第二十五話
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数日後、私たちはその「偶然の輪」を見る機会に恵まれた。
「えーとお、本日のめえんえべんとはあ、地下カジノ部のお、伊凍ちゃあんでえす」
司会の人は随分ゆるい。よく見ると観客席にマイクを持ってる人がいて、その人が実況してる。実況席と観客席の仕切りがなく、名乗り出た人が実況するらしい。
「格ゲーの大会みたいでいいね」
とは海ちゃんの感想。
ゆるい実況なんだけどその人の周りに男子が集まってる。全員が黄色の法被を着てるのは何故なんだろう?
対戦相手は金融証券部の部長さん。度の強そうな眼鏡をかけた秀才タイプという印象だ。
「申し込みが一気に3件ぐらいあったらしいよ。掲示板で話題になってる」
海ちゃんはバケツサイズのポップコーンを構えて観戦モードだ。大歓寺先輩は来てない。
「伊凍先輩が取られちゃうと思って焦ってるんだよー、ということはだよ、みにのべ部が見事に恋のキューピッドになるって予想されてるってことだよね」
そうなんだ。それは光栄と思っていいのかな。
ほとんどは白釘部長の威光だと思うけど、何だかんだでみにのべ部に一目置いてる人も多いみたい。
暗闇の世界に降りるスポットライト、女神がふわりと降り立ち、お題を告げる。
「妖精の靴屋」
それは確か、童話だ。仕事に追われていた靴屋がついウトウトと眠りに落ちてしまい、寝ている間に妖精が靴を完成させたというお話。
「ホイールを用意、舞台、登場人物、靴の意匠」
伊凍先輩の背後に大きな輪が出現。ベルト状になっていて、ルーレットのようにいくつかの小部屋に区切られている。
「うわ何あれ、カメラのフィルムみたい」
そうかフィルムってあんな感じなのか。
それぞれのホイールは高速回転を始める。伊凍先輩が手を振ると、指の股にダーツが生まれる。氷で作ったような青白い矢だ。ちなみに伊凍先輩はディーラー姿ではなく黒のイブニングドレス。体に吸い付くデザインで背中が大きく開いてる。そんなドレスを着こなす姿もカッコいい。
伊凍先輩の眼前に三重の白い輪が浮かぶ。ホイールは図柄がまったく目視できない速度で回転してる。
ダーツを投擲。三本を一気に、当たると同時にホイールが停止。
その瞬間に背景、建物、内装が一気に組み上がる。砂漠の中に浮かぶアメリカンスタイルの靴屋、扱っているのはバスケシューズ。顔の半分にタトゥーを彫った筋骨隆々な靴屋さん。
「ひええ、あんな適当に作っちゃうの?」
「妖精の造形を細分化、角、羽根、手足、衣服、顔立ち」
出現する五重の円。そして五本のダーツを一気に投げる。
完成するのはドリルのような角、機械の翼、関節がいくつもある長大な手足。ぼろぼろの衣服。そしてマネキンのような白人女性の頭部という姿の妖精。
どう見ても妖精ではなく怪物そのものだけど、出現してしまうと不思議な存在感があった。
傭兵のような店主が居眠りをしてるそばで、その地球外生物のような妖精が靴を作る。なぜ作るのか、何をしようとしているのか、こちらの想像力をかきたてる。SFサスペンスの冒頭のようだ。
対戦相手は和風だった。北海道のフキの葉の下にいる妖精、コロポックルが懸命に草鞋を編む姿で可愛さをアピールしたけど、無難にまとめた感じが否めない。
私達も初めて審査に参加する。結果はほとんど満場一致だった。伊凍先輩の勝ちだ。
「うーん、やっぱり運がいいよねえ。適当に作ったのになんかうまーいことハマってたし」
「……うん、偶然の生む面白さもあるけど……」
それだけじゃない……あれはやはり技術だ。
ホイールは高速回転していたけれど、伊凍先輩ならある程度は狙えるだろう。ホイールに配置する選択肢も入れ変えたりして調整していた。
そして妖精を細分化したこと。あのSFっぽい世界観をより強調するため、妖精の造形をカオスにするべきだと考えたのか。
あの戦法を成立させるのは技術と度胸と強運、そして咄嗟の機転で世界観を構築していく頭の良さなんだ。
「女神は矛盾してない範囲なら何でも作れる……人間が思いつかないような組み合わせでも作れてしまう。よほど意味不明なものにならない限り、意外と高アベレージを狙える戦法かも……」
「うーん、どうしたらいいのかなあ、時扇先輩の情報も集めたけど、割と普通でそこまで強くないんだよねえ」
「そうだね、それに……」
やっぱりそうだ、この会場の空気。
誰も対戦相手の男子を応援してない、彼だって1000万を払ってこの場に出てきたのに。
「これ……勝たせるの無理かも……」
※
私と海ちゃんは時扇先輩のコーチに入った。
とりあえずは今までの戦いについての反省と検証。先輩が覚えてる範囲で、あるいは海ちゃんが調べてきた試合の様子を元にああでもない、こうでもないと話し合う。
「フフ、そうだねえ、反省点は色々あるけど、でも知りたいのは次の戦いでどうやれば勝てるか……」
「ダメです! 今までのことがあって本番があるんです! 検証はきっちりやりますよ!」
「わ、分かったよ」
と、素直に聞いてはくれるものの、少し不満そうな色は残っていた。
無理もない。これ、ただの時間稼ぎだから。
「勝つの諦めるの!?」
「海ちゃん、声が大きい……」
