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ヒトコトノベル! ~私と海と、部活バトルと超短編~  作者: MUMU
第四章 限りなく完全に近い片思い
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第二十三話





「はあ……」

「ごめんよヒトコト」

「もう怒ってないよ……」


私だってここにギャンブルに来たのだ。勝つか負けるかは女神様のご機嫌次第。だから負けたことはしょうがない。


ただ負けるにしても、せめて部活バトルで負けたかったけど……。


私たちは大型モニターのある部屋で、しばらく部活バトルを観戦していた。今日は初心者オープンマッチとかで、賭けを抜きにして自由に参加できる日らしい。

二時間で8試合ほど。私の思っていた以上に部活バトルは盛んな競技みたいだ。

それもそうかも知れない。観客席にいる大勢の人たち、あの人たちもすべて選手予備軍なのだから。


そして賭けも行われる。フランス料理研究会と毒食研究会(何それ……)の試合だ。学園が購入する予定の真空調理機の使用権を巡ってのバトルらしい。


「茶室」というお題でそれぞれ女神ミューズの力を借り、独創的な茶室を創り上げる。


「こうしてみると……戦い方も個性が出るよね」


多いのはサンプル画像を出して、そこから選んでいくタイプだ。茶室なら画像を出して3Dに起こし、日本庭園を出して、茶器に掛け軸に花生はないけなどを配置していく。

そして茶人もだ、渋いおじさんを配置する。


サンプルを使うのは無難で安定感のあるものが作れる。フランス料理研究会はそこからアレンジを加えていった。


「内装を広めに、19世紀シノワズリ式、茶器はマイセン風、庭園にはバラを取り入れて」


女神は命じられるままに「マイセンで作られたような茶器」とか「バラを取り込んだ日本庭園」などを表現する。


「全体の色彩バランスを調整。門の外には黄金の馬車を」


中華風だったり欧州風だったり、多国籍な要素を女神の力で強引にまとめようとしてる。


でもあれには気になる点がある。

もてなしの主体である茶人だ。あの人が純和風のままで変化がない。命令の順番が正しくなかったのだ。


「うーんなんかチグハグだよー、すごいっぽくはあるけど……」


海ちゃんも同意見。内装と庭園の完成度が凄いので何となく成立してるだけだ。フランス料理研究会も少し物足りなさを感じたようだが、時間がかかりすぎても心象が悪いので、それで完成としたようだ。


次は毒食研究会。まず一言。


「月面の茶室」


客席がざわめく。周囲に星空が浮かび、岩とクレーターの散らばる世界に茶室がぽんと生まれる。


「宇宙服を着た茶人を出してくれ、庭園は岩を削ってそれっぽく」


岩がいちど盛り上がり、削られて植え込みに変わる。松の木とか灯籠とかがそれっぽい形状に。


「全体をエアドームで覆って完成」


女神は何でも実現する。それを利用してSF的発想のものを成立させる、それも戦い方の一つだ。


でもあれはおかしい。全体をエアドームで覆うなら宇宙服を着る意味が分からない。だいたいあれでどうやって飲むの?


エアドームを使うならむしろ普通に木と池を作ったほうがいい。そしてその周りに月面都市を作る。

人間は月で茶室を造れるまでに進歩したけど、それはとてつもないリソースを使う人間のエゴの極み。宇宙で無理矢理に再現した庭園の不気味さ。そんなストーリーを表現できそうなのに……。


「ヒトコト、さっきから1人でしゃべってどうしたの……?」


え、あ、独り言になってた。


そして勝ったのはフランス料理研究会。なんだか両方とももう少し練り込める印象だったけど、こういうあっさりした試合も多いらしい。


戦い方のポイントが分かってきた、時間だ。

丁寧に作るよりは端的な言葉でポンポンと組み上げていくほうが見栄えがいいし、手際の良さも審査の対象だと感じる。


その極みが全体を一つの文章で入力して、一括で出力するタイプ。これは詠唱者キャスターと呼ばれる。

その中でもかなり長い文章を使いこなす人を儀式呪文ロングスペル詠唱者キャスターと言うらしい。つまり私が最初にやった戦い方だ。


詠唱者キャスターは試行錯誤の様子が観客に見えないので、いきなり完成品を突きつけて驚きを得られるメリットがある。反面。文章が不完全だと奇妙なものが出来たり、出力されなかったりするので使い手は少ないとか。


