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ヒトコトノベル! ~私と海と、部活バトルと超短編~  作者: MUMU
第四章 限りなく完全に近い片思い
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第二十六話





私達は大歓寺先輩の後について部室へ。

大歓寺先輩はあちこちの部屋を漁り、ダンボールに紙束をまとめてホールへ運ぶ。 


「うわっ、それ全部白釘部長の作品!? マジでっ!?」


海ちゃんのみならず私も驚く。ノートやらメモ帳やら短冊やら。あらゆる形態の紙がみっちりと詰まってる。


「白釘部長は即興でたくさん作る人で、推敲の途中経過もノートに残してたんだル」


中央ホールにて、大歓寺先輩はテーブルにノートを広げる。ついでに冒涜的なほどクリームたっぷりのロールケーキ。三種類のジャムに熱い紅茶を用意した。ロシアンティーが好きなのかな。


「でもそれは部長の本領じゃなくて筋トレみたいなものなんだル、本領のやつはそんな多くなくて……ちょっと探すから待っててほしいル」


私達は短編小説の本を読みながら待つ。一つの作品が1ページ以下という短編になると、小説というより句集や詩集に思える。


「超短編とはコントであるとも言われてるんだル」

「コント?」


海ちゃんが大きな目でぱちりとまばたき。


「あっ、そういえば超短編ってオチがついてる小噺こばなしみたいのが多いですよね!」

「そう、この場合のコントとは風刺や機知を感じさせる短い物語のこと。何らかの意味やオチがなければいけないという価値観だル。笑えるオチだけじゃなくてホラーだったり、気付きを与えてくれたり、何かしらの価値が詰まっている、詰まっているべきだと考えるんだル。それがひとつ」

「はむ、それ以外にもあるの?」

「もちろんだル。詩のように抒情性があったり、当たり前の場面を当たり前に描いたり、たくさんの超短編を連作として一つの物語を表現したり、そんなのもあるんだル」


そして部長は一枚の紙片を取り出す。何枚かのルーズリーフをクリアファイルに綴じたものだ。


「部長が取り組んでたのはこういうのだル」




迷離涛塩みょうりとうえん  回懐かいえ  震埃しんじん 

院枢種套いんすうしゅとう  晶賀しょうが  積層せきそう


乃生のうれきふかく  あたりばん  煩文はんもん想路そうろ

脊骨せきこつ  彩羅さいら  蛇呪だじゅ観考かんこう


新毘香しんびこう  晰灯せきとう妙巴みょうは


古克こかつてん  暗井あんせい覚土かくど


時封じふう連珠れんじゅ  夢々ゆゆいつき


表波ひょうは播指はし 暫緩ざんかんいこう


(63文字)




「ぬぬ……?? ぜんぜん分かんない……」


海ちゃんはムンクの叫びみたいになる。

確かにまったく分からない。漢字が並べてあって振り仮名が振ってあるけど、これは漢文でもないし熟語だけで構成された詩でもない。


でも、何だかこれって。


「これって……たくさんの本ですね。古い図書館。静かで落ち着いてて、そこでゆっくりと本を読んでるような」

「うわすごい! ヒトコト分かるの?」


正直に言うと分からない、何となくそう思うだけだ。

この超短編を構成する語彙は奇妙で難解で、そしておそらくは造語だ。造語をつらつらと並べて世界観を表現している。60文字弱と短めなのは、読みの音数を意識しているからだろう。この調子で120文字並べると冗長になってしまうと考えたのかな。

その言葉の数々が私の言語野に忍び込み、古い本とか古い建物なんかを連想させる。


「白釘部長はこういう言葉遊びのような超短編を作ってたル。すべてひらがなだったりカタカナだったり、文字が升目状に並べてあってどう読むのか分からなかったりしたル」

「でもこれは……造語が多すぎて小説として成立してないような」

「白釘部長はこう言ってたル。言葉に本来はおおやけはなく、私的な領域があるだけだと。詩作とはある一面では言葉の私物化なんだル」


私物化……。

つまり、本来きわめておおやけのものである言葉を私的なものとして扱う。生み出される文章に説明も示唆もなく、正しい解釈という「正解」もない。ただ他者の言語空間と触れ合うときに、何かを通じ合わせようとする。


