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死んだ婚約者による恋愛指南書  作者: 桐城シロウ
第一章 飲み込んでしまいたい、彼女の人生を丸ごと
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1.もう彼に誕生日はやってこない

 






 自分が送った長文メッセージを見て、落ち込む。はい、死んだ。朔ちゃんも朔ちゃんで無茶振りするなぁ、本当にもう。思わず頭を掻き毟った。



「っあー! 大体、会いに行けって何!? これが遺言だとか、死んでも死に切れないとか延々と書かないでよー! 良心が呵責しちゃうじゃん!? 朔ちゃんのばか、朔ちゃんのばか……」



 その時、ぽぺんと間の抜けた音が鳴り響いた。来たんだ、メッセージ。夜なのに早い。慌てて自分のスマホを覗き込んでみると、通知欄に「検索かけてくださったんですね」といった文字が浮かんでる。それを見て開いて、息を飲み込んだ。



 “お久しぶりです、宮田さん。まさか本当にメッセージが来るとは思いませんでした”



「で、ですよね……!? 申し訳ない! 偶然、私と会ったばかりにこんな、こんなことを頼まれてしまって!!」



 急いで返信を打とうと思って指を動かせば、またメッセージが送られてきた。



 “今日、お葬式だったんですね? この度は本当にご愁傷様でした”



 友人からも送られてきて、何度か目にした言葉。ああ、もう、嫌になるなぁ。それまでの熱が一気に消え失せて、真顔で返信をぽちぽちと打つ。



 “ありがとうございます。先生には本当に、お世話になって”



「あっ、いけね。途中で送っちゃった……ええっと」



 フランクで話しやすい先生だったからか、どうもくだけた文面を送ってしまう。でも、ろくに会って喋ったこともないんだから、もう少しきちんとした、社会人らしいメッセージを────……。悩みに悩んでいると、またメッセージがきた。



 “いえいえ。あのまま良くなると思ったんですけど。大丈夫ですか?”



 その「大丈夫ですか?」に、すごく優しい気遣いが込められているような気がして、口元に笑みが浮かんだ。大丈夫、前から覚悟はしていたから。



 “ありがとうございます。大丈夫です。それで、日記の件についてなんですけど……”



 私が送ったどん引き長文メッセージをさらりと無視して、このメッセージ。大人だなぁ……。それとも鬱陶しがられてる?



(槇田先生、三十二? って言ってたっけ? ああ、この年代とどう話せばいいのかいまいちよく分からない……!!)



 なにせ、病院と気分転換で行った旅行先でちょっと会っただけだし。なんとなく、すっかり冷めてしまった豚汁に目を移してから、手元のスマホを見下ろす。



 “とりあえず、今度の土曜日に会ってみませんか? こういうことは会って話した方がいいと思うので”



 確かに、電話やトークで話すよりも、会って話す方が断然いいに決まっている。そこから待ち合わせ場所と時間を決めて、ぬるくなった豚汁と冷たい焼きそばパンを貪り食って、歯を磨いて寝た。しんと、しょぼいワンルームに沈黙と闇が訪れる。



(朔ちゃん……今日は朔ちゃんの夢が見たいなぁ)



 でも、へとへとに疲れていて何の夢も見れなかった。でも、朔ちゃんは優しいし、心配性だからきっと、すぐに夢に出てきてくれる。







 翌朝、起きておそるおそる、分厚い日記帳を見て確かめてみた。ここにはなんと、メイクから服から何もかもが記されているという。しかも、槇田先生好みの。



「あいつ、入院中暇だったのか? うわっ……」



 びっしりと美しい文字で書き記されていた。おすすめのメイク本から、おすすめの服屋さんの住所とURLと、シャンプーと髪のお手入れ方法とモテ服と。



(ああ、朔ちゃんの気持ちが知りたかったんだけどなぁ。私)



 死へと向かっていく間、どんなことを考えていたのか。とにかく、自分が死ぬことについてどう思っていたのか。そんなことはどこにも書いていなかった。でも、槇田先生の好きな色や食べ物が延々と書いてあるページの端っこに、こう書いてあった。



 “最後の方に、結婚するあかねちゃんへ向けてラブレターを書いておいたから。結婚する前日にそれを読んで。よろしく”



「……そうだった。そういうことをするやつだった、朔ちゃんは」



 でも、時間が無いので朝ご飯も食べずに、軽くメイクをしてから家を出る。今日はキッチンに回してもらおう、そうしよう。朝日に照らされた道路は、昨夜の大雨で濡れていてきらきらと光っていた。その中を歩きながら、「よしっ!」と声を上げる。



「今日はひたすらドーナッツを揚げるっ! 揚げるっ!! 仕事だ、仕事! あ~あ、土曜日が憂鬱だなぁ……」





 ただまぁ、三日後だったので。あっという間にその日が来てしまった。一応朔ちゃんがおすすめしてくれたサイトで、白いニットワンピースを購入。その上から手持ちのデニムジャケットを羽織って、そこらへんにあったショルダーバッグを持って終了。もちろん、朔ちゃんがすすめてくれたメイク本を買う勇気は無かった。



(朔ちゃんもそのことを見越して、無理しなくていいからねと書いてあった……もうっ、何? 何なの? そんなに私のことが好きだったの?)



 と、乙女ぶってみるがたぶん、自分の顔は死んでる。こ、怖いなぁ。もう。がやがやと人が行き交う、賑やかな改札の前ですっと両目を閉じ、胸元を押さえる。



(待って? 一度状況を整理してみようか、私!)



