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ヒトコトノベル! ~私と海と、部活バトルと超短編~  作者: MUMU
第五章 言葉ではないすべてのこと
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第二十九話


「私が……」


海ちゃんは言葉を受け止めて、それを両手に乗せてしげしげと眺めるように間を置く。


「ええっと……時間稼ぎをすればいいの?」

「ううん、できれば勝ってほしい。相手は怪盗さん……古典奇術部の矢束やづか音々ねおんさん」 


あの人もまた怪物だ。怪盗をやってただけじゃない。いくつもの大勝負を勝って莫大なお金を集めてる。【金貨】のスートに挑むために。


「勝てるかなあ。あれから何試合かやってみたけど、何かを出すことすら難しくて」

「きっとできるよ、海ちゃんなら」


それはお世辞じゃない。海ちゃんだって卓抜の人材。そして部活バトルとはその人の能力すべてを反映させるもの。海ちゃんにも必ず何かの才能が眠ってる。


「うん……わかった、頑張ってみる」


海ちゃんは自分を奮い立たせるように胸を反らす。その答えだけでもとても嬉しい。


「ルー……あまり賛成はできないけど、止めはしないル。そして海ちゃんならきっと勝てるはずだル」

「うん、頑張るよ。ありがとう先輩」


もう障害は何もない。私達はそれぞれ戦って、そしてすべてを知ってみせる。それだけだ。





翌日から、私たちはいろいろ行動を起こす。


私は古典奇術部へ勝負を申し込みに行った。矢束さんは勝負を受けて、日時は三日後の深夜零時と決まる。


同時に地下カジノ部の部長さんに頼んで噂を広げてもらう。今度の戦いは【金貨】のスートへの挑戦者を決める大勝負。勝者は10億円を手にすると。


これは手応え十分だったらしい。噂はまたたく間に学園中に広がる。昼の学園では部活バトルについて話す人は少ないけれど、それとなくな視線が四六時中、こちらを見てる感覚があった。


海ちゃんは独自に学園を走り回って情報収集。それと何やらギミックの開発。あとは地下に降りて部活バトルを観戦してるらしい。


「注目されてるねえ」


試合当日の昼。海ちゃんと学食でランチを取った。

窓の外にハワイのダイヤモンド・ヘッドが見えている。液晶窓に映し出された映像だ。地中海の海だとか松島の海だとか、5分おきに切り替わる。


私と海ちゃんは床から10メートルほどの高さ。窓に張り付いたロフト状の席だ。

もうAランク食券はないのでCランク食券でチキンカレーを食べる。現金で買うなら340円。安くて美味しいメニューはたくさんある。


「海ちゃん、戦うのは海ちゃんだってことは内緒だよ。意表をつけると思うし」

「うん、でもヒトコト、バトルのときにその場にいなかったら変に思われない?」


あのステージは中央にスポットライトが当たってるせいで、外周はすごく暗い。でもさすがに私がいないのは不自然だろう。対策は必要だった。


「大丈夫、身代わりを用意したから。暗い色のフード付きパーカーを着てればたぶんバレない」

「えっ」


なぜか海ちゃんが驚く。


「む、無理だよヒトコト、200メートル離れててもバレるよ。象さんと高3ぐらい違うよ」

「大歓寺先輩じゃないよ……」


先輩は助言はくれるけど、部活バトルには関わりたくない雰囲気がある。地下に降りたがっていない。


(でも黒騎士の存在は知ってるんだよね……。今はそこを考えてる余裕はないけど)


「伊凍さんに頼んだの。地下カジノ部で背の低い人を紹介してもらって、その人が手伝ってくれるって」

「そうなんだ、なら安心」


ツッコミのタイミング逃したけど象さんと高3は言いすぎだと思う。


「ああそれでねヒトコト、私の方で矢束さんと、【金貨】のスートについて調べたよ」


海ちゃんはテーブルの上に資料を広げる。このロフト席より高い位置にある席はないけど、いちおう周りから覗かれてないかを確認。


「どっちも今まで勝率100%だよ。乎曳神さんの方はここ一年ぐらいのデータがないの。スートの戦いは観戦料が高すぎて、ギャラリーが少なめになるんだって」


部活バトルは投票で決まる以上、場の雰囲気に左右されやすい。それなりに審美眼を持った上級者だけを審査員にする方が結果がブレにくいんだろう。


「えーとね、古典奇術部の矢束部長は江戸時代から続く奇術師の家系で、お母さんは未だに浅草の小劇場で公演してるんだけど、なぜかお父さんがラスベガスの一流ホテルと専属契約してるね。でも半年で消息不明になってて、噂だと矢束部長はその消息を探してるとかで……」