それは小説も同じともいえる。同じ文章を読んでいても、読者によって想起するイメージは異なってて、作者とも異なっている。完全に同じという事はあり得ない。


あるいはこれは白釘部長だけが正しく読める小説とも言える。周りの人間は不完全ながらもそれを理解しようとする。他者を理解しようとするのはいつだって不完全で、それだけに終わりがなく奥深いものなのだと……。


「そういうことですね」

「うんたぶんそういうことだル」


大歓寺先輩はなぜか冷や汗。


「そういえば白釘部長、黒騎士との戦いで奇妙な技を使ってました。よく分からない語彙を並べて……」

「白釘部長の短句呪符ミスティックカードだル。複雑な概念を辞書登録によって圧縮し、展開速度を上げてるんだル」


辞書登録……確か黒騎士もそんなことを言っていた。


「ほええ……でも辞書登録なんていつやるの? 女神様とは部活バトルでしか会えないのに」

「たぶん、その部活バトルの時だよ」


女神様はこちらの要求に答えてくれる。そして一度受けた命令は全て覚えている。


例えば「緋槍ひやり」という言葉は先端が灼熱に焼けた槍を意味すると教えておけば、その後の部活バトルでも反映できることになる。何を出すか観客にも見えないので意表を突けるし、呪文のような言葉はインパクトもある。


つまり先輩は、部活バトルを戦いながら自分だけの言葉を増やしていた。そんな戦い方もあるのか。


でも……。


「あの技は部活バトルではない、まったく違う戦いを想定した技だル」


そうなのだろう。黒騎士と部長との戦いを見たから分かる。

この学園には、部活バトルよりさらに深い場所で行われる戦いがある……それが何なのかは、まだ分からないけど。


「うーん、あ、こっちのひらがなのやつ好きかも。蝶だねこれ」


私も見る。それは細身のひらがながつらつらと並ぶ色紙しきしだ。

揺れる花、そよぐ風、そして蝶の羽ばたきを表現した超短編のようだ。

すべては擬音であり、しかも「ゆらゆら」とか「ぱたぱた」などの擬音は使っていない。見たことのないオノマトペが並んでいる。


だけど確かに蝶だ。陽の光を受けて黄金にきらめく菜の花畑だ。


「すごいね部長さん……自分だけの言語世界を持ってる……」


……。


自分だけの言葉、か。


「これ、行けるかも……時扇先輩の秘策にできる」 

「うそっ!? あのヒトにこんなの無理だよー」

「そうじゃなくて、ねえ海ちゃん、この学園ってこういう部あるかな」


私が名を上げると、海ちゃんはうなずく。


「あるよ。確か春エリアの部室棟にあったと思う」

「よかった。じゃあ急いで細かい作戦を決めて、時扇さんと伊凍さんの試合を組まないと……」


私はタブレットを起動させて、作戦をつらつらと書き込んでいく。必要なもの、起こりうる対話の想定、予想されるアクシデントとその対応についても。


大歓寺先輩はそんな私を見て、大きくうなずく。


「いいアイデアが浮かんだんだル。すべて私の計算通りだル」


もうそれでいいです。





その翌日、時扇先輩は地下カジノに乗り込んでいった。


「伊凍さん、部活バトルで交際を決めるのはやめるんだ」


時扇さんは跳ねていた前髪を後方に撫でつけて、白いタキシードではなくブレザー風の制服姿。バーテンダーとしてシェイカーを振っていた伊凍さんは、数秒固まってからにこやかな笑顔。


「時扇さま、それは私の自由意志だと考えます」

「君はこの数日連戦しているそうだね。もし不本意な相手に負けたらどうするんだ。君のような素晴らしい女性は立ち振る舞いも高潔であるべきだ。自分の体をチップにするのはやめてくれ」


