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死んだ婚約者による恋愛指南書  作者: 桐城シロウ
第一章 飲み込んでしまいたい、彼女の人生を丸ごと
12/51

11.どんどん、深みに嵌まっていくような気がしないでもないっ!

 


 あのあと、付き合うことになった。らしい……。淹れて貰ったコーヒーをちびちびと飲みつつ、沢山の話をした。槇田さんは終始嬉しそうな顔をしていた。どことなくほっとした顔をしているようにも見えた。うにぃっと、新発売されたミニドーナッツ入りのパフェの中へ、生クリームを絞り垂らしながらも、頭の隅で考える。


(えっ? いや、ちょっと待って? 私、槇田さんのこと好きなの……!? どうなの!?)


 次々と入る注文に応えて、パフェを作ったりドーナッツを作ったりしながらも、必死にそんなことを考え続ける。同僚たちが「今日のあかねちゃん、静かだね~」なんて言い合ってたけど気にしない。てか、気にならない!! 


 休憩時間中、バックヤードでもそもそとドーナッツを頬張っていると、向かいに座った藤田(槇田さんと同じメガネだが、こっちはどことなくもっさりしている男性)が、やたらとおどおどした顔で見てきていた。おどおどというか、怯えてる……? 私に? ホワイトチョコとイチゴのドーナッツから口を放し、ぼんやりと見てみる。



「あのさ……?」

「えっ? あっ、はい? どうかしました?」

「好きじゃないのに付き合った場合、一体どうすればいいと思う……?」

「あ~、ええっと、もうそんな人が出来たんだ?」

「ああ、うん、まぁ……」



 朔ちゃんがぁ、白血病でぇ~、何たらかんたらで~って言いふらすんじゃなかったぜ、ちくしょう!! 死んだ魚の目でもそもそと食べていると、何故かまた怯んで、コーヒー牛乳を飲み始める。しんと、気まずい沈黙が落ちていた。部屋の隅に座ってる大学生の男の子(バイト君)は今日も今日とて、相変わらず前髪が長すぎて顔が見えないし、ぜんっぜん話しかけてもくれないし喋る気ゼロ。仕方ないので本日の犠牲者、藤田。二歳年上だけどなんかもう、その場の雰囲気とノリで呼び捨てにしている。



「……まぁ、いいんじゃないですかね? 賛否両論ありそうだけど。まぁ、元々好き同士じゃなかったみたいだし。そうじゃなくても、うん。いいんじゃないかな?」

「そうかなぁ? 向こうのご家族にもその、何か言われちゃいそうだし……。はっきり言って躊躇(ちゅうちょ)してる。いや、もう、付き合っちゃったんだけどね!?」

「あー、うん。なら、しょうがないし……付き合うだけ付き合うってのも、その、ありなんじゃないですか? 思い出すと辛いっしょ?」

「あー、うん。辛い。でも、その人といると」


 余計に思い出す。あれ? もしかして私、人選ミスっちゃったっぽい……? バイトの面接で誰かを落とすみたいに、「申し訳ありません。今回はご縁が無かったことで……」ってメッセージ送れたらいいんだけどなぁ。


(でも、あの人、課金アイテムもいっぱいくれたしなぁ~。てか、あれから調子に乗ってこのBL本、男性でも楽しく読めるからおすすめですよ!! って何の根拠も無く、おすすめしたものをわざわざお買い上げして、面白かったです! あのシーンはこうこう、こうで~って、詳しく感想をくれた人に対してそんな……)


 それに、付き合ったら楽しいような気もする。たぶん! 私と気も合うし、ゲームの趣味も一緒だし、何よりも朔ちゃんが選んだ男性なら間違いが無いはず! 結論が出て、すっきりしてドーナッツを飲み込み、大きめのペットボトルのほうじ茶をぐびぐびと一気飲みしてから、ぷはぁっと息を吐く。


「よしっ! 悩むの終了! 解決したっ」

「何かよく分からないけど、ほっとしました……顔がやばかった」

「え? そんな酷い顔してた? 私」

「してたしてた、やばかった」

「ええ~、マジかぁ」





 とにかくもまぁ、友達に連絡? 報告ぐらいしておくか。たくさん相談に乗って貰ったし。そんなことを考えながらも、赤と白の毒キノコ柄の傘(一目惚れして買ったやつ!)を差して道を歩く。ここはビジネス街のど真ん中で、私と同じように、退勤してゆく人で賑わっていた。ぱらぱらと、湿った雨の匂いと共に、小粒の雨が空から降り注いでくる。辺りは暗くて、家電用品やら喫茶店やらの店がぼんやりと光ってる。バーッと、すぐ横の道路で走っていた車が、クラクションを鳴らした。片手でスマホを操作しつつ、アプリを開く。するとぽぺんと、間抜けな音が鳴り響いて一件、メッセージが入っていることを告げてきた。槇田さんからだった。



 “お疲れ様です。今日、仕事終わりに会えませんか?”

