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死んだ婚約者による恋愛指南書  作者: 桐城シロウ
第一章 飲み込んでしまいたい、彼女の人生を丸ごと
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5.優しい幼馴染の残酷な願いごと

 




「うわーっ!? ちょ、待って待って! ちがっちゃん、ちょっと待って!? 頼むからその写真送るのだけはやめてって!!」

「えいっ! 送っちゃった」

「うそおおおおおおっ!? 何してくれてんの、本当に!? ちがっちゃあああああん!!」

「いーじゃん、別に。約束してたんでしょ? それ」



 返してもらったスマホを慌てて確認すると、写真が送信されてた。うそっ、嘘だああああ!! 当の本人は素知らぬふりをして、白いビーチベッドに腰かけ、優雅にパイナップルジュースを飲んでいる。ぶえ、なんて言い訳をすればいいんだろう!? これ! ここは宮古島にあるホテルのプライベートビーチで、私はあんぽんたんなすのお友達こと、千賀ちかこちゃんと花柄のビキニを着て、木々の下でひと休みしていた。じわじわと、木陰の下でも太陽の熱が伝わってきて、額に汗が滲み出す。



「だーっ、どうしよ!? これ! 送信取り消し、送信取り消し……っと、ああっ、そんな!? もう既読が付いちゃってる、うそ、どうしよう~? あ~、今お昼だから? ちょうど」

「私らも泳ぎ終わったら食べに行こうよ~」

「ちがっちゃあん!! どうしよ、これ!! ふざけて思いっきり、グラビアアイドルの真似しちゃったんじゃん、私ぃ!」

「大丈夫大丈夫、可愛く撮れてるって。それ。シングアプリで撮ったし~」

「盛れてりゃあ、いいってもんじゃないんだって! えっ、ぶ、はや、ちょっ、返信はやっ!? うわわわわわ、どうしよ~。見るのが怖いな~」

「大丈夫だって~、大丈夫大丈夫」



 能天気な! まったくもう。憤慨しつつも、なるべく腕を伸ばして、遠く遠く離してスマホを薄目で見つめる。どーしよ? いきなりちかこちゃんが「はーい、撮るよー。グラビアアイドルのあかねちゃーん。もぎたての魅力を見せてー?」とよく分からないことを言ってきたので、ノリノリでビーチベットに寝そべり、「はぁーい! もぎたての魅力、あかね、見せまーす!」とふざけて、あっはんうっふんなポーズを取った訳なんだが! 老眼のふりをしながら読んでみると、“笑 楽しそうでよかった”と書いてあった。ぶわあああああ!!



 “すみません!! これ、友達が勝手にふざけて送ったやつでして! 恥ずかしいんで、送信取り消ししますね~”

 “もう保存しちゃったんですが、俺”

 “はやっ!!”



 スマホを見つめてくすりと笑っていると、隣のビーチベッドに寝そべったちかこちゃんがストローから口を放して、「ねー? もう付き合っちゃうの?」と聞いてきた。



「まさか~。そこまで軽い女じゃないって、私もさ!」

「……だよね~。わざわざ、水着なのにそれ、付けてるもんね? 婚約指輪」

「はははは……ほら、これはただのナンパよけだから。されるかどうかよく分かんないけど!」

「全裸で立ってたらされるって、あかねちゃんも」

「それ、ただの不審者だからな? おい。ええっと、きたきた。返信早いな~」



 私がうおおお! と寝転がるエルフの女の子スタンプを送ると(もちろん、キミセカのやつ!)、すぐさま“嫌なら消しますけど……?”って返ってきた。ひゅーう、紳士的~。



 “別にいいんですけどね! 待ち受けにしちゃっても! 私の悩殺写真を!”

 “じゃあ、しようかな笑 今日はもう浜辺で遊ぶだけですか? 猛暑日だし、お気をつけて”

 “はーい。そちらはどうですか?”

 “死にそうな暑さです。あと、これ”



 一拍置いて送られてきたのは、私がこの間美味しいと言っていた、冷やし中華の写真だった。槇田先生のピースなおてても映ってる。



 “今日はカニカマとカマボコが入ってました。どういう中身笑”

 “面白いでしょう!? そのコンビ二。行ってきたんですか?”

 “はい。あかねさんにおすすめされたので、気になって行ってきました。あと、美人になれるお茶も売ってたので、それも買ってきました笑”



 思わず笑う。それ以上、綺麗になってどうすんの? 槇田先生は! によによしながらスマホを眺めていると、「あかねちゃ~ん……ご飯、食べに行きたいんだけどな~? 私」と、若干呆れた顔で話しかけられた。



