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ヒトコトノベル! ~私と海と、部活バトルと超短編~  作者: MUMU
第五章 言葉ではないすべてのこと
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第三十三話



私と乎曳神部長を囲む三人が、手の中に金貨と銀貨を出現させる。


「金貨は乎曳神さん、銀貨は言問さんを指します。一斉に投げて評決とします。3、2、1……」


放られる、光を受けて回転するコイン。そして場の中央に落ちた3枚は。


「……!」


金貨が、三枚。


「――はっ!」


肺の底からの息を吐く。ドレスの踊り子。


「当たり前の結果よ、勝てるとでも思ってたの!」

「……皆さん、理由を聞いてもいいですか」


「言問ひなた、お前の創造は作品としては素晴らしかった」


高い位置で腕を組み、憮然とした顔で評するのは榊部長。


「だが乎曳神の作品がデスゲームの陰惨さ、眼前に突きつけられた死のリアリティ、これから展開されるグロテスクな悲劇を予感させたのに対し、お前は起承転結をすべて描き、やや幻想的な舞台を作ってストーリー性を重視した。俺から言わせればそれは勝負からの逃げだ。対決する軸がずれているんだ」


「互いの練度にも差がありました」


次に語るのは酒舟会長。


「おそらく舞踏と短句呪符ミスティックカードの情報量の違い。【金貨】は登場人物の個性を描いていたのに対し、言問さんのものは一様に乙女という記号があるだけだった。登場人物を絞るなどしてキャラクターを打ち出すべきだったと考えます」


「デスゲームというものの主眼をどこに置くかは人それぞれだけど」


【生命の樹】のスートは少しだけ物悲しそうに、だが厳粛な響きを乗せて語る。


「それは死の軽さによる恐怖だと思う。人の死は舞台装置として消費され、ちょっとした知恵比べや運試しのために賭けられるチップと化す。その板子一枚の危うさの中に凄絶さがある。言問さんの創造はややサバイバルに近かった。戦いを密に描きすぎた気がするな」


「ですが、両名の創造にそこまで劇的な差は無かったと考えます」


三枚の金貨をぽつねんと見つめ、酒舟会長は言葉を床に落とす。


「あるいは審査員が違ったなら、結果は逆になっていた可能性もある。それだけは申し上げておきましょう」

「……」


寸評は理解できる。全体的にやはり乎曳神部長のものは完成度が高かった。対して私の方は少し変化球だったようにも思う。


だけど、そこまで差がないことも分かる。


この三人は、なぜ乎曳神部長に票を投じたのだろう。結果にあやをつけたくはないけど、それだけは気になる。


「狂気もまた人の心だよ、言問さん」


私の気持ちを察したのか、【生命の樹】のスートが告げる。


「確かに乎曳神ティアラは狂人かも知れない。黒騎士の生み出した一種の特異点。人の精神性を超越しつつある危うさがある。しかしそれを言うなら、まともな人間にスートの座は耐えられない。言問くん、君の創造の中では死は劇的であり、必然であり、物悲しさがあった。それでは駄目なのだよ」

「なぜです、それは当たり前のこと……」

「僕らは黒騎士を使い、学園の秘密に迫らんとする人を『没収』している」


はっと気付く。そうだ、黒騎士はシステムに隷属している。そのシステムの支配者こそがスートの四人。


「君にそれはできないだろう。『没収』は望ましいことではないが、避けては通れない手段だ。それどころかおそらく君は、スートの支配体制そのものに疑問を持つだろうね。これまでの会話でよく分かった」

