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第八話



それからしばらく。


ささやかな宴は終わって、部長と私で後片付け。それが終わると部長は洋館の二階に上がっていく。ずっとここに住んでるんだろうか。寮の部屋とかないのかな。というより授業には出てるのだろうか。


私はもう少しだけ部室の片づけをする。メインホールのゴミはほとんど片付いたけど、全体が綺麗になるにはもう少しかかりそう。文庫本も一度全部虫干ししてあげたいし、階段の手すりとか調度品も磨き直してあげたい。


両手にゴミ袋を持って収集所に出してきて、戻ってくると海はどこまでも漆黒の眺めになっている。


海ちゃんはまだ広場にいた。

海ちゃんは炭火の始末をしてたはずだけど、今はそれも終わって、なんだかぽつねんと海を見ている。


街灯はこうこうと明るくて、軽く羽織った白ジャケットのシルエットが強調されている。海ちゃんはいつも賑やかだから、じっと佇んでいると海に吸い込まれそうな印象があった。


「海ちゃん、冷えないように気を付けてね」


やや意図的に声を大きくする。海ちゃんはぼんやりと振り向いて、静かにうなずく。


「……海ちゃん、何か考え事?」

「うん、部活バトルのこと」


部活バトル……。

海ちゃんはずっとそれにこだわっている。それにさっき部長に尋ねていた、あの名前……。


「海ちゃん。御国雫って誰なの」

「私のお姉ちゃんだよ」


やっぱりそうなんだ。肉親だろうとは思ったけど。

私はそっと海ちゃんの横に並ぶ。海はざわざわと大人数が囁くような音をたて、どこまでものっぺりと暗い。長くは見つめてられない恐ろしさがある。


「お姉ちゃんはね、去年この学園に来たはずなの。すごくいいところだって、お姉ちゃん普通科だったけど、すごく刺激的で楽しい場所だって、メールにはそう書いてた」


雫先輩は普通科だったのか。私もそうだ。

中学で文芸部だったとはいえ、文芸コースはとても狭き門なのだ。それに私は文筆で身を立てるつもりもない。例のパンドラ規範によってAIが文章を書くことが制限され、専業のライターとか小説家は人気の職業らしいけど。


「でも数週間経ってから、学園の様子はほとんどメールに書かれなくなった。何かに熱中してるみたいで、今はそのことしか考えられないって感じだった。お姉ちゃんって何かに夢中になるような人じゃなかったから、少し違和感はあったけど、楽しんでるならいいかなって思ってた」

「電話とかは……」

「したよ。でも私って自分のことを話すばっかりで……」


私は何となく、この話がどこへ行きつこうとしているのか予感していた。


「そして半年後かな、お姉ちゃんからのメールが来なくなった。電話も通じなくなったの」

「失踪……みたいなこと?」


海ちゃんはふるふると首を振る。


「違うの。学園に問い合わせても、そんな生徒はいないって言われた」

「え……」

「それだけじゃないの。お姉ちゃんから届いたメールがすべて消えてた。私のアカウントの通話履歴まで消えてたの」


それは……。

そのような犯罪があるとは聞いたことがある。

今現在、個人の端末というものはあまり意味を持たない。アカウント情報はネットワークに保管されていて、どの端末であっても生体認証によって「私のスマホ」になる。メモリーもそうだ。今のモバイル端末にはメモリーを刺すようなスロットがない。すべてネットワークに保管するから必要ないのだ。


つまり、デジタルデータは個人で保有できないという事。


とてつもない腕前のハッカーが、ネットワーク上の個人情報を書き換えて口座から金銭を盗む、なんて話も聞く。

でもそれは、プロバイダも政府も何度も何度も否定している。

ネットワーク上の個人アカウントは厳重に守られていて、常に複数のサーバーで同期を取っている。書き換えなど不可能であると。


でも、もし可能なら。

個人の積み上げた記録を、歩いてきた歴史を消すことができる。

あるいは、人間そのものすらも……?


「でも海ちゃん、お姉さんが生きてた証拠は残ってるはずだよ。失踪ってことになって、大変な騒ぎに……」

「警察の人が言ってた。お姉ちゃんは確かに六沙学園の入学試験を受けたけど、不合格になって、家族にそれを言えなかったんだろうって。お姉ちゃんは入学式のずっと前に失踪していた。その証拠に、合格発表の直後から自分のアカウントには一度もアクセスしてないって」


そんなことが……。

それが誰かの仕業だとするなら、それは人の世界のことわりを超えている。


「だから、私はお姉ちゃんを探しに来たの」


海ちゃんはぐっと拳を握ったようだ。そのつぶらな瞳が海を見据える。


「お姉ちゃん。電話でちらりと言ってた。C-DUELが楽しいって、たった一度だけ言ってたんだよ」

「……」

「今は部活バトルって名前に変わったらしいけど、必ず突き止める。お姉ちゃんのことを知ってる人を探してみせる」


その話が本当なら、相手はとてつもなく巨大な存在。

いまの社会の根幹に干渉できる、ある意味では本物の魔法使い。


犯人と呼べる人物は、それは特定の個人なのだろうか。それともこの六沙学園。あるいはもっと大きな組織?