「ごめんごめん、ちょっと待って……もう終わらせるからさ」

「でも、よかった。お葬式ではあのあかねちゃんがさー……後追い自殺しかねない勢いで泣いてたから。いいんじゃない? その人。合ってると思うよ」

「ん~、どうだろ。まだ四十九日も終わってないしな~」

「でも、ノートにだっけ? 言い残してるんでしょ? 青井君」

「そー、そー、まめじゃない? あいつ」

「修学旅行の時も何か、ノート作るのに参加してたし……元々、好きなんだろうなって。そういう系が」

「あー、それは言えてる。はい、終わった!! どうする!? 宮古島ラーメンでも食べに行く!?」

「暑いからやだ。ハワイアンカフェ行こうよ、ハワイアンカフェ。パンケーキが食べたいな、私」

「えー、カツカレー食べたいんだけど。私。あるかな~?」

「無いでしょ、絶対。てか、ラーメンどこいった?」

「はははは」



 気の置けない女友達と楽しく喋って、プライベートビーチで泳いで、食っちゃ寝をしているというのに、どことなく気分が晴れない。結局、あの微妙な空気のまま解散したというのに、槇田先生からは後日、あっさりとメッセージがきた。でも、そこには誠実な想いが綴られていて、“本当にこの間はすみませんでした”という言葉で締めくくられていた。やっぱいい人だ、あの人。



 そんな風にしてぼうっと、物思いにふけりながら、ブルーと白を基調にしたハワイアンカフェにて、十四時までの限定ランチプレートをつついていた。小さいパンケーキとドリンクとスープも付いてるし、かなりお買い得だ。青みがかったグリーンのお皿には目玉焼きとハンバーグ、それにアボカドが乗ったサラダがこれでもかと言うぐらい、たっぷり盛られている。冷房が効いた店内には南国らしい、心地良い音楽がかかっていた。窓際には腰みのを巻いた、女性の変な腰振り人形も置いてある。向かいに座ったちかこちゃんが、どこか呆れているような、でも、心配そうな顔で話しかけてきた。



「ねぇ、どうしたの? ……やっぱりあれだよね? まだ立ち直れてないよね?」

「うん、ごめんねー? いやぁ、なかなか割り切れなくってさぁ、私。ははは……まぁ、せっかくの宮古島なんだし、もうちょい楽しい話題を、」

「あかねちゃんってさ? 全然弱音吐かないじゃん?」

「ん~、そうかな? 今まではほら、朔ちゃんに甘えて私、全部ぶちまけていた訳だしさ……」



 ちかこちゃんがつまらなそうに頬を膨らませて、こってりとした焦げ茶色のハンバーグにスプーンを入れた。さっくりと割れて、肉汁が溢れ出す。ちかこちゃんは気の強そうな顔立ちをした、まあまあ可愛い女の子で彼氏が途切れたことない。今日はくしゃくしゃな茶髪をまとめて、おだんごにして、白いフリル付きの花柄ワンピースを着ていた。体のラインを隠すような、だぼっとしたやつだ。私もその方が楽に過ごせると分かっていながらも、何となくはしゃぐ気分にはなれなくて、いつものメガネをかけ、白いボーダーTシャツとデニムを着ている。もちろん、髪も短いし適当に下ろしてる。



「一言ぐらい……んーん、大泣きしたっていいのにさ? 別に」

「ごっめん、ごめん……苦手なんだよね、人前で泣くのが。私」

「迷惑だった? 今回誘ったのって」

「んなまさかー。どーせすることもないし、結婚資金でほら……お金も余ってるし。ああ、そうだ。朔ちゃんさ? 私にお金遺してたんだよ。朔ちゃんママもパパも、いいよ、いいよ。全部持っていきなよって。あかねちゃんがって、そう言ってくれて……」



 おじさんとおばさんは本当に、昔から優しくておっとりしていて。気が強い、私のお母さんとも朔ちゃんママは仲が良い。ちょっとだけぐすんと鼻を鳴らして、ハンバーグを頬張っていると、ちかこちゃんが肘を突いて、困ったように笑った。



「まぁ、良かったじゃん……うん。あんな終わり方だったけどさ? 行ったんでしょう? 旅行にも。二人で」

「んー、一応イチャイチャはしてた! カップルらしくね!」

「うん……後悔が無いのなら、まぁ、よかった」



 ちかこちゃんらしくなかった。終始、言葉に詰まって視線をさまよわせていた。銀色のフォークで嫌いなプチトマトをぶちっと、突き刺しながらも考える。



(そっか。……どう言ったらいいのかよく分からないんだ、ちがっちゃんは。だよねぇ~。朔ちゃん、白血病だって伏せてたしなぁ)



 余計な心配をかけたくないからって、そう言って誰にも話してなかった。日記には「死ぬ間際になって、好きな女の子にお願いだから付き合ってくださいって、婚約してくださいって言うの、すごくださいじゃん? だから、知られたくなかったんだ。あかねちゃんが俺のこと、好きになってそう言ってくれたんだって、周囲にはそう思っていて欲しかったんだ」と、そう書かれていた。じわりとまた、熱い涙が浮かんでくる。このあと、食べる予定のパンケーキはきっと甘い。カツカレーだったら、涙も誤魔化せたのになぁ。