私と海ちゃんは後ろからついてきていた。伊凍さんは私達にもちらと視線を投げたあと、再度シェイカーを振り始める。


「あのお二人にコーチングを受けていたのでは? あなたとの勝負を楽しみにしていましたのに」


それが本心かどうか分からないけど、一分の隙もない微笑を貼り付けて言う。


「指導は受けてる……だがまだ時間がかかる。正直今は君に勝てるイメージがわかない」

「いつまでもお待ちしておりますよ。他の方に負ける気もありません」

「いいや……」


時扇さんはそこでぎゅっと拳を握り、目に力を込めて伊凍さんを見る。


「もう待てない。待つわけにいかない。だが、勝負は……」

「どうしました?」

「いや……分かった。今夜勝負しよう。君の口座に1000万振り込む、そしてこれを最後の勝負にする」


時扇さんは鋭く振り向いて去っていく。他のお客も、バニーさんも「今のは何だったの」みたいな視線を交わした。


私達もカジノを出ていく。その背に伊凍さんのいぶかしむ視線が刺さった気がしたけど、振り向くことはなかった。



※ 



「今夜だって?」

「ずいぶん急だな、まだ特訓中だって聞いてたぞ」


「なんだかいつもと様子が違ったらしい、鬼気迫るというか、切羽詰まるというか」

「勝負を急ぐ理由でもあるのか?」


「なあ、聞いたか、あの噂」

「ああ美人コンテスト部の部長だろ、今夜の部活バトルは見に行かないと」

「そうじゃない、その部長が運営してる会社だ」

「船舶保険の引き受け会社だろ、それが何か……」


陰で日向で、学園のいたるところで噂が乱れ飛び、そして深夜のどこかの場所。


「さー本日もやってまいりました部活バトルのお時間です。経験、才能、努力に奇策、何が飛び出すか想像力のバーリトゥード。女神の微笑みはどちらに向くか、先行後攻お題に観客、あらゆる不確定要素が織りなすそれは運命という名のカオス曲線、いよいよ選手入場であります」


えらく流暢な喋り方の実況を受け、現れるのはまずディーラー姿の伊凍さん。完璧な縫製のドレスシャツと、皴ひとつない漆黒のパンツが体型に吸い付くかのようだ。


そして反対側から出てくるのは。赤いかたまり。


そう見えたのはバラの花束だ。ブレザー姿の時扇さんは抱えるほどのバラを持っている。私達はセコンドとして、その後ろから少し離れてついていく。


「本当は勝負で決めたくはない」


そのバラを差し出し、真摯な声で言う。


「今からでも僕の告白を受けてくれないか。そして僕のパートナーになってほしい」


観客は意外な行動にどよめく声もあったけど、今さら何言ってるんだと野次る人や、率直に笑っている人もいた。嘲笑の声も容赦なく投げ落とされる。


伊凍さんはふうと息をつくと。

次の瞬間。そのバラをはたき落とす。


「う……」

「今さら情けないことを言わないでください。私もあなたも、博打うちの端くれでしょう?」


そして女神が降り立つ。観客と競い手たちが注目する中、その小さな口元がささやいた。


「指輪」


左右にモニターが出現する。音もなく視界の両端に現れたのだ。このモニター自体が立体映像なのかな。


「おおっと、今回はミニマムなお題のようです。このような場合は拡大表示用のモニターが現れるのが定番となっています。競うは究極の美にして極限の微。極小の世界に最大の絢爛を! 大銀河団からDNAの二重らせんまで女神に創れぬものはない、さあ張り切ってまいりましょう」


先行は伊凍さんのようだ。彼女は考えに沈むとか熟考という素振りをあまり見せない。女神へ向けていくつか指示を飛ばしている、ルーレットの盤面を決めているのか。


「今回はかなり難しいんじゃないか?」

「ああ、指輪は歴史があるからな、ある程度デザインの定石が決まってる。そこを大きく離れたものは単に奇抜と片付けられる」

「ランダム性が活かしにくいってことですよね。伊凍さま、大丈夫かしら……」


「材質のホイール、翡翠、琥珀、珊瑚、プラチナ、象牙、水晶、他に加工性の高く硬度のあるもの」


伊凍さんの背後、後光を背負うように大きな輪が浮かぶ。


「加工文明圏のホイール、加工年月のホイールをセット、スタート」

「ふえ、もう回すの? ねえヒトコト、あれってどういうルーレットなのかな?」

「たぶん、加工品の指輪じゃないかな。それも軟玉を狙ってるのかも」


翡翠と呼ばれる石の中でも軟玉ネフライトなどは中華文明圏で高貴な石とされてる。その軟玉や象牙などに細かな細工を施したものは一級の美術品として伝わる物もある。

翡翠の指輪というと宝石翡翠の大玉をつけたものが多いが、軟玉をそのまま指輪にしたものもある。細かな彫刻を施すこともあるだろう。そういう指輪かな。


だけど、あのホイールに含まれてた要素……。


伊凍さんは三本のダーツを投擲。それぞれが別個のホイールに命中し。

そして大きなどよめきが――。



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