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死んだ婚約者による恋愛指南書  作者: 桐城シロウ
第一章 飲み込んでしまいたい、彼女の人生を丸ごと
17/51

16.文句があるのなら、生き返って私と結婚してくれ

 




 暗く、トルコ製だとかいう色彩豊かなランプが吊り下がっているブッフェレストランは、ブッフェレストランとは言えども、身が竦むほどラグジュアリーな空間だった。壁には灰色や、色味の違った黒い石が多数積み上げられていて、床は真っ黒な大理石。その上を歩いている、ウェイターさんの制服も何か黒くてオシャレだ。それに、なんと、全席カップルシート! 


 カップル以外はお呼びでないという感がすごい、やばい。ホームページを見て、「やっべぇ! メガネしてる場合じゃねぇよ、これ!」と叫んでメガネを吹っ飛ばし、目玉にコンタクトレンズを突っ込んだ甲斐があったぜ……。あと、腰に白いリボンが巻いてある、シンプルなベージュ色のワンピースにして正解。ありがとうありがとう、朔ちゃん。恥をかくのは免れたよ……!!


(でも、透さんに居酒屋やラーメン店は似合わないっ……それどころか、チェーン店でもアウトだよ! 浮いてるもん! 浮いてるもんっ!! 一人だけ地面から浮いてるんだもん、ふわふわとさぁっ!)


 焦りながら、かこかこと、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。あんまり好きじゃないんだけど、ここのは激ウマ。それに、透さんが好きなやつだし。これ。私が一人で焦っている中、周囲のカップルは自由にイチャイチャして愛を囁いてた。だ、だめだ~。強い。身体能力からして違うっ!


(ち、違う違う。落ち着こう、落ち着こう……カップル、コッチ、襲撃シテコナーイ! 落ち着こう、落ち着こう……)


 ひっひっふーと、ストローでかき混ぜながら呼吸していると、透さんが笑いながらやって来た。今日は白いシャツの上から、細かい千鳥格子のジャケットを羽織って、細身のデニムを履いている。そして、手には美しく盛られたサラダとローストビーフが……。そう、いついかなる時でも、この人はがっついたりしない! 元を取るべく、必死になって牛肉やケーキを漁る私とは大違い!


「何を産む気なんですか? あかねさんは」

「は、はははは……落ち着かなくて。それにその、あー」

「ゆっくりでいいですよ、別に。無理に聞き出すつもりはないので」

「あっ、はい……」


 透さんが隣へと腰かけてきた。ゆったりと、黒いソファーに体が沈み込んでゆく。すぐ横を見れば、ネオンが光る夜景が美しく広がっていた。ああ、残業してる人達があのビルの中に……? そんな無情なことを考えても仕方無いので、前を向いて、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。


「あー、その。透さんは」

「はい。……あっ、これ、うまいな。一口いります? あかねさん」

「へっ、へいっ!」

「どうぞ、あーん」


 ひっ!? そんな陽キャみたいなことをしてこなくても! ああ、違った、陽キャだった! お日さまサンサン、陽キャな透さんだったよ……!! 戸惑いつつ口を開けてみると、少しだけ照れ臭そうな顔をして、ローストビーフを優しく口の中へ突っ込んでくれた。た、確かにうまい。柔らかい。オニオンソース(推定)も美味しい……。


 拍子抜けした顔でもぐもぐ食べてると、フォークを持ったまま、「美味しいですか?」と聞いてくれたので黙って頷く。今日の透さんはメガネかけてなかった。だから、その真っ黒な目がよく見える。今は嬉しそうな熱を帯びて、きらきらと光ってるけど。


「ああ……だめだな、俺。年甲斐もなくはしゃいだりして」

「いえ、ん、んん~。可愛らしくていいんじゃないですか? べふに」

「他人事だな。……悲しい」


 乾いた笑いをこぼして、器用にフォークを操り、ローストビーフとレンコンチップスのサラダを食べていく。さっきも食べたけど、美味しかった。たらことマヨネーズをあえたポテトサラダに、ゴボウとさくさくのレンコンチップスが混ざってる。どう返せばいいのかよく分からず、黙り込んで、ストローからアイスコーヒーをちゅうちゅう吸い上げて飲んでいると、透さんがぴたりと手を止めた。