「う……」


最初から、味方なんていなかったのか。

スートは私を品定めする気はあったけど、根本的に私が・・スートを受け入れられない・・・・・・・・。だから仲間には出来ないと……。


「ごちゃごちゃと、無駄な会話」


もう結構だとばかりに大きく腕を振るのは、乎曳神部長。


「こいつはもう黄金に変える。文句は言わせない」

「ああ、俺も異論はない」

「仕方のないことです」


「……」


私は逃げない。

せめて、最後までこの人を睨みつけて、私の抵抗の意志を世界に残して――。


「黒騎士、何をしてるの」


私のすぐ横。

黒騎士の鎧が見える。私より少し背が高く、ひどく懐かしく思える顔。御国雫という名を思い出す。それが架空の名であっても。


「邪魔をしないで、どきなさい」


乎曳神部長の声が、すさまじく間延びして聞こえる。家電の放つ重低音のように、声とも振動ともつかない。


「言問ひなた、いまあなたの脳内処理速度を高めている。体感では時間の流れが30分の1になっている」


黒騎士の声が頭に響く。世界はすさまじくスローに感じる。


「どうしたの?」

「私があなたを「没収」する。牽制のために白釘ケイの短句呪符ミスティックカードを使いなさい」


……。


止まった時間の中で、私はじっと黒騎士を見る。システムに隷属しているはずの、プログラムの産物を。


「没収されるというのは、死ぬことと同義でしょう?」

「私が没収する対象は2種類ある。一つは問題行動が目立ち、生徒としてふさわしくない者。もう一つは優れた力を持ち、スートの支配体制を破壊する可能性のある者。それは秘匿されたストレージ内に保管されている。白釘ケイもその一人」


黒騎士は鎧の胸当てを外す。果たしてそこにはブレザータイプの制服があり、胸ポケットにメモリーカードのようなものが刺さっている。

この時代、物理媒体にデータを保管することはあまりないはず。クラウドにすら預けたくないほど重要なデータでない限りは。


「あなたの記憶と人格をここに封印する。異なる姿と名前を与えて、六沙学園の生徒として復活させましょう」

「……」


……そっか、これが大歓寺先輩の言っていたこと。


白釘部長は変わった人ではあったけど、罪人つみびとではなかった。

部長は黒騎士が持つ物理メモリーの中にいて、いつの日か肉体を得る。人格と記憶とをそのままに。


でも、それは。


「ふざけないで」


きっぱりと、突き放すように心で念じる。


「人の生死はそんなに簡単に扱っていいものじゃない。それに私は【金貨】のスートに負けた。私はその事実をごまかしたりしない」

「言問ひなた、私はいつの日か世界再生を成し遂げる人材を求めている。それが最優先であり、私のすべての行動はそのためにある」

「そんなに世界を復活させたいなら、なぜあなたがやらないの。あなただって創造の力が使えるでしょう?」


私は思い出す。白釘部長と黒騎士が戦ったとき、黒騎士もまた様々なものを出現させていた。


「私に創造の力は無い。あれは私の中に蓄積されたメモリー。部活バトルの中で生まれたものはすべて私の中にある」


そうだったんだ、そのための部活バトル。


あれは人材を選ぶことと同時に、黒騎士が創造のメモリーを蓄えるためのゲームなんだ。


「私自身は何も新しいものを生み出さない。そのように自分で自分を律した」

「どうして……」

「もし私が世界再生を試みれば、そこに人間の居場所はない」


私の視界の中で、乎曳神部長がゆっくりと動いている。30倍の時間の中とはいえ、ゼロにはできないのか。乎曳神部長の白く細い腕がゆらゆらと伸び、私の胸にあてられる。


「私は生命として不完全」

「どういうこと?」

「私には繁殖もなく、欲求もない。私は私自身が持続する理由を持たない。自己保存の本能を持っていない。使命を除けば私には何かを演算する理由もない」

「……」


私の胸部が黄金に変わる。呼吸が止まるけれど、圧縮された時間の中では苦しくはない。変化は胸から始まって首へ、肩へ、腰へと広がりつつある。


「自己保存の本能は生命だけが持つ。私には人間の主人になろうとする情動もない。ただ与えられた役割を続けているだけ」

「黒騎士、あなたが本当に使命を重んじるなら」


もう時間がない。私の肉体はすべて黄金に変わりつつある。やがて思考も止まるだろう。

でも言わなければ、最後にヒトコトだけでも。

 

