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第五話





「人工知能によるイラストレーションは1960年代には実験的なものが生まれていましたが、本格的に開発されたのは2010年代半ばとなります、しかしその狭間に生まれた、ランダム生成による図形や3D地形の描画なども関連しています」


教室の前に大きな黒い箱があり、先生はその中に出現している。

30がらみのグラマラスな人だけど、本当にそんな姿をしてるのか分からない。今はリモート授業でアバターを着替えるのは当たり前だから。


あの黒い箱は立体映像の投射装置で、先生はあの中からは出てこない。私は耳の下までの栗色の髪をいじりつつ、タブレットに授業内容をまとめていく。


「2020年代初頭、AIイラストレーションは爆発的な進歩を見せました。しかし弊害は多く、そのために提言された一つのルールがありましたね。ミス言問、ご存知ですか」


先生に問われて、私はがたりと立ち上がる。


「はい、パンドラ規範です」

「はい結構」


パンドラの箱。この世の厄災がすべて詰まっているという箱を、パンドラという女性が開けてしまうという話。

箱の中からあらゆる厄災が飛び出したが、一つだけ出るのを免れたものがあった。


いわゆる「最後に希望が残った」という部分だけど、その希望とは実は「予言」とか「予知」という災厄であるとも言われるらしい。つまり未来のことが分かってしまうのは耐え難い絶望だというわけ。転じて、未来そのものへの恐怖とも考えられる。


要するに人間はAIイラストの技術はパンドラの箱であり、身に余ると考えた。だから法律でそれを制限しようという話になった。


なぜかどの国も横並びにパンドラ規範に従って、国際的なガイドラインが作られた。そのルールは大きく5つ。


1.創作にAIを利用する場合、70%以上は人間が直接創らねばならない。


2.AIを用いた創作物はそれがAIが関与したものと確認できなければならない。


3.AIが30%を超えて関与した創作物は著作権を持たない。


4.AIは学習元のデータをネットワークから収集してはならない。


5.あらゆるAI創作ツールはオープンソース化されねばならない。


このうち、特に厳しいのは5だ。ソフトウェア開発会社からアマチュアプログラマーまで、創作ツールはまるで商売にならなくなった。


作業をデジタル化していた日本の漫画業界とかフランスのバンド・デシネとか、建築家とかミュージシャンとかに影響があったらしいけど、数年の混乱のうちに人間はツールと手を切れたらしい。


「このガイドラインによってイラストレーターはもちろん、文筆家やモデルなど、さまざまな人が救われました。次の授業からはそれを順に見ていきましょう。では宿題として2000年代のハリウッドにおける、CGが俳優の役割を奪うとされた議論を予習しておくように……」


