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最終話 エピローグ あるいはもう一つのプロローグ



「ただいまだルー」


巨体を揺らしながら部室に戻るのは大歓寺先輩。両手に麻の袋を抱えてる。


「先輩おかえりー、今日の食料は何ですか」

「栗が拾えたル、あと乗馬部のお手伝いしてきてお礼をもらったル、ニンジンとかバナナとか」

「お馬さんのエサかあ」


まあ贅沢は言えない。私はカセットコンロでお湯を沸かして鍋の用意をする。鍋にすればだいたい何でも食べられる。


「先輩、私それ食べたら地下カジノ行ってきますね」

「また部活バトルの練習ル?」

「そーですよ。スートにならないとヒトコトの消息が分からないんだから」


ヒトコトが消えて半年あまり。私は学園のあらゆる場所に潜入して情報を集めた。

分かったことは学園は基幹システムに完全に支配されていて、教職員もそれに従ってるだけということ。


そしてこの学園は完全なスタンドアローン。外の世界のニュースだとか、外からリモートで授業してる教員だとか、そんなものも全て外からのもののように見せかけていた。一時帰宅する生徒なんかがよく船で出ていくけど、その船はどこへも行かずどこからも来ない。乗っている人間の認知に干渉を行って、外の世界にいたという記憶だけを植え付けてる。


私のお姉ちゃん、御国雫という人物は最初からいなかった。


それを知った日、私は学生であることをやめた。授業を放棄してあちこち動き回り、調査と部活バトルに取り組む日々だ。


私と先輩は鍋をつつきながらお話する。


「というか部活バトルって部に入ってなくてもいいし、学生じゃなくてもいいし、ほんとテキトーな名称ですよね」

「部活バトルという名前は何も表現してないル、そういう意図でつけられた名前だル」


どうも本当にそうらしい。

肝心なことは、この学園が部活バトルを欲してること。すべての授業も学内の施設も、生徒の想像力を高めるためのもの、すべて部活バトルに集約されていく。


目的はすなわちスートの四人、この学園に君臨する人々、深淵の魔法使い。

それを選抜するための戦いだ、ヒトコトはそれを調べていて姿を消した。


地下の世界は探せない、何度も黒騎士に見つかっては引き戻されてる。警戒が厳重になってしまったんだろう。


だからスートを目指すしかない、この半年での私の結論だ。


「挑むのは止めはしないけど無理は禁物だル、こないだも【剣】のスートに肋骨折られてたル」

「榊部長ですね、あの人ブルドーザーみたいに強くて……次に挑むときはもっと作戦立てます」

「【聖杯】のスートじゃだめル? 千筆の署名は現実的だと思うル」

「酒舟会長の戦い方ってなんか全然わかんなくて相性悪そうなんです、カオス理論だったかな」

「そうだル、【聖杯】のスートは混沌を操る。数学的思考と高度なバランス感覚から生み出される技なんだル」


そこまで会話を交わして、私は大歓寺先輩を見つめる。また少し太ったけど相変わらずツヤツヤしてる肌だ。ニキビどころか肌荒れもない。手足は脂肪がたっぷり付いてるけど不思議とだらしなさを感じないし、肉感的というか母性的というか肯定的なイメージが浮かぶ。


「大歓寺先輩ってほんと謎だよね」

「急になんだル」

「部活バトルはやらないって言ってるのにかなり詳しいし、料理からバイクの運転まで何でもできるし、昔は学内のコンクールだとかコンテストだとか荒らしまくってたらしいし」

