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第四話


「よーっし! 女神さま! 落語家さんのデータ出して!」


海が雨乞いのように両手を広げる。周囲に現れるのは落語家さんたち。私でも知ってる大御所だったり半分タレントの人だったり。


「えっと、落語をいろいろ聞かせて、なるべく有名なやつがいいかな」


落語家が一斉に喋りだす。海だけに音が集まってるのか、少しだけ後ろにいる私にはほとんど聞こえない。


「あ、これ知ってる。じゃあこの寿限無寿限無ってやつ、現代の言葉に置き換えて」


テキストデータが出現。単語が入れ変わっていく。


でも、それ……。


「だいたいできた! じゃあ舞台を出さないとね、さっきみたいな高座を」

「海ちゃん、だめ」


私が駆け寄る。海はぽかんとした顔で振り向く。


「どしたの?」

「これ単語が現代風になってるだけ、寿限無寿限無の話から変わってない」


寿限無寿限無とは最も有名な落語の一つ。やたらに長い名前をつけられた子にまつわる話だ。

よく知られた筋書きでは、あんまり名前が長いので、こぶが引っ込んじゃった、というオチが有名。


あれは話の面白さというより話芸を見せたり間のとり方で笑わせる演目だ。長い名前だけ差し替えてもウケるとは思えない。


「あ、そっか。じゃあえーと、話を面白く、ダジャレなんかも入れて、あっと驚くどんでん返しを」


テキストデータが目まぐるしく差し替わる。だがそれは奇妙ないびつさを帯びてきた。登場人物が脈絡なく増えたり、いきなり天狗が出てきたり、他の落語が混ざったりしてる。


そしてある瞬間、テキストデータが寿限無寿限無に戻る。複数のウインドウにまたがるように、黃文字のメッセージが。


――再試行します。


「うわ!? 急に消えた」

「これ一種のエラーだ……話の整合性が取れなくなってやり直しになったんだ」


『おおっと一年コンビ! 女神の不興を買ってしまった! 最初からやり直しだあ!』


司会者が声を張る。観客席に居並ぶ人たちはくつろいだ様子、何かを食べたり飲んだり、私たちを指さしてああだこうだ言ってる。この程度のトラブルはありふれてるのだろうか。


「ううどーしよう、他の落語にしようかな、それとも先輩みたいに最初から作る?」

「ううん……でも先輩のはかなりの精度だったし、あれ以上のは……」


びいいい、というブザー音。見れば空中にデジタル数字が出ている。4:47、4:46、4:45……。


『さあここで女神のカウントダウンが入った! 制限時間を過ぎても作品ができなければ敗北だ! このピンチをどう切り抜ける!』

「あわわわ、め、女神さま落語のデータもっと見せて、落語家さんのデータも」


映像が浮かぶ。白黒の映像なんかも混ざってきてる。

いま分かった、海の指定は適切じゃない。落語を見せて、と言ったから実在の落語家さんが出ている。落語を語ってもらうアバターとしては人物データを出さないといけないんだ。


「どうやら勝負あったな! お前たち! 御国海を連行する用意をしろ!」


光の円舞台の外、暗闇の領域に男子たちが配置される。敗北が決まれば即座に海を取り押さえる構えだ。そして当の海は混乱がピークに達してる、手もとの画面では落語家が大きな饅頭から逃げ回っていた。


「あ、あうう……」

「海ちゃん……」


どうしよう、助けてあげたいけど私は部分的なAI創作もやったことないし、こんな初めて見るシステムは使いこなせるかどうか。


それに私の言葉は、何かを創り出すことには……。


金色の光。

はっと意識が向く。女神の微笑みが私に向けられている。


春の風のような柔らかな笑み。優しさの奥に理性を感じさせるエメラルドの目。重力の鎖から解き放たれた浮遊感は神秘性を備える。


芸術の女神。なんて優しい顔なんだろう。私の中にわだかまる熱も、暗闇も、その光の前で溶けて消え去るかのようだ。


その微笑みは私の目から忍び入り、唇から光の粒となって――。


「……古今東西話芸のあれど、庶民の花なる落ちばなし、人情刃傷取り混ぜて大岡裁きにお囃子はやし桟敷さじき


テキストデータが流れる。

私のわずかな呟きを捉えてテキストが起こされていく、まだ像は結ばない。


「……ヒトコト?」

「着物は単衣ひとえの夏化粧、万世不出の代名詞なる大名人、よわい九十嘆く窮状、形成不利の傾城けいせい遊興、道楽至極の地獄道」


海ちゃんはぽかんとしている。

そのはずだ、私は自分でも何を言ってるか分からない。


より正確に言うと意識が言葉に追いついていない。言葉は私の意識よりも先に立って流れ出し、無意識の領域が言葉の粘土をこねる。何かを生み出そうとしている。


言葉は加速する。そして周囲で組み上がるのは寄席だ。

先程の時代がかった高座ではなくライブハウス風。お客さんは若い男女、サイケな風貌のDJがターンテーブルをかき鳴らす。


「座布団踏みしめサムズダウン、カクテル光線降り注ぎ、あられもなく騒ぐライブのその前で、サグライフむ大真打、貧乏極まり進退窮まり、零時に見せる名人芸、演目は寿限無寿寿限無、世にはばかる名のノトーリアス。プレイ! 寿限無寿限無ラップ!」


