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第七話


「あ、部長……」

「ぶちょー! 私は課題のやつできたよ、見て見てー!」


と、海ちゃんが駆け寄る。海ちゃんはブレザータイプの制服を着ることもあるけど、今は競泳水着の上から白のジャケットを羽織った姿。その格好の方をよく見る。


どれどれ、と部長はモバイルに目を通し、海ちゃんの頭をわしわしと撫でる。


「よく出来とうね、合格たい」

「えへへへ、やったー」


合格……やっぱり合格不合格はあるのか。

小説の体裁が取れていれば、落第と言えるほど低評価にはならないと思うけど、でも今あるのを出すのはちょっと抵抗あるなあ……。


「ヒトコトは悩んどるみたいやけど」

「ええと……書こうとすると、気づかないうちに文章が長くなって、そこから削ろうとすると最初に書こうとしてたものがどこかに行っちゃって……」

「わかったたい、とりあえずメシでも食わんね、バーベキューが届いとるよ」


バーベキュー?


それは洋館から少し下った場所。桜と潮騒に囲まれた広場だ。


日は落ちており、西の果てに赤らんだ雲が残る程度。そもそもこのあたりには生徒もあまり来ない。一年を通して咲く桜なんてもはや珍しくもないから。


ドラム缶を半分に切って、金網を渡したバーベキュー台。すでに肉も魚介も切られた状態のものがクーラーボックスに詰められて届いており、部長は炭火の用意をする。


「これも……Aランク食券で買えるんですか?」

「そうたい、これで5人前やね」


私たちは勝負の日からこっち、毎日のように食券を消費して豪華な食事をしていた。

でもそれは何だか刹那的な、生き急ぐような消費にも思えた。手元に食券を残しておきたくないかのような。

それは部長さんの持つ価値観なのだろうか。宵越しの銭は持たない、不必要に溜め込まないという江戸っ子気質?


「ヒトコトー、このお肉すごいよー、なんか真っ赤だし良い匂いするよ」

「ワインビーフだよ。培養肉プロパーミートの培地にワインを使ってるの。天然の和牛より高いんだって」


私も初めて食べる。もちろんアルコールなど残ってないし、柔らかくて旨味が濃厚ですごく美味しい。培養肉プロパーミートは雑菌がいないので、完全に生でも美味しく食べられる。


部長さんはそうしてた。表面を手持ちバーナーで炙って焦げ目をつけ、1ポンドほとの塊を噛みちぎる。ワインの混ざった赤い肉汁が喉をつたう。


「ぶちょー、ほら笑って」


ばちり、と海ちゃんのデジカメがシャッターを切る。海ちゃんのカメラは四角くて小さくて可愛らしい。一台で何でもこなせて、海水も平気なタフな機種なのだとか。


「超短編はカメラみたいと言われとうとよ」


部長がささやくように言い、私は視線を向ける。


「小説が動画やとすれば、超短編は一瞬の映像。あるいは心に降りた一瞬の感動」

「それは……静止画みたいに時間の止まった絵を表現する、ということですね」

「少し違うとよ」


私は首を傾げる。部長は言葉を続ける。


「一枚の写真の中にもドラマはあるし、時の流れ・・・・もある・・・。超短編は小さな小さな覗き窓。切り取り方の問題たいね」

「……」

「桃太郎に感動はあると思うね?」


問われて、私は少し考える。

桃太郎、あまりにも有名な昔話だけど、けしてありふれた筋書きじゃない。そこには意外性もあるしカタルシスもある。だから何百年も残り続けてる。


感動……。そう、絵本なら一枚一枚に感動がある。

桃を見つけたお婆さんの驚き、最初はお爺さんと一緒に食べようとしていた。でもそこから桃太郎が出てきて……。


そうだ、より短い一瞬を描くべきなんだ。例えば桃を描くなら、流れてきて、運んで、包丁を入れて、桃太郎が飛び出すまで描くと場面が多すぎるんだ。もっと絞り込まないと、その上で鮮烈な印象を持たせて……。


「うん……分かります。書けるような気がします。いえ、すいません、ちょっと、今すぐ……」


私は取り皿を置いてスマホを取り出す。立っていたので投射キーボードは出しにくかった。座れる場所を探すのももどかしく、親指でフリック入力。




冷たい川が勢いよく流れている。

よわい八十ばかりのお婆さんが、その川に勢いよく走り入る。

膝までの急流の中で踏ん張る、水しぶきが腰の高さに跳ね上がる。

お婆さんは必死の形相で両腕を広げ。

そして一抱えもある桃を、全身全霊で受け止めた。(111字)




