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死んだ婚約者による恋愛指南書  作者: 桐城シロウ
第一章 飲み込んでしまいたい、彼女の人生を丸ごと
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2.私が腐女子だってこと、知ってますか?

 




 拍子抜けするぐらい、あっさりと色んなことが決まった。槇田先生が真剣な顔で、豚肉をしゃぶしゃぶしていたのが面白かった。



「えっ? でも、いいんですか? 毎週会うって」

「俺としては別に。宮田さんはどうですか? ……嫌ですか?」



 その言葉を聞いて首を横に振ると、嬉しそうな顔をして「じゃあ、それで」と言ってきた。ものすごく、ものすごく信じがたいことだけど、どうやら相手は乗り気らしい……。途方に暮れながらも、何か高そうな赤いお箸で豚肉を摘まみ上げ、胡麻たれに浸して食べる。美味しい。普段食べているお肉とはまるで違う。あっという間に口の中で蕩けていった。



(金、あるんだろうな~……って私としたことが。まだ四十九日も終わってないというのに!)



 胸がずきりと痛んだ。そうだ。私、いいんだろうか。朔ちゃんもきっとその辺をうろついているだろうに。ぴたりとお箸を持った手を止めて、考え込む私をじっと眺めたあと苦笑を浮かべる。通された個室は掘りごたつ式になっていて、ふんわりと、い草と上品なだしの香りが漂っていた。



「やっぱり……まだ、その、人と会う気にはなれませんか?」

「あっ、す、すみません。私ったらつい、考え込んでいて……でも、朔ちゃんも望んでいることなので大丈夫です! あっ、そうだ。ノート持って来たんですよ。見ます?」

「えっ」



 私がずるりんと、大きめのショルダーバッグから日記帳を取り出すと、面食らった顔をしていた。ぬぬう。やはりまだ早かったか……?



「見たいかなーっと思ったんですけど。やたらと気にしてらしたから」

「う、うーん……いや、しかし、いいんですか?」

「ふっふっふー、笑えますよ? 槇田さんの個人情報がいっぱい載ってます!」

「ええええっ? すごいなぁ。くれぐれも落とさないように気をつけてくださいよ?」

「はぁーい、気をつけまーす」



「いいんですか?」とは言いながらも、「じゃあ、見せてください」とは言ってこない。なんだ、つまんないの。無理にすすめるのもなんだしと思って、黙々と甘くて美味しい豚肉を食べ進める。胡麻たれがやばい、永遠に飲める。私が真剣な顔をして食べていると、ひらりと、薄く透き通るようなピンク色の豚肉をお箸で持ち上げ、ぐつぐつと煮えたお鍋の中へ投入する。ふわりと、良い香りが漂った。



「その……なんて書いてありました? 俺のこととか、病院でのこととか」

「病院でのことは……ちょっとしか書いてなかったんです。どれもこれも、ええっと、私が来てくれたとか。そんなことばかりで」

「へぇ……」

「日記帳とは言っても、主に恋愛指南というか……本当に大事な部分? えっと、日記的なやつは袋とじの中にあるみたいで」

「袋とじの中に……!?」

「めそめそと、情けないことばっか書いてあるから、俺の四十九日が終わったら読んでくれって。……私のことばっかり」



 あ、恨めしい声が出ちゃった。もう少し自分のことを考えたらいいのに、朔ちゃんも。いつだってそうだった、人のことばかりで昔から。お箸を持ち上げたまま、ふつふつと上品に泡立っている鍋を見下ろす。



「私……昔から、意外と空気が読めないんだねって言われるんですけど」

「意外と? なんで」



 愉快そうに笑って、また一枚、ひらりとお肉を追加した。茹で上がった豚肉はひそかに小鉢に盛られていて、それを私の方へと寄せてくれる。慌てて「ありがとうございます」とお礼を言うと、静かに笑った。大人だなぁと思う、こういうところが。



「なんか私……ほら、黒髪ショートだし。たまにメガネもかけるし、大人しそうに見えるみたいで」

「ああ、言われてみれば確かに。宮田さん、可愛いですよね」

「へっ」



 さらりと褒めよった。これがイケメン、イケメンの医師……!! ぽかんと口を開けて見つめていると、「ぶふっ!」と笑って口元を押さえる。今、絶対、私、間抜けな顔してたよね……!? 照れ臭くなって、慌てて下を向いて前髪を整えた。



「えっ、えーっと、ありがとうございます。それでその、私が自由奔放に! マイペースに動くもんだから、時には周囲から煙たがられたりもして」

「うんうん、それで?」

「朔ちゃんが……ずっと昔から、私のそんな部分をカバーしてくれて。あ、小学校も中学校も高校も、ずっと一緒だったんですよ! 私達」

「聞きましたよ、この間」

「あ~、すみません! 同じ話ばっかりしてて……」

「いえいえ。あの、その日記帳でしたっけ? 気になるんですけど、そこに置いてあるとどうしても……」

「あっ、忘れてた。いけね」



 ついうっかり、横に置いて放置しちゃってた。上の空で食べていたからか、胡麻たれがちょっとだけはねて付いてるし! やばい!