「昔の話だル」

「観戦にも来てくれないし……前に一度来てくれただけ」

「目立ちたくないんだル」


即答だ、なんかあらかじめ用意してた答えみたい。


「まいいや、ちょっと夏エリアに野草でも集めに行きます」

「頑張って採ってくるんだル」

「はーい」


私はみにのべ部の洋館を出て。

近くにあった桜の木にするすると登って待機。この学園の桜には毛虫とかがいない。


やがて大歓寺先輩が出てきて、道幅いっぱいを使って歩き出す。私は音を立てずに飛び降りて後を追う。


「いっぺん調べときたかったんだよねー。大歓寺先輩の素性というか私生活というか」


先輩はトラムに乗り込む。走って追える速度だから問題ない、私は建物の影と植え込みに身を隠して走る。


大歓寺先輩はベーカリー部の新作発表会を見学して、駅弁部の女子たちと談笑し、造園部の部活動に参加して広大な人口庭園を手入れして、食べられる花とかを分けてもらう。


けっこう何箇所も回るなあ、と思ってるとあたりが暗くなってきた。すると先輩は島の中央へ向かい、学園のほぼ真ん中にある展望タワーに登る。


高さは85メートル。内部はエレベーターと階段があるだけで展望目的だけの塔だ。こんなところに何か用なんだろうか。


「おや、みにのべ部の子だね」


そこへ男子がやってくる。六沙学園では珍しい詰襟の学生服だ。髪は雑に伸びてて目にかかってる。


「はい? そうですけど」

「このあいだの試合を見たよ、頑張ってるね」

「うへへ、ありがとう」


急に褒められて変な笑いが出ちゃった。


「でも勝率あんま伸びないんですよう。もっとガンガン勝たなきゃいけないのに」

「……じゃあ、僕と少し戦ってみるかい?」

「え、今から地下に行くんですか?」


その人は首を振って、手近なベンチを指差す。


「部活バトルは想像力の遊びだ、そこのベンチでもできるよ」

「そうなの?」


私はわけも分からずベンチに座る。


「お題は何にするかな、じゃあ「塔」にしよう。どんな塔を作る?」

「えーっと、とにかくすっごく高くて、レンガ造りで窓とかもあって、途中から枝分かれしてて木みたいになってて……。いや違うな、カゴみたいな形かな、上半分が編みカゴみたいになってて内部に街があるの」


口を動かすとアイデアが浮かぶ感覚がある。なかなか良いのができた。

面白いね、とその男子は言って、こめかみに指を当てて思考に沈む。


「じゃあこういうのはどうかな、50階建てのタワーマンションだ、ただしそのマンションには階段もエレベーターもない」

「ほえ? なんで?」

「なぜだと思う?」

「うーん、あ、世界がゾンビパニック状態になってて降りられなくて、住人が階段とエレベーターを壊した」

「そうじゃない、最初からなかった」

「そうなの? ええと、じゃあ飛べる人だけが住んでる。翼の生えた人、超能力者。いや違うかな、そうだヘリだ、ヘリで出かける人しか住んでない」

「最上階はそれでいいかもしれないが、中層階の人はどうするの?」

「そっかあ……」


なんで謎解きが始まってるのかよく分からないけど、私は意地になって考える。


「そのマンションは一部屋しかない。ものすごい高い吹き抜けの部屋」

「住むの大変そうだね……」

「階段もエレベーターも……分かった! エスカレーターはある!」

「トンチとしてはアリだけど……」


うぐぐ、アタマ痛くなってきた、私は降参の意味で両手を上げる。


「だめだー、答え教えて」

「正解は、このマンションは地球人を飼育するためのカゴだから」

「えっ」

「地球人よりはるかに高度な存在が地球を滅ぼした。彼らはいくらかの地球人を捕獲し、元々の住居を再現したカゴに住まわせた。しかし階層を移動させる意味はないのでそのマンションには階段がない。彼らが地球人と遊ぶときは、窓から腕を突っ込まれて連れ出される」

「うわ怖い」


意外な展開だ。なるほどSFホラーに持っていったのか。


「そんなこと普段から考えてんですか?」

「いや、これは今考えたんだよ、君がいろいろ答えてる間に」

「へ???」

「それが僕の戦い方……かな。最初に奇妙な存在を出す、屋根のない家とか、ガラスでできてるタンスとか。それはなぜ存在するのか、そう考えていく中でストーリー性を生み出す」

「思いつかなかったらどうすんの??」

「その時はその時」


私はあっけに取られる、そんな戦い方もあるのか。この人が部活バトルをやったらどんな戦いになるんだろう。

私のも悪くなかったけど、くやしいが負けた気がする。


「僕たちは、自分でも意識しない常識という檻に囚われてる。部活バトルとはその檻を壊すきっかけなのだよ」

「檻……ありきたりな発想じゃダメってこと?」

「というより、視野を広げる感覚かな。一般的な発想の外にも発想はある。宇宙へ、次元の異なる世界へ、過去や未来や、まだ誰も思い描いたことのない概念の世界。大歓寺パルルとはそんな人だったね」


へ? なんでいきなり先輩の名前が?


