8.もっと知りたい。それっていけないことなのかな
お腹も満たされたことだし、買ってきたケーキを箱から出して、時折食べながらテレビゲームにいそしむ。どっちにするのかなと思っていたら、槇田さんはチョコ味のシフォンケーキを選んだ。それを今、隣で品良く食べて寛ぎながらも、私が操作するアバターを眺めている。ちなみに今は、ようやく地下神殿に到達したところで、コントローラーを持った手がぶるぶると震えてしまう。
「ああああああっ、やっぱりグラフィックが綺麗! 最高!! てか、テレビが大きいと見ごたえありますね!? なんか海外のドキュメンタリー番組を見てるような気分になって、」
「それを言うのなら、旅番組なんじゃ……? あっ、まだ見つけれてないんですけど、この地下神殿の中にミイラがあるみたいですよ。何だったかな? サファイヤ王朝の初代王のミイラがあるとかで、村人達との会話で出てきて」
「えーっ!? どこにあるんだろう!? 条件、条件は!? 発現条件っ」
「ええっと、ちょっと待ってくださいね? 俺的にミイラ、全然興味が無くて……」
「まぁね! ただのお楽しみコンテンツの一つですからね! 財宝が貰える訳じゃないし!」
槇田さんがスマホで調べている間に、テーブルの上に置いたフォークを掴んで、片手でちょいちょいっと、ベリーソースがけのチーズケーキタルトを食べる。うん。意地汚い食べ方なのかもしれないけど、美味しい。こうやって気楽にゲームを楽しみながら、片手間にケーキ食べるの。頬を緩めて味わっていると、隣に座り込んでいた槇田さんがいきなり、こちらにぐっと身を乗り出してきた。
「これ、発現条件です。奥の奥の方に、野良猫がいるじゃないですか? その猫からのリクエストをこなしてからじゃないと、出てこないそうで。ミイラ」
「へっ、へ~……どういう仕組みになってんだろ? 行ってみよ!!」
ち、近い近い近い近い。近いし、何か良い匂いがする。ラベンダーとベルガモットが混ざったみたいな、優しくて甘い匂いがする。気まずくなって離れると、くすりと笑った。ような気がした。ゆったりと元の位置に戻って、アイスコーヒーが入ったグラスを持ち上げると、からんと、冷たい氷がグラスを叩いて、涼しげな音を立てた。今日はほんの少しだけ暑くて、額も汗ばんでくる。
「……あかねさんの、好きなタイプって何でしたっけ?」
「あっ、ああ~、前にも言いましたっけ? そういえばそういう話、何かしたことがあるような気がする……ほら、以前、偶然会った時にも。あっ、ひょっとして、その時から私のことが気になってたりして?」
「まさか。人の婚約者ですし、あかねさんは。横恋慕なんて真似、絶対にしませんよ」
「はははは、まぁ、槇田さんたるもの、絶対にそんなことしませんよね……」
やばい。焦っちゃって、余計なこと聞いちゃったような気がする。どうしよ……。歯の裏にこびりついたケーキは甘くて、苺の香りがした。さらに額に汗を掻いていると、ちらりとこちらの方を見て、「除湿、かけましょうか」と言いつつ、エアコンのリモコンを手に取った。ピッと、機械音が鳴り響いて、大きなエアコンが動き出す。
「すっ、すみません、何か……まだ四月だってのに、かけさせちゃって。エアコン」
「いや、別に。どうですか? このゲーム、楽しいですか?」
「あっ、楽しいです! めちゃくちゃ!! でも、このミイラ見つけゲームはまた家に帰ってからしようかと思います! まぁ、ぜんぜん、その、まだ地下神殿には辿り着けそうにもないんですけど。せっかくだからちゃんと、自分のアバターでやりたいっ……」
「あかねさんらしいですね。でも、まぁ、そう言うと思った」
気怠げに呟いてから、フォークでぷすりとチョコ色のシフォンケーキを突き刺す。あ、あれかなぁ? 鬱陶しがられてる? 私。この、テレビ画面に壮大に広がっている地下神殿と、細かく絡まった蔦や古びた彫刻を見て、はしゃいでたから……?
(でも、この細かく作られた地下神殿、最高っ! 流れているBGMも深みがあって、くせになりそうな感じですっごくいい……!!)
でも、はしゃいでる横で黙り込まれると、気まずくなっちゃうんだよなぁ……。年に何度かあった、こういうこと。クラスで。おそるおそる、コントローラーを握り締めながら、美しすぎる画面ではなく、不機嫌そうな槇田さんの横顔を見つめる。あっ、でも、こっちも綺麗だ。美しすぎる横顔。
「あ、あの~……? すみません、何か私ばっかりはしゃいでいて」
「いいや、別に……ふぁ~あ」
「へっ? あっ、も、もしかして眠たいだけなんですか?」
意外と可愛らしいあくびにびっくりして聞いてみると、槇田さんがちょっと照れ臭そうな顔をして、黒髪頭をぽりぽりと掻いた。な、なんだ。眠かっただけか。
「すみません。ここのところまた、忙しくて……昨晩も中々寝付けなくて、それで」
「あーっ、そうだったんですね? 分かります、分かります。私も野球場でビール売ってた時、へとへとに疲れてるのにちっとも眠れなくて」
「へえ、いいな。初耳だ。そんなところでバイトしてたんですか?」
「そうそう、大学生の時だったかな? そうだ、してて。面白そうだからって」
「いいな。行って、ビール買ってみたかったな」
「へへへへ。私と一緒にね? 応募して、働いてた友達がいるんですけど。その子、びっくりするぐらい可愛かったから、もう酔っ払いにナンパされまくりで。すごかった、本当に」
「へ~……まぁ、あかねさんがナンパされなくて良かった」
「おっ? おっ? えっ」
ずっしりと、肩に熱い重みを感じて振り返る。槇田さんが美形臭の漂う、小さめ頭蓋骨を私の肩に預けていた。えっ、えー……!?