現れるのは老齢の真打ち。艱難辛苦を乗り越えて、芸を深めたやさぐれの


そしてかき鳴らされるビートボックス。リズムを刻む寿限無の声。

驚くべきはその声量。ライブハウスの爆音を突き抜けて届くのはスラング混じりのダーティなリリック。それはまさに破天荒の極み。ボルテージは最高潮。


「……詠唱者キャスターだ」

「そうだな、しかもあの子、儀式呪文詠唱者ロングスペルキャスターだぞ」

「珍しいわね、まだあんな創造者クリエイターがいたなんて」


観客席から声が聞こえて、私はふと意識を取り戻す。喉の奥が熱い。溶岩を吐いたかのようだ。


ばつん、と電気が消えるような音。

すべての映像が消えて周囲は暗闇に、私たちの手番が終わったのか。


『お見事! さあ採点タイムだ! 祈れ両名! 女神の使徒の采配はいかに!』


私達の側に青い光が、そしてAS部側には赤い光が降りる。


客席が青と赤に彩られていく。モザイク画のように。

だが赤はほとんどない。客席は真っ青に染まっている。二階席が青いリングとなって私達の頭上にひるがえる。


『これは計測するまでもない! みにのべ部! 一年二人の見事な勝利だああああ!!』


喝采が。観客席からの割れんばかりの拍手が落ちる。


「ヒトコトー!」


と、海ちゃんが抱きついてきた。


「うわっぷ、ちょ、ちょっと」

「やったよ勝ったよー! ヒトコトすごいよー! ありがとおおおおお!」


「くっ……」


AS部の部長さんはまだ海のカメラに未練があったようだが、何もできないようだった。周りを何度か見たあと、諦めたように退出していく。当たり前だけどこの空間、どこかに出口もあるのだろうか。


「あ、待って」


と、海ちゃんが私から離れて、赤鉄部長のほうへ走っていく。


「……まだ何かあるのか」

「はい部長さん、これあげる」


手渡す、少し距離があったけど、何かのメモリーカードみたいに見えた。


メモリーカード?


「何だと……どうして」

「そのメモリーと引き換えにC-DUELのこと聞き出そうと思ってたんです。でももう知ったから、だからお渡しします」


……え?


ということは、海ちゃんの目的ってこの部活バトルを知ること。

じゃあもう目的は達成できてて……いやでもAS部に連れ戻されると何されるか分かんないし……ええと、ややこしいよう。


「……みにのべ部に迷惑をかけるなよ」

「はーい」


AS部の人たちもさすがに毒気を抜かれたような、でもどこか安堵した様子で去っていく。


「まあ何にせよ勝ってよかったばい」


背後から白釘部長もやってくる。


上の方は何やらざわざわしている。観客が帰りつつあるのだ。残ってる人はもう何人もいない。あっという間の退出である。


「海、あのデータは何が入っとったとね? 犯罪行為の証拠やったら渡したらいかんよ」

「あれですか? ホタテです」


ホタテ?


「養殖場で養殖してるやつです。先輩たちってば夜な夜なボートで接近して、ホタテを密漁してたのです。部活やってるときに、養殖用にロープに結ばれたまんまの貝殻が大量にあるのを見つけて、それを撮影してたら部員に見つかっちゃって」

「密漁……割と立派な犯罪なんじゃ」

「まあそのぐらいならよかと」


先輩はあっさりと言い放つ。


「え、でも先輩……」

「貝殻を映しただけじゃ証拠とするのは難しかよ。学園には報告しとくけん。セキュリティが強化されるやろうね。それにこの学園、よほどの事がない限り退学はなかけん」

「よほどの事が……」

「そう、ここは自主独立の学園。ここだけで全てが完結する一つの国。生徒は国民であり王様でもある・・・・・・。すべて私達が決めるとよ」


……。


私はまだ何も知らないのだと思い知る。


これだけの舞台、あれだけのシステムを使った勝負、本当に学生だけでやれるのか。

教職員にも秘密なら、この空間やここまで乗ってきたトラムをどのように運営してるのか。海ちゃんはなぜそれを知ろうとしていたのか。


この学園って、部活バトルって、いったい……。


だめだ、もう考えられない。

今はただ疲れていた。部屋に戻ってゆっくり休みたかった。



喉の火照りは、まだ引かない。




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― 新着の感想 ―
[一言] これはなかなか面白そうなテーマで来ましたね
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