「俺。昔から感情の起伏があまり無いというか、不得意でして。そういうの……」

「へ、へえ~……」

「でも、あかねさんが愛が感じられない、でしたっけ? そう言ってきた時、俺、実はすごくショックで」

「えっ? すっ、すみません……ずっと疑問に思ってたんで」


 どうして私なんだろう? あと、元彼と比べると何かが違う気がする。


(でも、その()()って一体なんだ? 私も私で、曖昧だな……)


 アイスコーヒーのほろ苦さを噛み締めながら、思い悩んでいると、透さんが機嫌よく、レンコンチップスをフォークの先にひっかけて笑う。


「でも、俺、今、すっごく楽しいんですよ! ようやく、あかねさんとまるで、本物のカップルみたいに会えるようになったから」

「そうなんですね……でも、カップルですからねえ~」

「はい。それがすごく嬉しい。……ただ、愛情表現ってのが苦手でして」

「あ、ああ。はい。うん……」


 美女からのお誘いを「鬱陶しい」って言って、蹴り飛ばしそうな、理系の爽やかイケメンくんだもんな~……。間違っても文系ではない。気まずい思いで顔を逸らしていると、ふと、私の肩に肩をとんと当ててきた。か、カップル席~! この距離感よ、憎し!! たちまちふわりと、ワインのような、カシスのような、甘くて濃厚な香りが漂ってきた。ジャケット越しに肩のラインも、その息遣いもダイレクトに伝わってくる。


「俺……だから、せめて言葉でちゃんと伝えようと思ってるんですけど。つれないですね? あかねさんは」

「うっ、す、すみません……!!」

「いや、別に。でも、手っ取り早く」

「は、はい」


 イチャイチャか? イチャイチャなのか!? 意を決して見上げてみると、怯えたように黒い瞳を揺らがせた。それからおずおずと、私の肩に腕を回して抱き寄せてくる。指も体も強張っていて、どこかぎこちない。


(そっか。この人、私に嫌われるのが怖いんだ?)


 よく分からない、愛おしさが込み上がってきた。朔ちゃんの「気をつけろ」って言葉も蘇ってきたけど、見ないふりをしてしまった。何となく、体の力を抜いて透さんへと寄りかかる。


「この間はあの、本当にすみませんでした……」

「いえ。俺も俺であの時、がっついてしまってすみません。めちゃくちゃ可愛かったです、あかねさん」

「っあの、相談なんですけど!? 言えるようになったんで!!」

「照れてる。可愛い」


 嬉しそうに笑って、ぎゅっと肩を抱き寄せてきた。ひっ、ひええええ~……。だめだ、だめだ。違う、違う話題をっ!


「あの、秋人くんっていう朔ちゃんの弟がいてですね!?」

「いや、知ってますけど……この間、嫌味を言ってきた弟さんですよね?」

「あっ、はい。あれ、どうも好意の裏返しだったみたいで……」


「好かれているかどうか分からない」って友達に相談してみたら、「ちょっと男友達と飲みにでも行ってみれば?」とアドバイスされた。要するに、男の影をちらつかせろと。嫉妬するかどうか確かめてみろと!


(はっ、早くも冷気が漂ってるような気がする……!!)