 まず、婚約者が死んだ。その婚約者が自分の主治医に目をつけて、「俺が死んだら、彼女と結婚してくれませんか~?」的なことを頼んだ。常識人だった槇田先生はうろたえ、「まぁ、お友達からなら……」と承諾してくれた。すごい。私だったら亡くなった患者さんの婚約者なんて、絶対にお断りだ。いくら今、彼女がいないからって。



(選び放題じゃん……医者だよ? それに眼鏡をかけた、涼しげなイケメンだったし。顔良し、背も高し、年収も高しの男が私を選ぶ……? 朔ちゃん、すごいよ。あんた。買いかぶりすぎだよ、もう! 私のこと!)



 恋で目が曇ってたんだよ、朔ちゃんは……。スマホの画面に映し出された私の笑顔を見て、「ああ、本当に槇田先生と回って楽しかったんだね?」と言っていた。その横顔はどこか淋しそうで、「え~? 嫉妬してるのぉ?」だなんておちゃらけていた自分をぶん殴ってやりたい。ぎゅっと、ショルダーバッグの紐を握り締める。土曜日だからか混んでいた。楽しそうなカップルや、小さな子供を連れた夫婦が通り過ぎてゆく。



「私に隠れて、こそこそとあんな日記を書いたりして……」

「こんにちは、宮田さん」

「ふぁっ!?」



 驚いて振り返ってみると、にっこりと笑って佇んでいた。綺麗に整えられた黒髪に、涼しげな目元。冷たい印象を人に与えるが、笑うと一気に親しみやすい雰囲気が漂う。槇田先生はシンプルに白いTシャツを着て、黒いジャケットを羽織っていた。



「お久しぶりです。あの、此度は本当に……」

「あっ、ああああ、い、いいので、そういうのは! あっ、すみません! ええっと、その、思い出してしまうので……」



 耐え切れなくなってうつむくと、「それもそうですよね。すみません」と言ってくれた。ああ、もう、私のばか! いつものコミュ力の高さはどうした!!



「あ、あの! すみません、せっかくのお休みの日に本当に!」

「いいえ、別に。それにしても青井さん、本当にそんなノートを遺していたんですね……?」

「びっくりですよね! はははは……私が楽しそうだったからって。もう、本当にご迷惑をおかけして」



 歩き出しながらそう詫びてみると、軽く笑って前を向く。ゆっくり話せる個室がいいとのことだったので、なんとしゃぶしゃぶの店を予約してくれた。とんでもなく高い店だったので、今から背筋が震えてしまう。



「いや、前から話してみたいなとは思っていたんですよ。宮田さんとはこうして」

「あ、ああ、そうだったんですね……?」

「はい。病室でも、楽しそうにゲームの話とかしていたでしょう? 俺もあのゲーム好きだったから。ちょっと気になっていて」

「ほう! そういえば言ってましたよね!? 私、まだ温泉宿まで辿り着いてなくて。しきん、資金が足りない~……」



 私は今絶賛、幻想的な村作りゲームにはまっている最中だ。モンスターと戦うこともせず、ひたすら雄大に広がる草原や海へと出かけていって、そこで出会った人々からの依頼をこなして資金を集める。様々な事情を抱えた人々を助けながら、海で泳いだり、作物を育てたりするのが最高に楽しいんだけど。



「俺は今、城を作ってる最中です。楽しいですよ」

「城!? いいなぁ、私、まだそこまでいってない!」

「手伝いましょうか? 今度一緒にやりましょうよ」



 このゲームは複数のプレイヤーと進めた方が上手く行く。お金もがっぽり入る。思わず目を輝かせて「いいんですか!?」と言って見上げてみると、困ったように笑っていた。し、しまった! 年上だし、婚約者の主治医~!



「ごっ、ごめんなさい。その、つい前のめりになってしまって……」

「いやいや。あっ、こっち方面の電車に乗りまーす」

「あっ、はーい」



 ゲームの話で盛り上がりながら、電車に揺られる。でも、罪悪感が胸をよぎった。私、朔ちゃんが亡くなったばかりなのに、こうして他の男性と楽しく喋っちゃってる。うつむいている私を見て、ふと呟いた。



「……大丈夫ですか? 降りますか?」

「あ、いえ。気分が悪くなったわけじゃないので。大丈夫です」



 無理に笑顔を作って見上げてみると、痛々しい微笑みを浮かべていた。あー! 気を使わせちゃってるなぁ、もう!



「でも、今日は晴れて良かったですね! ここのところ、雨続きで」

「そうですね。せっかくの桜も全部散っちゃったし」

「また見に行きましょうね……って、ああ」



 さっそく彼女面か!? だめだ、今日は本当に上手くいかない。でも、焦る私をよそに槇田先生はさらりと「来年、行きましょうね」と言ってくれた。驚いて見てみたけど、その横顔はこっちを向いていなくて。ただひたすらじっと、流れてゆく景色を見つめていた。がたんごとんと、電車が規則正しく揺れ動く。私も何も言えなくなってしまって、桜の木を見つめた。ほんの僅かな桜の花が、枝葉にしがみついている。



(……朔ちゃん。この間、誕生日だったのになぁ)



 もう二度と、彼に誕生日はやってこない。星占いでさえも、関係の無い世界へと旅立ってしまった。また涙が滲み出す。槇田先生がそっとこちらを見たあと、私の背中に手を添えて、すぐにまたぱっと手を放してくれた。私はただひたすら、涙を堪えて、嘘みたいに綺麗な青空を睨みつけることしか出来なかった。




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