「えっ」



 ついうっかり、声をもらしてしまった。慌てて口をつぐんで、「大丈夫ですよ、どこで待ち合わせしますか?」とひとまず送っておく。ぱっとすぐに既読がついて、電話がかかってきた。


「あっ、もしもし? 槇田さん?」

「すみません。いきなり電話をしてしまって。今、お時間大丈夫ですか?」

「あっ、はい。それはもちろん。ええっと、どこで待ち合わせします?」

「今、そっちに向かっているところなんで。俺」

「えっ、今!?」


 今って今? 今日はちょっと長引いて残業してきたから、時計の針は二十時二十八分を示していた。まぁ、退勤後に食っちゃべってたのがいけないんだろうけど! でも、今。えっ? 飲みにでも行く? たらふくドーナッツ食っちゃったあとなんだけど?


「たぶんあれ、あかねさんだなー」

「えっ? 見えてます? どこだろう?」

「本当は店の前まで迎えに行きたかったんですけど。……すみません、何か押しかけてきちゃって」

「いやいや、別にー」


 あれかな? 不安になっちゃったとか? 私がOKしたけど、やっぱりやーめたって言うかもと思って不安になっちゃったとか? 


(なんだ、槇田さん~! 意外と可愛いところがあるじゃん!)


 スマホを耳に当てて、傘を差して歩く人々を見回し、それらしき人がいないかよく探してみる。でも、いない。狭めの歩道いっぱいに、スーツ姿のサラリーマンやお姉さんが広がって歩いてる。何か傘がキノコみたいだ。キノコの森の中にいるみたいだ、私。雨は変わらずぼたぼたと、降り続けている。心なしか、さっきよりも強くなってきたっぽい。


「……ああ、いたいた。あかねさんだ」

「えっ!? どこだろう!? ぜんっぜん私、見えないんですが!?」

「はは、じゃあ、声かけますね。俺。後ろから」

「後ろから……?」


 トートバッグを持ち直しながら、後ろを振り返ってみる。あれ? でも、いない……。知らないスーツ姿のおじさんが歩いてるだけだった。視線を前に戻して、「もしもし?」と言ってみる。


「もしもーし? あれ、もしかして切れちゃってる……? 通話」

「いた、あかねさん」

「ふぉっ!?」


 ぐいっと、いきなり肩を横から抱き寄せられた。ぜんっぜん気付かなかった、びっくりした……!! 強引に傘に入ってきた槇田さんとの距離が近くて、ひゅっと息を飲み込んで見上げる。黒髪をちょっとだけ濡らした、槇田さんが嬉しそうに笑って、私の手から傘を取り上げた。


「すみません。途中で雨降ってきちゃって……」

「あ、ああ、今日、降水確率わりと高かったし……」

「ですね。持って出れば良かった。油断してたな」

「は、はい……お疲れ様です」


 にっこりと笑って、「ありがとうございます。急にすみません」と言いながら、しれっと私の肩を抱き寄せて歩く。えっ? 何これ。相合傘な上に、肩寄せ歩きでぇと……? 混乱しながらも、近い距離を自覚して心臓がばくばくと鳴り出す。えっ、無理。何かめちゃくちゃシトラスの良い香りがするしむっり。何だこれ? イケメンは良い香りを漂わすべきって、そう法律で定められてんの……?


「じゃあ、今から一緒に焼肉でも食いに行きませんか?」

「あっ、いいですね!! お酒飲みたい気分です、私! つまみにするっ」

「……じゃあ、あかねさんだけでも飲んでください。俺、ノンアルでも頼もうかなぁ」

「あー、肝臓のためでしたっけ?」

「そうそう、数値も悪いし。医者の不養生ですね」


 ノリ良く返してくれるし、何か心臓の動悸も収まってきた。良かった! 


(いや、良かったのか? これ……好きにならないと、朔ちゃんのためにも)


 そうだ、朔ちゃんは私の幸せを願ってくれた。槇田さんと幸せになってほしいって、そう言ってくれたんだから。ひとまず、いつの間にか私の肩から手を放して、にこにこと嬉しそうに笑ってる槇田さんを見上げてみる。雨にちょっと濡れちゃってるけど、白いTシャツの上から黒いジャケットを羽織っていた。漂う知的感……。黒縁メガネがあるとマシマシだ。