 とんだホラーだよ! ダークで冷たい、刺すような雰囲気が横から漂ってくる。ぐっと、肩に回された指に力が入った。


「……ああ。兄弟で好きだったのかな? あかねさんのこと」

「ま、まぁ、そんな目で見たことはないし、私には透さんがいますからね……万が一、告白されてもお断りしますけど!」

「なら良かった。手間が省ける」

「は、はははは……」


 手間って、説得でもする気だったのかなぁ? 諦めろって、そう。アイスコーヒーに浸されたストローを握り締め、かき混ぜていると、ふと、耳元で甘く囁きかけてきた。


「……で? なんでそのこと、俺に言ってきたんですか?」

「ひゃ!? ちょっ、えっ!?」


 耳を押さえ、慌てて離れると上機嫌な顔をして笑っていた。またもう一度、お皿を持ち上げて食べ始める。


「俺、なかなかに嫉妬深い方で。まぁ、いいんですけどね? 別に」

「す、すみませんでした……!!」

「……いや、俺にも非があるんだろうし。ちゃんと愛情表現出来てないから」


 もそもそと、前を向いて食べ始めた。周囲は幸せそうなカップルであふれてるのに。私、私、もうそろそろどうにかしなきゃな……。


「あの」

「はい?」

「ええっと、今日、家に泊まりに行ってもいいですか……?」

「ああ、いいですよ。もちろん!」


 ぱっと、弾けるような笑顔を浮かべた。あっ、うん。好かれてる。多分。


(でも、どこかで()()()引っかかってるんだ)


 朔ちゃん、私、どうするのが正しい? こんな時、いつもいつも相談に乗ってくれた朔ちゃんがいないと、私。


(真っ暗闇の穴に、いきなり突き落とされちゃったみたいだ……)


 そこで見つけた、ぴかぴかに光り輝いてる、宝石のような透さんを握って心の支えにしようと思ったのに。思い悩んでいると、ふと、テーブルの上に置いた透さんのスマホがブーッと鳴り出した。女の子の名前が表示されてる。


「あ~……しつこいな。しまったな、電源切っとけば良かった」

「えっ? あの、いいんですか? 出なくて」

「はい。元カノだし。とは言ってもまぁ、今は俺の友達と付き合ってるんですけどね?」

「えっ」


 なんだ、その複雑な関係性は……。微妙な顔をしていると、爽やかな笑顔を浮かべ、「円満に別れたし、今は友達と付き合ってるので大丈夫ですよ?」と言ってきた。引いている間にも、ぶつっと電源を落とす。わ、わぁ……容赦が無い。


「俺はあかねさんだけいれば、それでいいので」

「あの、口に出してました……? 今。私」

「いや、そんな顔をしてたから。あ、ご飯、一緒に取りに行きません? 奥にまだまだ、あかねさんが好きそうなの、いっぱいありましたよ?」

「えっ、うそ! 行きます、行きまーす!」


 今ある楽しみに目を向けて、難しく考えるのをやめるってのは危険なことなのかもしれない。でも、そうでなきゃやっていけなかった。これから先も仕事はしていきたいし、婚活ってのも向いてないような気がするし。二人で並んで、料理を見て回る。スモークサーモンとチーズが乗せられたオープンサンドに、炙った国産牛のにぎりと、甘辛いタレが絡んだ、小さな角煮まんと焼きたてピザが数種類。ラザニアにもちもちの生パスタ、ハーブ塩が擦りこまれた骨付きチキンに、定番のハンバーグやおこげが美味しい、パエリアなどなど、確かに私が好きなものが沢山あった。


「あっ! ほらほら、見てください! 小さいハンバーガー! 可愛い!」

「ですね。俺もそれにしようかな?」


 トングを持ったまま振り返ると、ふっと嬉しそうな笑顔を浮かべていた。あ、やばい。心臓が跳ねる。でも、どこかで好きになっちゃいけないような気がしてる。どうしてだ! 慌てて前を向いて、持っていたお皿を奪い、ハンバーガーをぽいぽいと五個ほど投げ入れていたら、「あっ、そんなにいらない……」と弱々しく呟いていた。