「あっ、あの、槇田さん!? 眠たいのなら、ソファーでうたた寝でもした方が」
「だめですかね? ここでうたた寝をしていたら」
「いや、ぜんっぜん……構わないんですけど、それは! でも、私の肩よりもクッションの方が寝心地い、」
「あかねさんの、好きなタイプって何でしたっけ? 俺、忘れちゃって」
「え~!? ここで聞きます? それ。ええっと」
朔ちゃぁーん! 猫型ロボットを呼ぶみたいに、心の中で叫んでしまった。どうしよ。ええっと、あー、あの分厚い日記兼恋愛指南書によると……?
“好きなタイプは? と聞かれたら意識させるためにも、相手の特徴を挙げておいた方がいいよ。まぁ、あかねちゃんは嘘を吐くのが苦手だし、難しいのかもしれないけど”
あーっ、すごい! 出てきた! 奇跡的に思い浮かんできた! 朔ちゃんの丁寧な文字を思い出しつつ、「ええっと、ええっと」と呟いて、コントローラーを握り締める。すらりとした、男性エルフのアバターは地下神殿の炎を眺め、ぼうっと佇んでいた。
「メガネをかけている人でえーっと、ゲーム好きだったらなぁって。あと、インテリ系の人かな……?」
よ、よよよよよく頑張った! 私なりに頑張った! さぁ、どうでる!? イケメン君は! 期待しながら振り返ってみると、すっかり寝落ちしていた。すうすうと、規則正しい寝息を立てている。すんと、鼻から息を吸い込む。
(わっ、私の努力が水の泡にっ……槇田さぁーんっ!?)
なんだかどっと疲れた一日だった。夕方、帰り道。貝殻が無くなった分、軽くなったトートバッグを肩にかけながら、とぼとぼと歩いて駅へと向かう。駅までは徒歩五分で、やたらとスタイリッシュな外観の黒い駅がもう、遠くの方に見えていた。便利、ここ。あれから目が覚めた槇田さんは失敗したとでも言いたげな顔で、ほんのりと耳たぶを赤く染めていて。
『本当にすみません、あかねさん。せっかく来て頂いたのに、ぐっすり眠りこけてしまって』
『いえいえー。可愛かったですよ! はい、これ』
『えっ!? 写真、撮ってたんですか!? 俺の寝顔が……』
すぐ消すつもりで撮った写真を、にんまりと笑いながら見せると、「ええ~?」と言ってすごく動揺していた。新鮮だ、こういう顔。
(まぁ、でも、嫌がる人もいるしな……)
無防備に軽く口を開けて、仰向けで寝ている槇田さんの写真に目を落としながら(それでもイケメンなのがすごい)、ゴミ箱マークを押す。
『すみませんでした、勝手に撮っちゃって。まぁ、これは消して、』
『ああ、待ってください。……せっかく、あかねさんが撮ってくれたものですし。出来れば、そのままにして頂けると嬉しいです』
『えっ』
そんなわけで、今もこのスマホの画面には、槇田さんの寝顔が映し出されている。サラリーマンや学生が沢山詰まった車内にて座り、揺られながらも、その写真をじっと複雑な思いで眺めていた。どうしよう? これ。
(たかだか写真一枚で……あ~あ)
たかだか写真一枚で、甘酸っぱい気持ちになっているのはどうしてか。もう一度、ゴミ箱マークを押してみた。無機質な「この写真を削除しますか?」という質問が浮かんできて、ついうっかり「はい」と押してしまう。ぎゅっと、スマホを握り締めて、宮古島の海や空、うずらの玉子がたっぷりと乗ったラーメンやパンケーキの写真の数々を眺める。
(私……まだ朔ちゃんに申し訳ないって思ってる。どうしよ、これから。槇田さんとのこと)
惹かれているのを若干、認めたくないのかもしれない。でも、あの爽やかな笑顔の裏に隠されたものが見たいって、そう思ってしまっている。首筋がひんやりとするんだけど、それが何なのかよく分からない。夏祭りの屋台で真っ赤な金魚がするりと、この手のひらから逃げていくみたいに、あともう一歩のところで何かが掴めない。
(これって一体何だろう? でも、知りたい気がする。もっともっと槇田さんのことを)
次の更新は六月七日です。エタらずに完結まで書く予定。