「あーあ、でもさあ、せっかくいい天気なのにさあ」


 庭の木々や花の間を風が優しく吹いていて、太陽が緑を透き通らせるように輝かせている。初夏のこの季節は、明るい光に庭も人も照らされていた。

 カルは上を見て、眩しげに目を閉じた。リリアスはそんな夫を見て微笑むと膝上に開けていた本に視線を戻した。

 一時、静かな時間が流れる。カルが寝息を立て始める。その横でそっと本を捲る音がする。

 と、不意にカルが煩げに黒髪の前髪を手で払った。


「あーくそ、うるせえ」

「どうしたの? 虫でも?」


 リリアスが起き上がったカルに驚いて声をかけた。


「虫……かあ?」

「……違うわね。ごめんなさい、きっと悪戯だわ」


 リリアスが困ったような顔でちょっと首を傾げて謝った。

 カルはため息をついて「好かれすぎ……」とつぶやく。


「あなたが?」

「お前が」

「でも風たちがこんなに悪戯するのは、あなたくらいよ」


 おかしそうに言うリリアスを覗き込むようにしてカルは言った。


「そりゃあ、一番近くにいるからだろ、お姫さんの。やきもち焼いてんだよ」

「精霊がやきもちなんて、そんなこと……」


 王妃が最後まで言う前に、その唇は王によって塞がれた。


「絶対そうだよ、わかるんだ」

 

 カルは唇を離してそういうと、愛しげに愛妃の頬に触れる。


「彼らの考えていることなんて、人である私たちにはわからないわ」


 リリアスはカルの緑の瞳を見て言い返す。


「そうだな、奴らには人で言うところの知識や知性といったものはないらしいが、同時に人で言うところの感情もないらしい。でも、人より賢いし感情的ともいえる、らしい……が、知ったこっちゃない。絶対、やきもち。やられてる俺が言うんだから間違いない」

「それを言うなら、あなたが好かれているんだと私は思うけど。でもその見解はどなたの? ユニハ?」

「いや、白い化けデカ猫」

「もう、そんな言い方。でも彼が言うならそうなのかも。……しばらく会ってないわ。どうしているのかしら」


 リリアスは寂しげな表情を見せた。


「そうそう現れないよ、あいつは。むしろリリが来てから姿を現す回数増えたくらいで。あんなのがしょっちゅうウロウロされたらむしろ困る」


 カルは自分の守護獣でもある白い大きな獣のことを迷惑そうに言う。


「確かに怖がる人もいるでしょうけど……。可愛いのに」

「お前がそういうこと言うと、あいつが調子に乗るからダメ」


 そうかしら、と首を傾げるリリアスにカルは「そう」と言って再び口づけをする。リリアスはされるままに受け入れ、唇を離されるとじっと潤んだ蜂蜜色の瞳で見返す。カルはその瞳を見つめ返していたが、不意に妃の胸元に頭を埋めるように背中を丸めて言った。


「あー、このまま攫いたい」


 リリアスはころころと笑った。


「攫われたいのはあなたでしょう?」

「攫って」

「何言ってるの。だいたい王ともあろうものがどこへ?」

「城壁の外ならどこでも」

「そんなことばっかり言って」


 リリアスはカルの頬を両手で包んで上を向かせると、


「王妃を一人にしてはダメよ? 王様」


 そう言ってそっと王に口づけした。


「しないさ」


 カルはリリアスを抱きしめた。リリアスが抱きしめ返す。


「なんかいい匂いする」


 カルが抱きしめながらボソッと言う。


「そう? いつもと同じよ」

「いつもだよ。……眠い」


 少し眠ったら?というリリアスの言葉にカルは再び横になった。


「今度は風たちが悪ふざけしないように気をつけておくわ。言うこと聞いてくれるかわかんないけど」

「んー」


 カルはリリアスの方を横になったまま見た。


「ところで、何読んでいるんだ?」

「建国の叙事詩よ」

「それ、好きだよな」

「とても美しいわ。この国の古い言葉は本当に豊かで美しい……」


 言ってるうちに、リリアスは本に目を落とし読み始めた。

 そんな彼女を見つめてカルは言った。


「読んでよ」

「え?」

「声に出して読んで」

「そんな、朗読できるほど読みこなせているわけじゃあ……」

「今どこ読んでる?」


 断る言葉を遮って聞く。リリアスは始祖の王がこの土地に城を築くことを決めて森を歩くところだと答えた。


「いいとこじゃん、読んで。俺しか聞いてないんだし」


 リリアスは少し戸惑った顔をしたがやがてゆっくりと読み出した。

 

 王妃の澄んだ声が明るい日差しの中に溢れる。爽やかな風が庭をそっと通っていく。

 王はその気持ちのいい風に吹かれながら、目を閉じる。森を讃える美しい言葉を聞きながら。







                                                〈 了 〉








 


 


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