「失敗しようとしても、手を貸しちゃだめ」

「……」

「負けることや失敗することは不自然なことじゃない。私がここで終わっても海ちゃんが後を継いでくれる。みにのべ部の全員が失敗しても作品は残る。カタチあるものが何も残らなくても、意思は残る。私たちは失敗を踏み越えることで前に進むの」

「言問ひなた……私はどうすれば」

「見守っていて、それだけでいいの。いつか必ず、誰かが……」


私のすべてが黄金になる。


私の所在が曖昧になる。


恐怖はない、私は精一杯戦ったから。




願えるなら。




最後に、ヒトコト。




――海。


























夢を。


夢を見ている。


それは不自然だ。私は黄金に変わったはず。


夢を見るための脳すらも。


「先輩」


そこにいたのは、懐かしい顔。


黒騎士でもあり、先輩でもある顔。そういえば海ちゃんにも少しだけ似てるかも。


「描写がくどいのよ」


先輩は私の差し出した原稿用紙を手に、いつかの言葉を繰り返す。


「こんなに言葉を重ねる必要はない」

「はい」


今なら素直に言える。

どれほど言葉を重ねても、思い描くすべてを伝えることなどできない。


「綺麗な桜を見たんです」


言葉を圧縮しても、語彙を尽くしても、身振りを交えても足りない。あらゆるコミュニケーションは不完全だから。


「感動しました。それだけを伝えたかったんです」

「そう、綺麗な桜だったのね」


私の創造と、先輩の想像は違う。

でもそれでいい。


人が人に手渡せるのは、ヒトコトだけ。


足りなくても、不完全でも。


渡したという事実だけが、何より大事なのだから。


「そろそろ行くの?」


先輩が問う。


「はい」


分かってきた。夢を見ているということは。


私がまた生まれようとしている、ということ。


心臓が鼓動を打ち始める。


脳に血液が流れ始める。


「さようなら先輩」

「ええ」


私は先輩に別れを告げる。


もう作りものの過去はいらない。


お仕着せの動機はいらない。


私は見つけたから、居場所を、戦う理由を、目指すべき未来、を――。



「ヒトコト!」



抱擁、その体は大きくて豊かだ。


海ちゃんだ。背が高くなって筋肉もついてる。迷彩柄のタンクトップにアーミーズボン、そんな姿がよく似合ってる。


「ヒトコト、私のこと分かる……?」

「うん、分かるよ」


海ちゃんは私の顔を両手で把持して、そして滂沱の涙を流す。海ちゃんすごく綺麗になったね、体格も良くなって大人の女の人だよ。


「海ちゃん、あれからどのぐらい経ったの?」

「3年ぐらい……大変だったよ、なんとかスートたちの目を盗んで、ヒトコトをここまで運んだの。そしてナノマシンミストを使って創造励起エグゾクリエイトを……」


気付く、ここはみにのべ部の洋館だ。本とガラクタにまみれてる。海ちゃんはあまり掃除してなかったみたい。


「ごめんね……もっと早く助けたかった。ほんとうに色々あって……」

「大丈夫だよ海ちゃん、助かったんだから」

「でも……ごめん、もうヒトコトの学籍はないの。寮の部屋も……」


そうなのか。

けど大したことじゃない。部室で寝泊まりできるし、食べるものぐらい何とでもなるだろう。海があるんだから。


世界を感じる。

言葉で表せるものも、言葉ではないすべてのものも。

私は生まれ変わったのだと、そう実感する。


「大丈夫だよ、海ちゃん」 


もう一度そう言う


私はまた部活バトルに挑む。

今度は負けない。スートにも勝ってみせる。


勝ちたいというこの動機、これだけは作りものじゃない、私だけのものだ。


「海ちゃん」


その旅の始まりを、ヒトコトで飾ろう。


大事な人に、また出会えたことを祝して。




「ありがとう」



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