図書室にて、私は海ちゃんと打ち合わせする。
「そもそも先輩を勝たせるの無理だと思うの。伊凍さんとのカード、ほとんどの審査員が伊凍さんの応援に回っちゃってる」
仕方ないとはいえ、試合のことが知れ渡ったのは良くなかった。
さすがは美人コンテスト優勝者。伊凍さんのファンの数というのは半端じゃないらしい。掲示板では。
「時扇の勝利絶対阻止」
「我らが女帝伊凍さまを守れ」
などのスレッドがすごい勢いで消化されてる。
理屈の上ではクオリティで圧倒的な差をつければ勝てるかも知れない。しかし女神さまの気まぐれもあるし、私たちだって経験豊富ではない。どんな方法があるか想像もつかない。
「それに……目的は勝たせることじゃないから」
目的は伊凍さんが時扇さんに惚れること。恋愛としてのお付き合いを始めること。勝利は目的じゃない。
「どうやるの?」
「それを今考えてるの」
静かな午後の図書室。
読んでるのは「恋愛入門」だ。我ながら泥縄もいいところだけど、やれることはやらないと……。
海ちゃんも掲示板を高速でスクロールさせつつ、首を左右に傾けながら言う。
「うーん、ねえヒトコト。伊凍さんってIRリゾートにカジノを持ちたいんだよね。じゃあ時扇さんが資金援助するって申し出たらどうかな。その代わりに結婚してー、みたいな」
「な、なんか悪役みたいなムーブ……」
それに、いくら時扇先輩がお金持ちでも、カジノのスポンサーになれるほどは……。
「……あれ? そういえば今までに2億ぐらい負けてるんだよね。それだってすごい大金だよ。それはどうしたんだろ」
「ああ、時扇先輩ってば美人コンテストの運営やってるでしょ。その収入が一回で1200万ぐらいあるんだって。運営資金と、部員への分配とかで先輩の収入は200万ぐらいあるとか」
集客が4000人って言ってたっけ、月収200万なら学生としては大変なものだ。
「でもそれでも……」
「あとは投資とかもやってて、船便の保険請け負いの会社も持ってるんだって。個人資産が6億ちょっとらしいよ」
「保険請け負い?」
「うん、大型船舶とかの保険引受人になるの。保険料を貰えるけど、もし船が沈んだら損害補償金は引受人が払わなくちゃいけないのね。ロイズとか海外の保険会社を通じて引受人になってるみたい。先輩は法人を作ってその事業をやってるってわけ」
「……」
この学園には並外れた人が多い、時扇先輩もそうみたいだ。
「……個人資産が6億なのに。伊凍先輩に2億も入れ込んでるのは多すぎないかな」
「うーん? そのぐらい惚れてるってことかなあ」
「……」
それなら可能性はあるだろうか。
時扇先輩は立ち振る舞いは気障ったらしいけど、あまり嫌味は感じない。美人コンテスト運営だとかは下世話にも思えるけど、ある種の真剣さがなければ続けられないだろう。
つまり実直さをアピールして真面目に告白する、むしろそれで上手くいくのでは。
そういう話をすると、海ちゃんは難しい顔になる。
「でも伊凍先輩だって相当なやり手だしなー、将来はカジノのオーナーになろうって人だし、マトモにプロポーズとかしてもなあ」
それはそう。
というか男らしく正面からプロポーズしなよ、なんてのはもはやアドバイスとも言えない。ただ万策尽きただけと思われても仕方ない。
「うーん、どうしたら」
「二人とも、ここにいたル」
大歓寺先輩だ。いつもの大量缶バッヂの制服に金属板みたいなラメ入りスカート。でもまったく音がしないのは少し不思議。
「人助けもいいけど、みにのべ部の活動もちゃんとやるんだル」
「ええー、いま大変なんですよおー」
確かに、超短編を考えるのは集中力も使うし、時間も取られるし……。
「しょうがないル、じゃあ私の過去作を聞かせてあげるル。今日はそれを活動とするル」
「あ、それならやりまーす」
大歓寺先輩の作品……そういえば初めて聞く。どんなのだろう。
他に利用者はいないけど、先輩は図書室ということもあって声を落とし、大きな手を口元に添えながら話す。
そのUFOは物凄い速度でタイムズスクエアのど真ん中に落下した。
傷は一つもないが、何も出てこない。どうしたものかと皆が困っていると、さらにもう一つのUFOが来た。
それは先にあったUFOの端をかすめ、ものの見事にひっくり返す。
そして2台とも帰っていった。(125文字)
「わ、おもしろい!」
「え、そ、そうなの」
よ、よく分からなかった、面白いのかな今の。
「ふっふっふ、私の専門はSFなんだル。短編の形式にも色々あるけど、120字ぐらいがSFマインドを織り込める限界だと思うル。100字を切るとすでによく知られているネタをあっさりやる感じになるんだル」
SFかあ。あまり読んだことのないジャンルだ。
超短編に限らず、ショートショートにはSFが多いと聞いてる。みにのべ部に入ったことだし、そのうちしっかり読む時間を作らないと……。
「そういえば二人とも、白釘部長の超短編を読んだことは?」
「ええっと……最初に会った時に即興っぽいものを」
「その一回だけかな?」
私と海ちゃんは顔を見合わせて、そして大歓寺先輩はぽんと手を打つ。
「それは本領じゃないル。じゃあ二人とも、いい機会だからそれも見せておくルウ」
白釘部長の本領。
それってもしかして、黒騎士の言っていた……。