私は資料に目を落とす。


どちらも絶世の美貌と言えるだろう。髪は長く艷やかで、どちらも黒髪だけど、乎曳神部長のほうはやや色素が薄い髪色。


身長体重と、なぜかスリーサイズまで記入してあった。矢束部長は目を疑うほどの数値を示し、乎曳神部長は控えめながら若干体重がある。創作舞踏部の部長さんだったっけ、踊りをやってるから筋肉質なのだろう。


「乎曳神部長はお父さんが日系アメリカ人でお母さんはノルウェーの人。お母さんはヴァルナ国際バレエコンクールで優勝したほどのバレエダンサーなんだけど、お父さんの方はハリウッドのスタントマンで……」


どちらも河原に落ちた宝石のよう。余人とは比べがたい唯一無二の人生を歩いている。


奇妙なことだ。部活バトルなんてやらなくても、この世界の主人公として歩いていける人々なのに。


あのゲームがそんなに魅力的なのだろうか。刺戟的で学びが多いというのだろうか。


何もかも部活バトルを中心に回るかに思える。

それは綺羅星の群れをぶん回す、暗黒の超重力源のようだった。





海ちゃんはインカムを開発した。


「これねー。イヤホン式のインカムにカメラも内蔵してるから、互いの状況がよく分かるよ。重量27グラムだしフル充電で480分持つし外部音取り込みは環境適応型にしてるけどノイズキャンセリングは最小限にしてイヤーチップはヒトコトの耳に合わせて最適化してる」

「ありがとう」


「カメラも頑張ったよ1200万画素のやつを左右同期させて外部サーバーで補正してるの。コンタクトのアイサイトと連動させて視界深度は肉眼並みにして周辺視野を再現するために外縁部に動体認容を」

「あ、もうそのへんで」


テストしてみるとすごく不思議な感覚だった。二つのコンタクト型液晶に海ちゃんの見てるものが転送されるんだけど、自分の視界と海ちゃんの視界、どちらに集中するかで視界を自由に切り替えられる。自分の鼻は常に見えているけれど、意識しないと見えないようなそんな感覚だ。


「ねえヒトコト、町を調べるのは私がやってもいいよ。ヒトコトは潜入に慣れてないでしょ」


それは私も考えた。矢束さんとの部活バトルは私がやって、海ちゃんに町を調べてもらう。

でも駄目。


「海ちゃんに危険なことはさせられないから」

「でも」

「私のほうがいいの。丸腰なら黒騎士に出会っても「没収」されたりしないと思う。今までだって、部活バトルのエリアから外に出た人はいたはず。その人たち全員が「没収」されたとは思えない」

「うん……」


そして時間は過ぎていく。

太陽が西の空に沈み、私はギリギリまでみにのべ部の蔵書を読んで、そして午前零時に寮の前に。


「お迎えに上がりました」


黒いマントを着込んだ女生徒。私は制服の上から黒のフード付きパーカーを着て、連れの女の子の手を引く。


「そちらの方は? 御国海さんは別ルートで向かったと聞いてますが」

「みにのべ部の新人さんです。今日はお勉強のために一緒に」

「そうでしたか、どうぞ」


この人はみにのべ部とは無関係だ。迷惑はかけられない。案内役の生徒にもなるべく顔を見せないようにしてトラムに乗り込む。


ブラックフィルムを貼られたトラムはゆるゆると進む。やはり下っている。螺旋の道を下って大過去へ戻るような時間。


現場に着くと海ちゃんがいた。すでに二階席の方はかなりの人だかりだ。


私達の前にも人がいて、3つほど人の固まりがある。今日は他にも試合があるみたいだ。よかった時間を稼げる。


「創造、それはいっときの幻、蝶の羽ばたき、砂上の楼閣、春の日の雪だるま。今宵もまた夢見心地の風に誘われ、かまどの火に集まりし創造の御手。本日は3試合ほど予定されてるようですが、注目は第3試合でしょう。その名に名高い古典奇術部部長と、かつての猛者であり注目株のみにのべ部……」