「はいっ! どうぞ!?」

「あ、ありがとうございます……」

「カレーでも食べます!? 盛り付けますよ、私!」

「いや、自分でするので大丈夫です……」

「まぁ、そう言わないで!! 任せてください、盛り付けますよ!」

「じゃ、じゃあ、お願いしようかな……」


 最初こそ戸惑っていたものの、私が張り切って米を盛り、なみなみとカレーを注いでいたら、嬉しそうな顔で笑っていた。


「ありがとうございます。あ、福神漬けも……」

「よっしゃ! きた! 盛るっ!」

「俺もお礼に盛りますね? あかねさんの分」

「えっ!?」


 有無を言わせない様子でにっこりと微笑み、それまで持っていたお皿を黒い台の上へと置く。そして、炊飯器が並べられたコーナーを見渡し、「どれにしますか?」と聞いてくれた。


「えーっと、古代米にも興味があるけど……雑穀米かなぁ? どうしよ、悩む」

「俺と一緒の、ターメリックライスにします? 美味しいですよ?」

「んん、じゃあ、せっかくだからそうしよっかなぁ」

「量は? どれくらい?」

「あっ、かなり多めで! 今日、ぐっすり昼寝しててお昼ご飯、食べ損ねたんですよね~」

「ああ、ありますよね。そういう時。もういっかってなっちゃう」


 透さんが丁寧な所作で白いカレー皿を持ち上げ、しゃもじを水から取り出す。それから、大きな炊飯器のふたを開け、黄色いお米を盛りつけるたび、私の方を振り向いて「これぐらいですかね?」と確認してくれた。細く引き締まった腕にしがみつきながら、「もうちょっとですかね!」と言っていると、彼氏めいた笑みをこぼす。


「可愛い。カレーは? 何にする?」

「えっと、チキンとほうれん草のカレーにしようかな……?」

「海老がごろごろ入った、シーフードカレーもありますけど? 普通のカレーでいいんですか? 普通のカレーで」

「あーっ! そう言われると弱いなぁ~……あっ! 骨付きチキンが入ったのもある! 牛肉もっ!」

「原価気にしてたから、牛肉? まぁ、こういうところではどう足掻いても、元なんて取れないんですけどね」

「それは確かに~。お店潰れちゃいますもんね!」


 良かった、普通に喋れてる。結局、ほろほろの牛スジ肉とじゃがいもがたっぷり入った、濃厚なカレーにした。黄色いターメリックライスとよく合って、これがまた美味しい。夢中になって食べていると、途中で席を立って、お水のお代わりまで持ってきてくれた。最後に二人でワインを飲んで、しっとり冷たいチーズケーキとラズベリージェラートを食べたりして、のんびりと寛ぐ。


「あ~……帰りたくないなぁ。もう」

「今日、泊まるんでしょう? 俺の家。コンビ二寄ります?」

「あ~、行こうかなぁ。クレンジングとか欲しい。あるかな、いつも使ってるやつ」

「あるといいですね。俺も俺で何か買い足そうかなぁ。ティッシュが足りてなくて、今」


 ついでに、明日の朝ご飯も買いに行った。私はツナと玉子のサンドイッチを選び、透さんはカツサンドとスコーン、それにカフェオレを選んでいた。美味しそう。


「チョイス……流石はチョイス!」

「えっ? なんですか?」

「いや、朝ご飯のデザートにスコーンは選ばないから……」

「美味しいじゃないですか、これ」

「そうですけど! ふふっ」


 笑いながらお会計を終えて、手を繋いで帰る頃には、疑問とか不安が綺麗さっぱり無くなっていた。真夜中、すうすうと眠りこけている透さんを見て考え込む。


(うん。これでいいや、もう……少しずつ、カップルらしくなっていけば)


 間違ってるかな、朔ちゃん。でも、朔ちゃんはもう死んじゃったから。死んだ人とはこんなことも出来ない。裸の透さんに寄り添ってまぶたを閉じると、心臓の音が聞こえてきた。どくんどくんと、生きた人しか発せない音が聞こえてくる。肌の手触りも、深く上下している胸元も、密着した頬を温めてゆく熱も。


(ああ、生きてる人だ……透さんは。生きてる)





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