授業は終わり、私は外へ向かう。今日は午後からのカリキュラムを取ってないので、少し暇になる。六沙学園はフリーカリキュラム制なのだ。


「そうなんだよね……。もうずっと、芸術関連の創作ツールは開発もされてないはず……」


大学などでは研究が細々と続いているらしい。しかし2020年代に出現した創作系ツールのように、巨大IT企業が資本力に物を言わせて生み出して作ることはなくなった。


だけど、部活バトル。

この六沙学園がいくら巨大でも、昨日のあれは何というか次元が違っていた。いったいどこの企業が作ったんだろう。


桜の色が目の端にかかる。いつの間にか足が春エリアに向いていた。

まだ入部すると決めたわけではないけど、とりあえず部室に向かう。あの洋館は昨日と変わらず立派だ。赤いレンガの外壁は本当にレンガを積んで作られてる。


「こんにちはー……」

「あー! ヒトコトやっほー」


ゴミ袋が部屋の隅によけられてて、ローテーブルも壁に立てかけられてる。

その中央にはブルーシートが敷かれて宴会の眺めだった。大きな寿司桶が5個も並んでてオリンピックみたい。


「昼飯まだやろ? あんたらの勝ち取った寿司やけん、好きに食べんね」


白釘部長はヅケのお寿司にたっぷり醤油をつけて召し上がってる。血の滴るような赤みがちょっと背徳的な眺め。


「むおー! このお寿司おいしいよー! これもしかしてフグ!? うわカルビの握りもあるよー!」


海ちゃんは床にべたりと座り、顔をフグみたいにしてお寿司にがっついていた。


きゅるるる。


う、お腹の虫が。


「ほら言問さん、こっち来て食べんね」

「じゃ、じゃあ少しだけ……」


立派なお寿司だ。大きな寿司桶にそれぞれ40貫ぐらい入ってる。一つの桶は空だけどまさか部長と海ちゃんで食べたのかな。そんなわけないよねあははは。


「あのう白釘部長。みにのべ部の部員って他にはおられるんですか?」

「んー? ああ、変わり者が一人おるけん。でもあまり部には姿を見せんとよ。まあそのうち会うたい」

「はあ……」


イカのお寿司をいただく。白いけどかすかにシャリが透けて見える。本当に新鮮だからだろうか。


「ヒトコト! これ食べてこれ! 泡みたいなの乗ってるけどおいしい!」

「分子料理ってやつだね。うん……アワビの味がする。アワビをペースト状にして、空気を吹き込んで泡にしてる」


しかもシャリの酢を変えてる。これってワインビネガーだ。アワビとよく合っててフランス料理みたい。さすが六沙学園のお寿司屋さんだ。


「ヒトコト、ジュースもあるよ。お茶もあるから」

「言問さん」


部長が言う。私は正座のままで顔を上げる。


「はい」

「ヒトコトってあだ名で呼んでよかとね? 不躾やけど、少し悪い名前にも聞こえるとやけど」


……。


「いえ、ヒトコトでいいです。私にとって一番しっくりくる名前なんです」


中学まで、私をそう呼んだ人の中には確かに見下す響きもあったかも知れない。


でもその名前は私の衣服のようなもの。今さら脱ぎ捨てられない。

それは私を包む鎧でもあり毛布でもある。ヒトコトという柵の中で私は安心できる。言葉が渋滞を起こして困るのに、言葉を爆発させたくない気持ちもある。そんな二律背反が私だ。


「心配しないでください。本当に気に入ってるんです」

「そうね、ならよかと」


私は何となく周りを見回す。どうも臭うと思ったらゴミ袋の大半はケータリングの容器とか放送だ。白釘部長はいつもここに出前を頼んでるらしい。

入部したらこの部室も片付けないとなあ、とぼんやりと思う。


「そういえば海ちゃんはどうするの?」

「ほへ?」


口の周りにご飯粒をつけた顔でこっちを見る。


「あだ名? 海でいいよー。あ、でもマリーナとかアリエルなんかも捨てがたい……」

「そうじゃなくて、みにのべ部に入るの? もうAS部との問題は片付いたんだから、入部しなくてもいいんじゃ」

「やだなーもう、何言ってんの」


両手の肘から上を垂直に立てる。その両手で玉子のお寿司を握ってたけど、何かの暗号かな。


「私ももちろん入るよ。みにのべ部」

「そうなの??」

「うん! 考えてみてよ、こんな桜の咲く春エリアにお屋敷を持ってるんだよ。これは間違いなく部活バトルでぶんどったものだよ!」

「そ、そうなのかな」

「なんか部長さんってば部活バトルでも有名人みたいだし! この部にいるに越したことないって!」


海ちゃんは肩を組んでくるけど、私はそもそもなぜ海ちゃんが部活バトルにこだわるのかよく分からない。

部長さんの方をちらりと見ると、今の会話は聞こえてたはずなのに、素知らぬ顔で鉄火巻きを食べている。スカートの立て膝で食べてるのは少し行儀悪いけど、なんだか颯爽としてる。


「さて、それじゃ二人とも入部でよかね」

「わ、私は……」


実のところ、入部する理由はあまりない。

でも今さら文芸部には入りにくいし、この部が少し気になるのは確かだ。でも私は長編専門だし……。


「それじゃ、二人には入部のためのテスト受けてもらうばい」

「ひょわっ!?」


大げさに驚くのは海ちゃん。


「ててテストあるんですかっ!?」

「もちろん。世の中にはまったく一行も小説が書けないって人もおるとよ。誰でもってわけにはいかんけん。ヒトコトはどうね」

「わ、私は、たぶんできると思いますけど……」


少し受け身になりすぎてると感じる。

私はあまり活発な性格じゃないけど、極端に内向的でもないと思ってる。あまり卑屈になりたくもなかった。


先輩が私をテストするなら、私だってみにのべ部をテストする。そのぐらいの気構えの方が健全かもしれない。


「課題は何でしょうか」

「うん、二人の課題は」


先輩は極上の大トロを食べている。

そこで気づいた。先輩はずっとマグロばかり食べてる。ほっそりして可憐な印象もあった先輩は、実はユキヒョウのように肉食なのではないか、そんなふうに思った。




「桃太郎を、120字以内で書くこと」


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― 新着の感想 ―
[良い点] きびだーん!きびきびだーん!がエンドレスリピートされてしまう。
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