「彼女もまた世界の枠組みの外側にいる。六沙学園だとか、部活バトルは世界の中心のように見えるけど、その外側にも何らかの世界観があり、物語があるのかも知れない。大歓寺パルルとはきっと別の物語の主人公、そういうことだよ」

「よくわかんないよう」


あれ、そういえば大歓寺先輩どうなったのかな。


あたりはすっかり夜中だ。星が綺麗に出てる。こんな時間に男子と夜遊びなんて私もワルだな。


立ち上がって伸びをすれば、塔の上は明かりが落ちてる。建物は電子ロックがなされてエレベーターも止まってた。上はたしか対人センサーがあって、人がいるうちは電源が落ちないはず。

もう帰っちゃったか、出てくの見逃しちゃったなあ。


「ごめんなさい、私そろそろ戻るね」

「寮まで送ろうか」

「いえ、私みにのべ部の部室に寝泊まりしてるから、すぐそこだから大丈夫」

「……そうかい、君ともう少し話をしたかったんだが」


なんだこいつ、ナンパかまさか。

今の時間からナンパとか実質お持ち帰りじゃないか。なんて破廉恥な。私は3歩ぐらい距離を取る。


「ほんとーに大丈夫ですから、じゃあ帰りますから」

「…………。あの、な、何か、話すべきことがあるんじゃないか?」

「そうかな? ないと思うけどな」

「その……スートに挑むと聞いてるけど、目処は立ってるのかい」

「お構いなく、だいじょーぶですから」


なんだその何かを訴えるみたいな目は。何かを察しろと言わんばかりの眼差し。じれったそうな口元。あやしい男子め。思春期まっしぐらめ。


「スートもその……みにのべ部には期待してると思うよ、たまには手合わせしたいと思ってるんじゃないかな」

「そーかなあ? スートなんてエゴイストの集まりで、しかも変人ばっかだよ」


確かにスートに挑んで、ヒトコトの居場所を突き止めないといけない。だけどスートの連中に協力的な人なんか一人もいない、だからこんなに苦労してるのに。


「……じゃ、また」

「はい! おやすみなっさい!」


そそくさとその場を逃げ出す。ついてきてないよね、ついてきてたら大外刈りから絞め技で落として海に放り込んでやるから。


「……言ってることは半分も分かんなかったけど、ようは発想を広げるのが大事ってことだよね」


世界はたぶん崖っぷちだと思う。


どうすれば世界を救えるのか、どうすれば未来を切り開けるのか、たぶん誰もが考えてる。

あの部活バトルは考える場なんだ。新しいものを生み出していく試練なんだ。


そして崖っぷちの世界の、更に外側にも世界はあるんだろうか。

詰みかけてる事態も、思いもよらない手段で打開できるかもしれない、そう考えると元気がわいてくる。


「あっ」


空に光だ。ジグザグに走行しながら南の空に消える。


まさか今のってUFO?

違うよね、どっかの部が飛ばした高性能ドローンか何かだよね。

いや、新種の鳥とか、何かの放電現象かも。


想像は無限であり、想像することは無限の楽しみ。


私は夜の六沙学園を歩く、夜風に吹かれながらの思考はとても心地よかった。




(完)






お付き合いいただきありがとうございました、これにて完結となります。


当初は全体を二部構成にして、前半はヒトコトこと言問ひなた、後半は御国海が主人公の話をやろうかとも思ってましたが、言問ひなた編だけでもそれなりにまとまったので、ここで終わっておこうと思います。


用語などがいくつか共通しているのでお気づきの方もいたかも知れませんが、この作品は拙作「迷宮世界のダイダロス」と世界観を共有しています。


続編というよりはダイダロスがバッドエンドを迎えた世界の話、という感じですね、あちらも合わせてお楽しみいただければ幸いです。


果たして六沙学園の属する世界はどうなってしまうのか。ヒトコトと海はどのように成長していくのか。


それは、読者様の想像に委ねるのも一興かもしれません。


ではまた、別の作品にてお会いできればと思います。



2023.05.09 MUMU


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― 新着の感想 ―
[良い点] ダイダロスを読み返したくなりました。 [一言] お疲れ様でした。楽しみな作品だったので完結が少し寂しいです。
[良い点] お疲れ様でした。 正直もっと読みたかったですが、このタイプの作品は、ある一定以上の域まで創作したことがあって、かつ行き詰まったことがあって、そこから抜け出すために足掻いた経験がないとたぶん…
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