「あの、私」

「ん? どうしましたか?」

「すっげえ申し訳無いんですけど、まだ槇田さんのこと、その、ぜんぜん好きじゃないんですよね……」

「そうですか……」


 めちゃくちゃしょんぼりとした顔するじゃん、やだー! やばい、どうしよう!? 早くもときめいちゃってる。そう、惚れやすいタイプなのだ! 私は! 傘を持って貰っていることをいいことに、あわわわと両手を動かしてみる。


「えっ、ええええっと、そのっ! 大丈夫です!! スキンシップとかもぜんぜん、」

「本当ですか!? なら良かった。ああ、でも、無理はしないでくださいね? 続かないと思うので、それだと」

「いや、もう、ぜんぜん……無理とかは無いです、絶対に!! その辺は本当に本当に大丈夫です! だって槇田さん、その、一応私のタイプと言うか何と言うか……」


 背もすらりと高いし、手首も細めで華奢なのに、わりとがっしり引き締まった筋肉質のお体。サラッサラの黒髪に、涼しげでシャープな目元。でも、二重! 二重!! 大事なところなので二回言いました。鼻先も「人形か?」ってぐらい整ってるし、くちびるも薄くて綺麗だし……。あとこの人、首筋が綺麗なんだよなー! 店員さん呼ぶ時とか、ちょっと横を向いた時の首筋がシュッと浮き出ていて、ほれぼれとしちゃう。あと、腰からお尻にかけてのラインが非常にけしからん。えっちで足も長い。と、まぁ、変態的な妄言はこれぐらいにして……。



「超絶イケメンなので気にならないですね! はい!!」

「っぶ、くくくくく……!!」

「あれっ!? 背中を折り曲げて笑うところぉ!? ここ!」



 槇田さんはたまに、変なところでスイッチが入る。傘を持ったまま、手で口元を押さえ、しばらく震えながら笑ってたんだけど、「あー、おかしい」と呟いて、黒い瞳に涙をうっすらと浮かべる。


「俺、あかねさんの何でもそうやって、はっきり言うところが好きです。真っ直ぐで……自分の好きなものがちゃんとあって、それを真っ当に手に入れてきた人」

「へっ? いや、そりゃあまぁ、好きなものもいっぱいあるし、常に物欲には苛まれて(さいな)ますけど……」

「いいですね、そういうのも何か。……あっ、そうだ。付き合った記念に何かお揃いのものでも買いません?」

「えっ? あっ、うーん……それじゃあ、腕時計でも買いませんか? 思い出せそう、槇田さんのこと。常に」


 そう、朔ちゃんの記憶を上書きするみたいに。一旦、何もかも全部を忘れて槇田さんで埋め尽くしてみたい。すっと、温度が下がったような気がした。慌てて振り返ってみると、少し謎めいた微笑みを浮かべている。


「それじゃあ、そうしましょうか。また、今度の土曜日にでもデートして。服もお揃いにしてみません?」

「あっ、ペアルックですか? いいですねー、してみたいです!」

「年甲斐も無くはしゃいでるな、俺。大丈夫かなぁ……」

「大丈夫大丈夫! 言っても槇田さん、まだ三十二歳でしょ? あれ? 違いましたっけ?」

「三十二です。あかねさんとは六つ離れてます」

「へー、そっか。そんなに離れてたんだ」


 言われてみればそうだ。ぜんぜん気付かなかった。するりと、いきなり冷たい手で手を繫がれる。美しい人魚に手を繫がれたらこんな感じかな? 槇田さんの、街のネオンも何もかもを吸い込んだような、真っ黒い瞳がすごく嬉しそうに細められる。


「……でも、良かった。あかねさんに振られなくて。俺」

「はははは……本当に好きでいてくれたんですね? 私のこと」

「はい、会ってからずっとずっと。それこそ、文字通り夜も眠れませんでしたよ? 俺」

「はははっ、そんなタイプには見えないのに~」


 楽しく喋りつつも電車に乗って(ぎゅうぎゅうで激混みだった)、お目当ての焼肉屋さんへと入る。ここもまた、高そうなところだった。一皿、千円越えるんだけど……? 掘りごたつ式の、真っ黒な壁紙に赤い椿と牡丹が描かれた個室にて、槇田さんが次々とメニューを注文していく。一万ぐらい、今ので余裕で越えたのでは……? 焼肉は食べ放題の店しか行かないから、びびってしまう。


「ふー……じゃあまぁ、イチャイチャでもしますか?」

「うぇっ!? イチャイチャ!?」

「冗談です。そういうのはまだ早いかなって、そう思ってるんで。俺」

「ああ、なら良かった……」

「昨日配信された、見鬼のアニメ。見ました? 俺が推してた、九条あやめちゃんがまた死んじゃって、ショックだったんですけど……」

「あー! あやめちゃんが死ぬのはもう、お家芸なところがあるから……ってか、前から疑問に思ってたんですけど、なんであやめちゃん?」


 顎に手を添え、はぁと深く溜め息を吐いた槇田さんの方へと体を寄せる。その手に持ったスマホ画面には、黒いショートヘアでメガネをかけた、ちょっと情けない表情の女の子キャラが映っていた。都会に巣食う妖怪どもに立ち向かってゆく主人公たちの傍で、うろちょろ邪魔をするキャラというか、天然で足を引っ張るというか……。男性人気はあるんだけど、正直言って良さが分からない。