「ふーん、それ以外ってどんなのあるんですか?」


海ちゃんはすっかり打ち解けていた、その場の人たちに問いかける。


「色々だね。例えば動物を使う人もいる。ペットトリミング部の部長だ。この人は車でもスイーツでも動物を使って作る」

「ほえ? どういうこと?」

「高級車は動物に喩えられるとか言うけど、カササギのようなドアミラーとか、ナマケモノのようなシートとか、女神はそれを汲み取って形にする。これだと見たことのないフォルムができるんだ」

「ほえー、なんかすごい」


それに動物がデザインに取り込まれていく面白さもある。戦ったら手強そうだ。


「……【金貨】のスートの戦いを見たことありますか?」


私が聞くと、奥にいた女性がグラスを揺らす。


「スートは滅多に戦わないし、観戦料はとおっても高いの。その様子が聞きたいなら20万チケットってところね」


うう……お金かあ。

20万円相当のチケットなら百枚だろうか。もしスッちゃう前なら、何を置いてもそれを聞いただろうけど……。


「しょうがないよヒトコト、ドンマイ!」

「……」


私は海ちゃんのほっぺを引っ張る。うわすごい伸びる怖い。


そして私も試合をしてみた。何も賭けてないオープン戦だ。


相手は喫茶店同好会。お題は「化石」。


「それは禁忌の記憶、三頭六翼あでなる異形、学人懊悩してメトロポリタンの最奥に封じる、十重二十重のテープの結界。牙は宝剣にて爪は凶相、宝玉と黄金に置換されし暴君の御座……」


まだ緊張するけど言葉はなんとか出てきた。3つの頭と6つの羽を持つ異形の化石だ。研究者たちの頭を悩ませるそれはアメリカはメトロポリタン美術館にひっそりと飾られている。


対戦相手は古代の商店街を出してきた。マンモスの肉とか三葉虫のおせんべい。ティラノサウルスの卵を使ったホットケーキ屋さん。お金はもちろん石のお金。それが丸ごと化石になっている。


マンモスと三葉虫とティラノサウルス……どう考えても年代がおかしいんだけど、全体としてメルヘンチックな世界観は完成していた。楽しげで華やか、シュールな面白さもある。


残念ながら負けてしまった。最後は握手で別れる。


「ヒトコトー、なんか調子悪かった?」

「そんなことはないけど……」


こういう試合も健全でいいけど、もっとやれそうな気はした。私の内側でふつふつと言葉を煮えたぎらせて、炎に変えて吐き出すような戦い。それは和やかな雰囲気では起こらないかも知れない。

身を切るような緊張感が必要なんだろうか……。


海ちゃんも試合をする。でもうまく創れないみたいだった。「テレビ」というお題だったけど本当にそのままの……まあ詳細は割愛。


「もっと上級者の人の試合ってないんでしょうか?」

「そういうのは不定期だからね、たいてい衝動的に決まってその日のうちに決着をつける。君はもう何度か出てるからタブレットに案内が来ると思うよ」

「上級者の試合は観戦料がいることもあるの、食券は用意しておくようにね」


いろいろ教えてもらえた。軽食をつまみつつ時にはCランク食券を使ってポーカーで遊んだりして、時刻はすでに深夜三時だ。フリーカリキュラムの六沙とはいえ、みんなタフだなと思う。部活バトルはまだ続いてる。


「だから連れてきたくなかったんだル。楽しくてオールになっちゃうから」


大歓寺先輩はと言えばバカラ台でえんえん勝負している。食券を何度かバニーさんに渡してお菓子の山盛りと交換していた。どうやら勝ってるらしい。


海ちゃんの方は眠気が限界に来たので、帰るまで仮眠部屋で休むことになった。

私も普段はとっくに寝る時刻だけど、なぜか目が冴えている。ジンジャーエールを飲みつつ先輩の隣に。


「そういえば先輩、怪……矢束さんと何か因縁あるんですか?」

「ル? ぜんぜん知らないル」


確かに面識はないっぽかった。先輩はスートのことは知ってたけど、怪盗がスートを詐称していたことに気付いてなかったし、表面上はスートの顔ぶれも入れ替わってるようだし。


