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第三話




空気が重く固まるような夜更け。


六沙むさ学園は全寮制。寮は大小いくつかあり、私は一般生徒用の寮だった。団地みたいな飾り気のない建物だ。他にもあるらしいけどよく知らない。


迎えはほんとに来た。こんこんとドアがノックされ、無視してるとまたこんこん。7分できっちり14回。


携帯で助けを呼ぼうとしたが圏外になってる。まさか妨害電波だろうか。そこまでするの?


「な、なんでしょうか……」

「部活バトルへのお迎えです」


カメラ付きインターホンに映し出されたのは、全身をフード付き黒マントで包んだ女生徒が二人。けして声を荒らげたり、脅しにかかる様子はない、それが逆に怖い。


「で、出ません」


帰ってください、大声出しますよ、ガラス割りますよという言葉は出てこなかった。


「部活バトルは危険なものではありません。しかし、出ていただかなければ大変な不利益を被りますよ」

「うう……」


手慣れてる印象、逆らっても無駄だと分からせる響きがあった。いちおう制服に着替えていた私は、観念して部屋を出る。


「す、すいません、お待たせしました」


なぜか卑屈に謝ってしまう。


「いいえ、初めての方にはよくあることです」


よくあること。では彼女たちはその参加者をどうやって連行してるのか、聞きたかったけど怖くて口がきけなかった。


私たちは学内トラムに乗り込む。地面から電気を受けて走行する無人バスだ。窓はすべて暗幕が降りていて外が見えない。しばらく走り回ったあと、バスは坂を下っていく。


かなり長い距離の下り。ゆるやかにカーブしながら地の底へ、あるいは海の底へ降りていく。自分が巨大なネジ溝にいて、そのネジがきりきりと海の深みへとねじ込まれていく感覚。迎えの人たちは何も言わない。


ようやくバスを降りると、そこは広々とした空間だった。地下空間のようだけど、広すぎて端が見えない。


一箇所だけ床が発光している部分があり、そこに白釘部長と海がいた。


「あーヒトコト、遅いよー」

「ご、ごめん」


海は何だか興奮してる様子でスクワットをしてる。ブレザータイプの制服に着替えていたが、彼女からは何だか常に潮風の気配がする。

白釘部長はやはりセーラー服。わずかな光を受けて部長のセーラー服は冬枯れの木のよう。


よく見るとかなり遠い場所にも床が光ってるポイントがある。そして数人の人影、AS部がいるのだろうか。


「部長……く、暗いです。こんな暗いとこで何やるんですか……」

「もうじき始まるばい」


何だろう、まさか殴り合いじゃないだろうけど、こんな真夜中にこっそりやるなんて、きっとデスゲームみたいにろくでもない……。


光が生まれる。

目もくらむような七色の光。柱となって空間を跳ね回る。

ストロボの点滅とスモークの中を通るレーザー光、蝶々が飛び交い、鹿のような獣が跳ね回る。


「な……」


そして天使。翼を生やした中性的な人物たちが衣をなびかせて漂う。降り注ぐ大輪の花。瞬時に伸びて葉を茂らせる大樹。


これはAR(拡張現実)、裸眼立体像だ。


この質感、それに規模、こんな広い空間で可能だなんて。

観客席が浮かび上がる。ドーム型の空間のぐるりを囲む二階席。そこに詰める観客は、ざっと数百人。


『集まったか! 歴戦の暇人たちよ! 選ばれし怠惰の英雄よ! その腕を女神に捧げて翼に替える覚悟はあるか!』


アナウンスが轟く、機械で拡大された雷鳴のような声。テクノなBGMとともに降り注ぐ。


『今宵も部活バトルによく来てくれた! さあ創造しろ求道者ども! その傲慢なる美で相手をねじ伏せろ! 機械は我々から芸術を奪った!? いいや違う! 我々は手にした! 美の女神ミューズという名の絵筆を! 心を形に変える黄金のこてを!』


「な、なに? 何なの??」

「うおおおおなんかすっごい! エンタメだよー!」


『さあ本日のホットな参加者はこいつらだ! アーティスティック・スイミング部部長! あかーがーねー! きょうーすけえええええ!!!』


場の中央にスポットライトが降りて円舞台となっている。そこへ歩み出るのは赤鉄部長。やはりビキニパンツに灰色のパーカーという格好だ。


『そして! おおっとこれは! 春エリアに邸宅を構えるみにのべ部。その君主と言えば言わずとしれた白釘しらくぎケイだ! 歴戦のツワモノがこの部活バトルに帰ってきたあああああ!!』


七色のスポットライトが私達に集まる。

部長は有名人なのだろうか? そういえば今更だけど、あの洋館みたいな建物が丸ごとみにのべ部の部室なの?


「ちょっと待たんね」


部長が手を挙げる。部長の声は自動的に拡声されている。集音マイクで声を拾ってるんだろうか。


「AS部の部長さん。私はやらんけん。ここにいる御国くんと言問ことといさんの二人で戦ってもよかね」


驚くのは私である。


「ええっ!?」

「うおおマジですか部長! 私やっていいの!? 張り切っちゃうよ!」


なんで海ちゃんテンション上げてるの!