「こんな感じ……部長、これを手直しして明日出しますから」

「いいや、それで合格ばい。よく書けとうよ」


部長が私のスマホを覗き込んで、にっかりと笑っていた。犬歯を噛み合わせるような荒っぽい笑い。部長の野性味が感じられて魅力的に思えた。


部長はどこか余人を寄せ付けない気配もあるけど、基本的には優しい人だと感じる。私達のことをよく見ている。


その部長の優しげな空気に、私もつい甘えてみたくなったのだろうか。意識せずに問いかけがすべり出た。


「部長、部活バトルって何なんですか……?」


ぴた、と海ちゃんの動きが止まるのが分かった。そのくりくりとした丸い目で部長を見上げる。


「分からんとよ。何年も前からこの六沙学園で行われとうバトル。かつては Creator's duel つまりC-DUELとも呼ばれとったし、創闘戯そうとうぎとも呼ばれた。ここ2年ほどは部活バトルで共有されとうと」


私はリアクションが難しいという顔になる。部長は少しだけはにかんだ笑い。


「そうたいね、呼び方は一見どうでもよか。でもそれは一つの指標なんよ。なぜあの試合が部活バトルと呼ばれるのか。それは、部活バトルという呼び方が、おそらく一番真実から遠い・・・・・・ためばい」

「真実から……遠い」


海ちゃんがぽつねんと呟く。


「そう、どうしてあんなものが運営できるのか。あのツールはどこから来たのか。首謀者のような者はおるのか。何か目的はあるのか。何も分からない。あるいは分からせようと・・・・・・・していない。部活バトルの中心にいる人らは、その真の目的から参加者を遠ざけようとしとるとよ」

「……」


部活バトルの目的。

それは都市伝説のような話だろうか。謎の大富豪がスポーツの大会を運営していた。実はそれは特殊部隊の兵士を選ぶためだった、というような……。


「部長はどうして部活バトルやめたんですか」


海ちゃんが問う。声にどことなく真剣な響きがあった。


「負けたからたい。二度と部活バトルをやらないという約束を賭けて負けたとよ。だから復帰はできんと。部活バトル参加者でも、賭けのことは限られた数人しか知らんとやけどね」


部長はかなり名が知られてそうだった。実力者だったのだろうか。

いや、それ以前に部活バトルには強者つわものとか達人とかいう概念があるのだろうか。まだ一度しか経験していない私には、あのゲームにどんな技術的な深みがあるのか分からない。


「どうしてそんな賭けをしたの……?」


海ちゃんが問う。


「当時は負け知らずやったからね、調子に乗っとったとよ。部活バトルの深淵におる魔法使いに負けたとばい」


魔法使い。

そういえば先日の試合のとき、キャスターという響きが聞こえてきた。ニュースを読む人という意味が一般的だけど、魔法使いとか呪文を唱える人という意味もある。

確かにあのバトルは、もはや魔法にも見えたけど。


「その人って」


海ちゃんが、ひときわ芯の通った声で言う。炎にあぶられて海ちゃんの顔は赤らんでいる。


御国みくにしずく、って名前じゃなかったですか?」


……。


「名前は知らんとよ。それに深淵におる戦士は一人ではないし、その戦いのときは顔もろくに見えんかったたい」


先輩は海ちゃんの気迫に何かを感じたようだったが、優しくほほえみ返すだけだった。


「さあさあ、肉はまだあるとよ、たくさん食べんね」


話は終わりとばかりにくだけた空気を演出する。

部長は少し話しすぎたと感じているようだ。話す気が無いのではなく、まだ早いと、すべてを一度に語るべきではないと暗に示すようだった。


海ちゃんもそれ以上は追求しなかった。ころりと笑顔に変わり、またお肉とかホタテを焼きにかかる。


そして私は。


ごくりとつばを飲み込んで、静かに戦慄に耐えていた。


なぜ気付かなかったんだろう。

それはそうだ。名字で呼んだことはほとんどない。御国なんて名字もそこまで珍しくない。それにその名前を、ずっと思い浮かべまいとしていた。


これは偶然?


それとも偶然では・・・・ないとしたら・・・・・・


御国みくにしずく


それは、私の心に打ち込まれた一本の杭。


文芸部での先輩。




その名前を、忘れたくてたまらない人。



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