実況の人が開幕の挨拶をしてる。私は海ちゃんの盆の窪のあたりにささやく。


「じゃあ行ってくる、頑張ってね」

「うん……気をつけてね、ヒトコト」


私は案内役の子たちがトラムで戻るのを見てから、そっとその場を離れた。





闇をかき分けるように歩く。


街灯は通電しておらず、明かりがついてる建物もない。懐中電灯は持ってきてるけど、まだ使わない。


(……月が出てる)


夜空には満月。星もある。こうこうと丸い月がガラスの粉のような光をこぼし、そのおかげでなんとか歩ける。


やはり廃墟だ。建っていたものは朽ち果てて、道はひび割れている。木の根がコンクリートを割って露出している。


(地形は六沙学園……間違いない)


タブレットの明度を最小にして起動。入っていた地図データを参考にして右へ左へ。


注目すべき場所はいくつかある。教員の集まる職員棟、多くのお店が並び、銀行もある六沙マーケットパーク。スートたちの部室がある建物はどうかだろうか


私が選んだのは冬エリアの片隅。多分そこに何かがある。

地図上ではそこだけ詳細地図のない空白地帯。うっすらと見えてくるのは排熱用尖塔と、白く吐き出される蒸気。


原子力発電施設だ。





「はあ……はあ……う、げほっ」


体力は人並みだと思ってたけど、2キロ近くの全力疾走はきつかった。背中の汗は濡れた革でも貼り付けたみたい。


「確か、水冷空冷式……水を循環させて燃料棒を冷やして、その水は空気で冷やすって……」


果たしてその建物はこの廃墟の町にもあった。外観は白い平屋の施設。中央付近の発電施設には尖塔がいくつも建っている。一般にイメージされる原発よりはかなり小さい。いわゆる超小型原子炉だ。


「白煙が出てる……やっぱ・・・発電してるんだ」


見張りもいないし、監視カメラなんかも見当たらない。私は海ちゃんから借りた小型超鋼チェーンソーで金網を切断。さらにドアも切断してどんどん奥へ。


分かる。この施設だけは生きてる。


小型とはいっても原子力発電。その大電力をいったい何に使っているのか。


あの部活バトル? それもあるけどそれだけじゃない。きっとその答えが奥に。


ぱちり。と音がする。


身構える。廊下の奥だ。足元の高さに避難誘導用のオレンジのランプがついてる。


並んだ3つのランプ。少しだけ間隔をずらして点滅してる。誘導するかのように。


「……」


オレンジのランプについていく。少し進むと別のランプが点灯した。それを追ってさらに奥へ。


視界に注意を向けて海ちゃんの様子を見る。最初の試合が終わったみたいだ、次の次が海ちゃんの出番だろうか。


階段を下る。とても長い。

海の底にまで届くかと思われる長さだ。私は進むごとに下に降りていく。哲学者の悩みに降りていくような、という妙な比喩が浮かんだ。


辿り着く場所はやはり暗かった。鉄骨の階段がとても広い空間に垂れ下がってるイメージだ。


そして周りに何かがある。低い唸り声? あるいは機械の駆動音? 低音を放つ何かに囲まれている。


「ようこそ、普通科一年、言問ひなた」


私にそう呼びかけるのは巻きスカートに緑のニット。赤のカーディガンを羽織った女性。こんな不可思議な場所で出会うにはあまりにも垢抜けた、高級住宅街で見かける奥さんみたいな人だった。


「招かれざるお客様ですが、今は歓迎しましょう。よく最初にここを探そうと思ったものです。あなたは物事の本質が分かっている」

「何をするにも電力が必要です。私の想像通りなら、とてつもなく大量の電力が」

「そうですね……」


女性は少し憂いを残す声で言い、どこを見るともなく佇んでいた。私はその柔らかそうな髪に投げつけるように言う。


「やっぱり、あなただったんですね」

「やはり……とは?」

「雰囲気で分かります。アバターを変えても、声や口調を変えても残り続ける気配です。あなたは六沙学園の支配者であり奴隷でもある。学園のすべてであり、同時に何者でもない」


その女性は薄く笑う。

それは悲しみのような哀れみのような、深く入り組んだ感情の笑みに思えた。この学園の深さと、私達の置かれた状況の困難さを象徴するかのような。


「ようやく会えました……先生」


その女性。

黒い箱の中でだけ存在できた先生は姿を変える。


髪は漆黒より黒く、その鎧はなお黒い。闇の化身に。




「そして、黒騎士……」


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