「よかろう! 二人がかりとはいえ、入学したての一年を相手にするなど本意ではないが、今は勝利が優先だ!」

「ほら二人とも、前に出んね」


海はとてとて走って円舞台に出る。私は足を震わせながら何とか前に。


「言問さん」


部長が私の背中に呼びかける。


「落ち着くとよ。焦ったときは女神の顔を見ると。ミューズの加護があれば、できないことはなか」


ミューズ……確かギリシャ神話の芸術の女神。

でも私に、何が……。


光の円舞台は直径10メートルほど。

観客席の興奮が高まってるのが分かる。下からだと男か女かもわからないシルエットだけの人たちが、身を乗り出して私達に注目している。まさか、本当に殴り合い?


『さあ! 部活バトルに余計な説明は無用! やってみれば分かる! お前たちのやること全てが芸術だ! 今宵の女神の託宣を!!』


司会者の人は2階にいるようだ。よく見れば光の乱舞は司会の叫びに反応してリズムを刻んでいる。


そして降りてくる立体映像の女神。黄金の髪と真綿色の衣。空気を含んで鮮やかになびく。


その女神は私達の間にふわりと落ちる。立体映像とは思えないリアルさ。黄金の髪の一筋までありありと感じる。先程から、この空間の映像投影技術はものすごいレベルだ。現実よりもリアルとすら思える。


女神がエメラルド色の目で私たちを見る。その神々しい唇がわずかに動いて短い言葉を。



「創作落語」



女神は微笑む、そして少し下がって円舞台のぎりぎりに位置する。


『さあお題は決まった! 初参加の者は後攻だ! 赤鉄部長から行ってみよう!!』

「ら、落語? どういうこと??」

「ヒトコト、落ち着いて」


海ちゃんは私にそう言ったけど、彼女の浅黒い肌は赤らんでいる。興奮しきってる感じだ。


「私も全部は知らないけど、部活バトルは経験よりもセンスの勝負だって聞いてる。私たちでも戦えるはずだよ。まず赤鉄部長のやることをよく見よう」

「う、うん……」


「創作落語か、よし、笑い話のサンプルデータを」


部長さんは女神に一瞥を投げる。女神はふわりと浮き上がり、空中にいくつかのウインドウが開く。

そこに滝のように流れるのは古今東西の笑い話、戯曲や説話から、電子掲示板で伝えられるミーム的構文、いわゆるコピペまで。


並べ替えソート、短くて爆発力のあるもの、あまり知られてないもの、落語家のサンプルを出してくれ」


空中にずらりと並ぶ人影。それは単衣ひとえの着物を着た落語家たち。若い人からシワだらけのお爺ちゃんまで。


「話の印象に合った人物を選択。ストーリーを現代風にアレンジ。よりウケが良いようにキャストを配置。そっちの話を結合させて全体をブラッシュアップ」


これって……。


「舞台設定。画像検索から立体で起こせ。軽妙な音楽を、観客を満席で配置して適切な拍手と笑いを乗せろ」


言いつつ赤鉄先輩は両腕を動かす。目の前に出ているウインドウでステータスの調整をしているようだ。


「サンプルロード、疑似観客を入れて受けの度合いを測れ」


そしていくつかの操作を続ける。それはオーケストラをまとめ上げる指揮者か、あるいは材料をケーキにまとめ上げるパティシエか。


「プレイ!」


赤鉄部長が腕を振る。そして周囲の空間が描き換わる。

それは高座だ。どこかの演芸場に詰めかけている満席の観客。にこやかな雰囲気と歓談の気配。


拍子木が鳴らされる。高座の座布団に出現するのは若い落語家。ハンサムで才気溢れる印象ながら、周りの空気を緩ませるような表情の柔らかさがある。落語でいうなら「フラがある」という印象。


「はい皆さんいらっしゃいませ、毎度バカバカしい小話をお聞かせいたしましょう」


創作落語とは大きく分けて二つの意味がある。一つは現代になって新しく作られた落語。もう一つは古典落語を現代風にアレンジしたものだ。


この落語家がるのは前者。深夜の100円ショップで見かけたカップルの面白い会話という流れ。

社会問題について拙い知識で解説している粗野な男に、女性側がズレた突っ込みをして会話が深みにはまっていく流れだ。


落語家の人物活写は達人の域であり、優雅さをわずかに残しつつ生き生きとした身振り。次々と変化する表情がおかしみを増す。そして円舞台に生まれた架空の観客たちがお腹を抱えて笑う。


「ふわーさすが六沙学園、簡単にここまでのもの作っちゃったよー」

「海ちゃん……これってAI創作だよ。話の内容も、落語家もコンピュータがつくってる」


私は胸の前で拳を握る。

これだけの制作物を数分で……しかもこの映像の精度、市販のマシンで作れるとは思えない、いったい……。


「AI創作かあ、なるほどお、これが部活バトル、C-DUELシーデュエルなんだねえ。さすが六沙学園。芸術の聖地だよー」

「そうじゃなくて、100%のAI創作は……」


拍手が二階席から落ちてくる。

はっと視線を上げれば落語家も高座も消えていた。赤鉄先輩の手番が終わったのだ。


『お見事! 女神を手足のように使いこなす見事な手腕だ! さあ要領は分かったかい! 次なるはみにのべ部の二人、行ってみよう!!』

「んよーし! だいたい分かった! やってみるよー!」


海ちゃんは自信たっぷりに両腕を振り回している。


だが私は不安が拭えない。


100%のAI創作。それは確か、法律で禁止されてる、はず……。


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