「あ~、私ったら! 仮にも婚約者の遺品を、胡麻たれで汚したりなんかしてっ!」

「大丈夫ですか? お手拭きとか……」

「大丈夫です! もう、ちょちょっと拭くだけなので」



 分厚い日記帳を持って拭き上げていると、物言いたげな顔をしていた。おっ? おっ? やっぱり気になる感じなんですかね……!?



「見ます? これ。あー、でも」



 そう、本日のミッション。必死に考えないようにしてたけど、本日のミッション。朔ちゃんがこの日記帳の中に「あかねちゃんが実はオタクでゲーマーで、腐女子だってこともバラしてあるから安心して!」って書いてあったんだよなあぁ……。



(安心して!? 不安しかありませんが!? ってつい叫んじゃったじゃん。朔ちゃんのばか……)



 隣人の安眠が妨害されていたら絶対絶対、お前のせいだ。あーあ、確かめるのが憂鬱。私がもんもんと悩んでいると、槇田先生が申し訳なさそうな微笑みを浮かべ、「じゃあ、ちょっとだけ見せてもらってもいいですか?」と聞いてくる。も、申し訳な~! これ絶対、私がしつこいから「じゃあ、見ようかな……?」って態度出してくれてるやつじゃん!



「えーっと、その前にですね?」

「はい。あの、どうしても見たい訳じゃないので……」

「私が腐女子だってこと、知ってます?」

「知ってますよ? あの、俺はそういう妄想をして見ていないんですが、月下の夜に見鬼たちは自体をアニメで見て、」

「ああああああああーっ!! エイプリルフールネタで書かれたものかと思ってたけど違った! 朔ちゃあん!!」

「うわっ、びっくりした。その、大丈夫ですか……?」

「すみません。だっ、だだだだ大丈夫です……あー、びっくりした。今ので確実に五百年ぐらい、寿命が縮んだ……」



 横の畳へ思いっきり、ずさぁっと転がった私を見ておののいている。すみ、すみません! せっかくのお休みの日にこんな、こんな、奇声を発する女の姿を見せてしまって!



「あの、もう、本当にすみませんでした……」

「いやいや。そういうところも面白くて好きですよ。それに、夢中になれるものがあるって良いことじゃないですか」

「そ、そうですかね……!? お気を使わせてしまって! 本当に申し訳な、」

「いえ、俺も今まで空っぽだったので」

「空っぽ……?」



 槇田先生が豚肉をしゃぶしゃぶしながら、苦笑を浮かべる。さっきまでかけていたメガネはあっという間に湯気で曇ってしまったので、速攻で外してた。笑った。でも、メガネをしていないと若く見える。



「はい。……打ち込めるもの、熱中出来るものが無かったんですよ。今まで。でも、ゲームとか音楽とか。地道に探し続けているとようやく見つかって」

「あっ、そうなんですね? かなりやりこんでるみたいだし……そうだ、音楽は何聴いてます?」

「エッグノッグって知っていますか?」

「知ってるうううううーっ! えっ、嘘ぉ!? 槇田さんも玉子ファンですか!?」



 前のめりになって聞いてみると、嬉しそうに笑って頷いていた。ああ、楽しいなぁ。共通点もいっぱいあるし、話題が尽きない。たらふく豚肉と牛肉を(食欲出てきたなぁなんて言って、あっさり高い牛肉を追加していてびびった)食べたあと、お会計をして店を出る。パッパ―と、休日の昼下がりらしい、車のクラクションと人々の喧騒が鼓膜を叩いた。少しだけ暑い。



「あの、ご馳走様でした……それからすみません。私、調子に乗って沢山食べていたみたいで」

「いやいや、別に。これぐらいは余裕ですから。それに俺も、最近食欲が無かったんですよ」

「あれ、そうなんですか?」



 そのわりにはばくばくと食べてたけど。もしかして、私に気を使って言ってくれてる? 歩道を歩きながらじっと見上げていると、また柔らかく苦笑した。



「はい。実は最近、父がやっていた病院を継ぐことになりまして」

「お父さんがやってた病院を……?」

「それでかな? 忙しくて食欲も減っちゃって。……ああ、でも、前よりは忙しくないので。いつでも連絡してくださいね?」



 春の陽射しの下で、にっこりと爽やかな笑顔を浮かべる。うっ、まぶ、まぶしい……。それからまた色んなことを話しつつ、帰路についた。駅へと向かう途中でちらほらと、まだ散り終えていなかった桜が舞い落ちてきて、歩道に春の彩りを添えていった。空を見上げてみると、雲一つ無い快晴だった。驚くほどに青い。



「……青井さんのお葬式、どうでした?」

「はい? ええーっと、私、メイクが落ちるぐらい、号泣してました……はははは」



 苦しくなって無理に笑うと、黒い瞳を細めた。陽の光の下でも真っ黒で、どことなく肌が白い。さてはブルベだなと思いつつも、涼しげに整った顔立ちを見つめる。



「なら、まだ辛いでしょう? 来週の土曜日も、無理なら無理で断っちゃってくださいね?」

「えっ? いえ、私も楽しみにしているんで!」



 あえてきりりと、凛々しい顔つきをして、ぐっと親指を立ててみると、何故かお腹を抱えて笑っていた。この人、笑いの沸点低い。それになんだかずっと楽しそうだ。



「はー、おかしい。じゃあ、まぁ、良かった。また来週。宮田さん」

「はい! また来週~」







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