「だからヒトコト、協力して」


海ちゃんは私のほうに向きなおる。夜の底で、その大きな瞳と目が合う。


「私……?」

「部活バトルに勝ち続ければ、きっとお姉ちゃんに近づける。私もがんばるけど、私だけじゃ勝てない。戦える人が必要なの」


……。


「うん、いいよ」


私は静かに答える。答えた瞬間、少し気持ちが軽くなる気がする。

御国雫、その名前を忘れたいのに、同時にどうしようもなく引き付けられる。運命じみた引力を感じる。両手放しのまま坂を自転車で下るような、背徳的な心地よさがある。


「いいの? てっきり止めると思った」

「止めたって海ちゃんはやるんでしょう? 放っておけないよ。それに部活バトルって楽しいし、私に戦う力があるなら、行けるところまで行ってみたい」

「ありがとう、ヒトコト」


海ちゃんは私と握手をしようと腕を伸ばして。

その動きをやめて、そっと私に抱き着く。私も抱き返す。


水着を着た海ちゃんの体温を感じる。小さな鼓動も、彼女がずっと抱えていたものの重さも、その内側に燃える情熱も感じる。


「私、ぜったいお姉ちゃんを見つける。この学園の秘密も暴くよ」

「うん、私も協力する。何ができるか分からないけど」


私たち二人は小柄で、何てことのない小娘だけど。

実は二人とも、かなりの悪党なのではないか。わがまま勝手に生きる小鬼のような人間なのではないか。


そう考えると何だかおかしかった。


ひそかな決意を胸に、私たちはいつまでも抱き合った。

ずっとずっと、波の音が絶えるまでと思うほど、長く。









ざわめきが、広大な暗黒の中に拡散する。


円を描く観覧席には人はまばらである。

ごく限られた上級者とされる人々。50人ほどが座している。


眼下には二つの木。


一方は雄大に水平方向に枝を伸ばし、エメラルドの葉を茂らせ、七色の宝石を果樹として実らせる樹。


また一方は幹をねじらせる松。その樹皮は鱗のような螺鈿細工。その松葉は銀細工で作られており雪化粧のよう。地面をのたうつ根は琥珀の固まり。土はすべて茶色水晶スモーキークォーツ

司会者の声が全体にとどろく。


『さあ「宝石の樹」というこのお題。赤がやや多いか! 決着は集計に委ねられたあ!』


「退屈だ」


ぽつりとつぶやく。その脇にいた人物がつぶやきに応じる。


「そうね、ありきたりすぎる。宝石の樹という言葉をそのまま打ち込んでランダム生成させても似たようなものはできる。あれじゃ人間の関与する意味がないわ」

「おいおい、手厳しいな」


一段下に座っていた人物が口を挟む。


「よくやってる方だろ。樹形も見事なもんだし色彩のバランスも良い。一流の芸術品だよ。じゃあどんな「宝石の樹」なら合格なんだ」

「それは審判者ジャッジの考えることではない」


最初に呟いた人物が言う。


「我々が思いつかないものを、女神の加護を得て生み出す。それが創造者クリエイターの使命。女神と人との果てなき踊り」

「ああ、そうだな、その通りだ」


どこかから声がかかる。その一角の数人にとって、眼下の勝負はもはや興味の外のようだった。


最初に呟いた人物が、やや断定口調を維持したまま言う。


「新たな創造者クリエイターが必要だ」

「うん、新入生にめぼしいのがいればいいがな」

「白釘ケイを呼び戻そうぜ、またあいつの戦いが見たい」

「だめだ。あの女は黒騎士・・・の怒りを買った。それに何より品性に欠ける」

「やっぱり新入生に期待するしかないな。でもいるかな。人類の創造力は劣化するばかりだ」

「そういえば先日、一年生の二人組がデビュー戦で勝ったとか、俺は見てないが……」

「必ずいる」


その人物は、誰にともなく呟く。

人間としての感情の枠組みから離れた、いかめしき神官の言葉のように。



「すべては女神の御心のままに」



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