「でもなんか先輩の名前とか呟いてました。どこかで恨みを買ってるんじゃ」

「失礼な。人に感謝こそされ恨まれるいわれなんかないル」


先輩は人助けの活動をしてたって聞くし、その関係だろうか。どこかで怪盗さんの悪事を邪魔してた? なんだかそれもしっくり来ないような。


「君、もしかして矢束やづか音々ねおんの話をしているかね?」


声に振り向くと、バカラ台に座っている人物があった。

その人は制服ではなく白のタキシードを着ていて、胸には真っ赤なハンカチーフを刺していた。襟元には大量のフリルがある。なんだろう。時代劇かな。


「はい、そうです」

「懐かしい名だ……矢束くんは今なにを?」


真っ白い歯を見せてにこりと笑う。前髪を手ではじく動作の意味はよくわからない。


「怪……いえ、古典奇術部の部長をやってるみたいです」

「そうだったのか! 君、ぜひまた僕らのコンテストに参加してほしいと伝えてくれたまえ。彼女のはじけるような肉体! 華のある顔立ち! どんな芸術にも代えがたい宝だったからね。それと大歓寺パルル君」

「ル?」

「君もまた出てほしい。我々のコンテストはいつでも参加者を募集しているからね。岬に立つ灯台のように。暗がりを泳ぐ人魚姫たちに光を当てたいのだよ!」


額に指先を当て、流し目を寄越しながら言う。


「あ、思い出したル」

「何をですか?」

「私、矢束さんに会ってたル。この人……時扇ときおおぎ流星メテオの美人コンテストで」


……美人コンテスト? 今どきそんなものが……。


「忘れていたのかね! ああ! なんと嘆かわしい! 君たちに会えぬ日のいかほどに長く! 海に投じた嘆きの声のいかに多きことか!」


がたん、と立ち上がり、天を仰いで嘆きを表現している。スポットライトが差したような気がするが、たぶん気のせいだ。


「我ら美人コンテスト同好会はこの学園でも指折りの名門なのだよ! 競い合うは生命の輝き! 磨くべきは己に厳しき心と他者を称える精神! 月一回のコンテストには4000人の来客があるというのに!」


なんだか芝居がかって話し出したけど、テーブルのお客さんは誰一人振り向かない。

私まで無視するのは可哀そうだったので、大歓寺先輩に確認する。


「そんなのあるんですか?」

「確かにそうだル。ついでに言うと時扇さんが部長でコンテストのスポンサーだル。時扇生命保険の御曹司でお金持ちなんだル」


その名前は知ってる。確か船舶保険を中心とした大手企業だ。今ではサイバー犯罪保険とか情報流出保険とかのCMをよく見る。


「ちなみにコンテストで優勝すると500万だル」

「ごっ……」

「当然の報酬だよ! 六沙学園の美女たちに捧げるささやかな真珠に過ぎない!」


じゃあ、美人コンテストで負けた因縁……負けた……!?


「あの、そのコンテストで大歓寺先輩が優勝したんですか?」

「そうだとも! 審査員の満票による圧巻の勝利だった! あの日の戦いはこの時扇の記憶にしっかりと刻まれているよ! ああ……そういえば二位の矢束くんはひどく悔しがっていて審査員に猛抗議していたね……そのような苛烈なさまも彼女の美しさの一部だよ」

「……」


美しさの基準は人それぞれだし、先輩の独特なボディラインはそれはそれで魅力的かもしれない。当時は今より痩せてたかもしれないし。


あまりそこを掘り下げてもしょうがない。ともかく因縁は美人コンテストのことだったんだ。怪盗さん、そんなことを何年もよく覚えてるなあ。


「じゃあ先輩。また出ましょうよ、500万ですよ」

「あんまり気が進まないル」

「ははっ、もちろん美女のノミネートはいつでも大歓迎だけど、今は少し厳しいかもしれないねえ」

「厳しい……というと」

「優勝を手に入れるのは僕の彼女フィアンセだからさ。その美しさは氷壁のごとく永遠であり、その技術は雪華のような理の極み。地下カジノ部部長であり、限りなく完璧に近いディーラーなんだよ」


すると、バカラのディーラーさんが口を挟む。


伊凍イトウさんは彼女じゃないでしょう。交際するなら時扇さんが部活バトルに勝つのが条件となってたはずです」

「おやおや君、それは僕と伊凍くんとのプライベートだよ。見ず知らずの方にそんなことまで言わなくてもいいじゃないか」

「吹聴してたら否定するようにとの指示を受けてます」


部活バトルで交際を賭ける? そんなこともあるんだ。


「……ということは時扇さん。その人と部活バトルしてるんですか?」

「ああ、彼女は実に強い。20回ほど負けてしまったよ。挑戦権だけで2億ほどいかれたが、なに、まだまだチャンスはあるとも」


におく。


なんだろう。天から降ってきたようなチャンスが遠くに見えるけど。




あまりこの人に関わりたくないなあ……。


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