 前から好きだって言うのは聞いてたし、まぁ、そもそもの話、人の推しの悪口は絶対言わないって決めてるから(流血沙汰になっちゃう)、何も言ってこなかったんだけど……。スマホを覗き込んで、あやめちゃんの顔を拡大してみる。頭頂部にでっかい白リボンを付けて、黒い巫女服着てるのもなぁ。なんかなぁ。



「この子、まぁ、性格は良いのかもしれないけど、おっちょこちょいだし……」

「えっ? あかねさんに似ていて可愛いでしょう?」

「あーっ、もうっ! 唐突の甘々発言、やめて貰えませんか!? その、照れるしあと、周囲からもめっちゃ言われてるんで、それ……どうしよ」

「可愛くていいと思いますが?」

「んあ~、でも、バカにされてるような気がするんれふけど?」

「はは、そうかなぁ? 似てるけどなぁ。可愛い」


 ついうっかり、出されたお冷やの氷をがりがりと噛み砕いてしまった。し、しまった。朔ちゃんも日記帳に、「俺はいいんだけど、槇田さんは引くかもしれないからやめるように!」ってそう書いてあったのに! 慌てて、なるべくお上品に氷をごっくんと飲み干す。槇田さんは推しが死んでしまってショックなのか、ひたすらウェブ検索で出た画像を見て、口元に手を当てている。


「すみ、すみまへん、私……氷食べちゃって」

「ん? 好きなだけ食べればいいと思いますけど?」

「いや、下品と言うか、はしたないと言うか、あんまりこういうことしない方がいいんじゃないかなって。そう思いまして……」


 よっしゃ! 「朔ちゃんが~」って言わずに済んだ! ひんやりとしたグラスに両手を添えつつ、見上げてみると、テーブルの向こうでくすりと微笑む。


「別に。俺はぜんぜん気にしない方なので……あかねさんはそのままでいいですよ? 何も無理しなくてもいいし、ありのままで」

「あ~……はははは、いやぁ、そんな風に甘やかされちゃうと私、調子に乗ってしまうと言うか何と言うかぁ」

「いいんじゃないですかね? 調子に乗っても。それに俺、ハイテンションなあかねさんを見るのが好きだし。そのままで。あっ、きたきた。肉」

「お肉だっ!」


 運ばれてきたお肉をトングで挟んで持ち上げ、次から次へと網の上に置いて焼いてくれる。上機嫌だった、すごく。私は多少なりとも、朔ちゃんへの罪悪感を抱いていたので、運ばれてきたビールをちびちびと飲み進める。あえて、苦手だと言っていたビールを選んでいることに気が付いたのか、ふと、槇田さんがお肉を並べるのをやめて、こっちを見てきた。


「……やっぱり、罪悪感ありますか? 俺と付き合ったこと」

「えっ、あの」

「いいんですよ? 別に。はっきり言っても」

「いやぁ、まぁ、何も感じない人っていないんじゃないかなぁと……。私は、そうですね? いや、あの、付き合ったことは別に後悔してませんけど。今日ぐらいは、と。そう思いまして……」

「ふぅん、そっか」


 いつになく不穏な響きの相槌に、背筋がぞくっとした。この人、優しいんだけど、たまに何だろう? 底が見えない、底なし沼の中を覗き込んでいるような錯覚に陥る。ビールのジョッキを持ったまま、見つめていると、すぐにふっと暗い表情を掻き消して、いつもの爽やかな微笑みをふんわりと浮かべる。


「どうかしましたか? あかねさん」

「いえ、あの。何でもありません……」

「はい、塩タン。好きですよね?」

「わわっ、こんなに貰っちゃって本当にいいんですか!? てか、さっきから私ばっかり良いお肉を貰っちゃって! 申し訳ない……」

「彼女特典です。どうぞお気になさらずに」

「彼女特典」


 でも、あの暗い表情を見る一瞬を追い求めている自分がいた。どうしてかはよく分からない。でも、歪な形の宝石がそのままの形で売りに出され、人々から愛されることもあるように、私も槇田さんのちょっとだけずれた、そんな歪さを愛しているのかもしれない。……よく分からないけど、本当にそうなのか。



(今日だけは朔ちゃんの夢、見たくないなぁ……)





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