「っふ、まぁ、あれ、あれだよ……早々に忘れて彼氏作るよ。だって、このまま時間が止まったみたいに、私だけ朔ちゃんのこと覚えてても、何の意味も無いんだもん……」

「まぁ、虚しいよね……何か中国の冥婚を思い出しちゃった、私」

「中国の冥婚? 何それ」

「えーっと、確か若くして亡くなった未婚の男性に、同じく未婚女性の遺骨をあてがって、」

「怖い怖い怖い、やめてよ……こんな素敵なハワイアンカフェで、ハンバーグつつきながらする話じゃないよ、もう。てか、私。パンケーキ食べたいんだけど」

「これ、食べ終わったら持ってきて貰おうか。というか、早いなー。食べるのが相変わらず」

「へへへへー」



 さくさくとハンバーグを平らげている私を見て、どこかほっとした顔をする。そりゃそうだよねー? 中学の同級生がくっついたかと思えば、一人が実は白血病で────……だめだだめだ、考えないようにしないと。嫌なものが膿んだように詰まって、うごめいている苦しさの塊から目を逸らして、氷水を一気に飲み干した。そうとは気付かず、ちかこちゃんが「私、ソフトクリームも追加で頼もうかなー?」と呟いている。



「ね、ねえ、冥婚だっけ? ありえない話だけどさ? 私、今なら朔ちゃんに会って結婚出来ますよってもしも言われたら、」

「えっ、ちょっとやめてよ。怖いから……大丈夫? 自殺とか、おじさんもおばさんも悲しむじゃん」

「大丈夫大丈夫、もしもの話だし……それに、いや、いいや。冥婚ってさ? どういうものなの? 私、よく知らなくて」



「あー」と呟いて、ちかこちゃんが気難しい顔をした。視線をななめ上に向けて、眉を寄せたちかこちゃんは可愛くて、顎に当てたスプーンもなんかオシャレな雑貨に見える。



「中国とか古代ギリシャとか……まぁ、世界各地でそういうのはあったみたいなんだけど。主に死者の魂を慰めるため、とかかな?」

「へー……」

「死者と死者同士が結婚することもあれば、生きてる人が死者と結婚することもあるみたいだよ。……まぁ、あかねちゃんの場合、生前冥婚って感じ?」

「いや、結婚してないからね? 私と朔ちゃんは!」

「そうなんだけどね? ん~……何か、あかねちゃんが青井君に捧げられた? 感じがするからさ」

「私、羊じゃないもん! あかねだもんっ!」

「ふふふふ、知ってる~」



 そっか。みんな、私が我慢して朔ちゃんと付き合ってたんだって、そう思ってるんだ。



(お葬式で話すべきじゃなかったかも、婚約した経緯とか……ごめん、朔ちゃん。ださい男にしてしまってさ)



 でも、こうやって考えて、好きでいても何の意味も無い。私だけ、ずっとずっと死んだ朔ちゃんのこと好きでいても何の意味も無い。随分昔に、読んだ小説のことを思い出していた。亡くなった婚約者のことが好きで好きで、怪しげな薬を商人から買って飲んで、一晩だけ結ばれる女性の話。



(今ならその人の気持ちがよく分かるなぁ。会いたいよ、会いたいよ。朔ちゃん……)



 でも、そろそろ前を向かなきゃ。夜、眠れなくなって槇田さんにメッセージを送ってみると、すぐに返ってきた。



 “ゆっくりでいいですよ、別に。のんびりと気長に待つので”



 昼間、泳いで疲れてしまったのか、夜の九時だというのに、ちかこちゃんはすうすうと寝息を立てて眠っている。ホテルのバルコニーは肌寒くて、ほんのりと潮の匂いが混ざった、生温かい夜風がこちらの首筋を撫でてゆく。どこからかさやさやと、木々の葉が擦れる音が聞こえてきた。頭上には静かに、穏やかに、宝石を砕いたかのような星空が煌いている。だけど、本当はこれを生きている朔ちゃんと見たかった。どうとも思わなかった。こんなにも美しい星空なのに、どこか無機質なものに見えた。



「宮古島から帰ってきたら、また槇田さんにお会いしたいです。今度、いつ会えますか? っと……」



 少しずつ、少しずつでいいから忘れていこう。自分の左手の薬指にはまった、小さなダイヤモンド付きの婚約指輪を眺めて、ぼろぼろと泣いていた。あとからあとから、涙が溢れてきて止まらない。



「だって、朔ちゃんはもういないんだもん……!! ずっとずっと、二十六歳のまんまだよね? 死んだ人とはどんなに好きでも、もう、結ばれたりなんかしないから……」



 小説のように、亡くなった人にすがって子供が産めたらいいんだけど。まぁ、それは無理だし? 私もそろそろ結婚したいし、将来的には子供だって欲しいし。胸がちくりと痛んだ。でも、亡くなってすぐに槇田先生と会って、結婚して幸せになるのが、朔ちゃんの求めていることだった。これが朔ちゃんの願いで。



「すごく残酷。でも、そんな優しくて甘いところも好きだったよ。さようなら、朔ちゃん……願わくば、また来世でっ」



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