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ヒトコトノベル! ~私と海と、部活バトルと超短編~  作者: MUMU
第四章 限りなく完全に近い片思い
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第二十二話



私には目的がある。心の中の風景を言葉に変えて、できれば先輩に読んでもらうこと。


海ちゃんには目的がある。行方不明のお姉さんを探すこと。


無限に追い続けてもいい、どんな代償を払ってもいい、そのぐらいの願い、乾き、焦燥、果てのない歩み。


でも、誰もがそうじゃない。飢えとは無縁に安らかに生きてる人もいる。


私たちには願いがあり、それが生きる活力になっている。

では、私たちのほうが、ある意味では幸せなんだろうか。恵まれているのだろうか。


この学園では誰もがみな乾いている。

それはどんな運命のいたずら? あるいは悪意のみちびき……?





「んーとね、じゃあ整理するよ」


みにのべ部の部室、桜咲く中に佇む洋館。

荒れ果てた部屋からホワイトボードを引っ張り出してきて、発掘した本を発掘した本棚にしまって、何とか部室らしくなってきた。地球儀とか古いゲイラカイトとかもホコリをはらってインテリアにしてる。


海ちゃんはホワイトボードに書き込んでいく。


【金貨】のスート → 10億円


【剣】のスート → 「武」で勝つ


【聖杯】のスート → 千筆の署名


【生命の樹】のスート → 該当する人を見つける


「この条件をクリアした上で部活バトルで勝つ。思ったより簡単かも!」


私は脇を見る。大歓寺先輩はクーラーボックスを膝に置いてアイスをがりがりと食べてる。テーブルには七味と柚子胡椒とポン酢が置いてあった。味変だろうか。使ってるとこはあまり見たくないなあ。


「先輩はスートのこと知ってたんですか?」

「もちろんだル。一年前に白釘部長を負かしたのは【生命の樹】のスートだル」

「顔ぶれはどうですか? 一年前から入れ替わってる人とか」

「ヒトコトから聞いた限りだと全員入れ替わってるみたいだル、でも別人とは限らないル」


……? どういうことだろう。


「スートとは六沙学園の支配者。この学園の中なら出来ないことはない。別人になることも簡単なんだル」


そんなことが……。

いや、そうか、私は学籍ごと消滅した人の話をいくつか聞いてる。

学籍を消せるなら、創り出すことも簡単……そういう事だろうか。


この学園は並外れてる。学生ながら大変なお金を稼いでる人もいるのだ。スートの座に座るなら、何度も学生をやり直して学園に居続けることだってあるのか。


「えーっと、それでヒトコトー、黒騎士に近づくにはスートに挑むのが近道、そういうことだよね」

「そうだと思う。部活バトルの本来の目的、たぶんスートだけが知ってる」


海ちゃんは腕を組んでうんうんとうなずき。

やおらびしり、と大歓寺先輩を指差す。


「そこのあなた! 実は【生命の樹】のスートですね!!」

「はずれだル」


冷凍みかんを両手で揉む先輩。冷たくないのかな。


「じゃあまさかヒトコトが!!」

「違うよ……」

「うーん」


海ちゃんはコメカミを指でぐりぐりと押して。

そして驚きに目を見開く。


「まさか!? 私!?」

「ぜったい言うと思った……」

「ツッコミがせつないよう……」


考えようによっては【生命の樹】のスートが一番簡単な条件とも言える。この学園の生徒が何人いるのかよく知らないけど、ずっと指摘し続ければいつかは当たる。


……でも、そう簡単じゃないだろう。スートの人たちは戦いたくないからこの条件を設定しているのだ。みにのべ部がスートを探し回ってると聞けば身を隠すに決まってる。


「この榊先輩の「武」で勝つってどうなのかなー、私もそこそこ戦えるけど」

「スートへの挑戦権を賭けるぐらいだから相当自信あるんだと思う。海ちゃんに危険なことさせられないよ」


不意打ちとはいえ怪盗に手ひどくやられた直後だ。海ちゃんはお腹をさすりながら意気消沈。


「条件の難易度がどうとかじゃないの。私は【金貨】のスートに挑むべきだと思う」


あの人は異常だ。黒騎士が助けることは分かっていた可能性もあるが、怪盗を一時的にとはいえ害したとも言える。あの人を支配者の座にいさせたくない。


「でもどうやって10億円用意するんだル」

「それなんですけど、実はさっき怪盗さんに会ってきたんです」

「えっほんと!? なんで連れてってくれなかったのー」

「ちょっと顔合わせだけのつもりだったから」


だけど収穫はあった。あの人は。





「2億でいいわ」


拒否されるかと思ったが、怪盗さん……奇術部部長の矢束さんは勝負を受けると言った。


「私が用意できる金融資産が8億2000万ほど。そのうち8億を賭ける。そちらは2億だけ用意すればいい」

「いいんですか?」

「オッズで考えればそんなもんでしょ。私が1.25倍。そちらが4倍のオッズよ。それに私は【金貨】のスートに目をつけられた。すぐにでも10億集めて勝負を申し込みたいの」

「わかりました。必ず近いうちに」





「近いうちにって、ヒトコトってお金持ちだったの?」

「ううん全然、お小遣いしかないよ」 


私がアクセスできる口座にはいくらかお金があるけど、これは学園で過ごすための制服代とか備品代だ。数万円しかない。


「あ、わかった! この部室を賭けるんだ!」

「えっ」


私と大歓寺先輩がハモる。それは考えてなかった。


「うーん、賭けてもいいけど、せいぜい500万ってとこだル。だいぶ前に白釘部長がミステリー研究会か何かから勝ち取った建物で、当時の価値がそのぐらいだったル」

「えっ、なんか安くないですか。汚れてたけどこれ本物の洋館ですよっ」

「しょせん不動産として所有できるわけじゃないル。部室トレードの相場ならそんなもんだル」

「あっ、そっか、惜しいなあ……」


海ちゃんは何やら残念がってるけど、私の考えは部室を賭けることじゃない。


「大歓寺先輩、部活バトルのこと詳しいですよね」

「ルっ。まあ多少は知ってるル」

「じゃあ、その周りでもいろいろ運営されてるはずです。部活バトルは生徒同士の賭け。それにあれだけのギャラリーが乗ってくるんですから」

「ルー……」


大歓寺先輩は私の言いたいことを察したのか、少し渋るような声を出す。まだ早いと言いたげだ。


でも立ち止まってられない。【金貨】のスート。乎曳神おびきがみティアラへの勝負熱が冷める前に、必ず挑まなきゃ。


「あるはずなんです……生徒だけの賭けの場が、ギャンブルの世界が」





以前手に入れた学園の地図データ。ようく見てると変な部分がいくつかある。

例えば錦鯉鑑賞部の近く。10トン級のプールがあって濾過槽と温熱装置のある建物。その脇にある建物は何の名称もない。それなのに中にエレベータがある。


あるいは第三部室棟、アイロンアート部の隣りにある部屋。部屋の中に階段があることが分かる。奇妙な部屋だ。


部屋の電子錠はタブレットのIDで開いた。私と海ちゃん、それと大歓寺先輩は階段をえんえんと降りていく。


「ふーん。この学園ってなんか変だよね。海に浮いてる島なのに地下にいろいろ作るんだよね。浮力計算とかめんどいだろうに」

「パンフレットにあったけど、フロート材は極小のユニットを組み合わせて建造してるんだって、海に泥みたいなのを注ぐだけで作れるらしいよ」

「プロスペリティ工法ってやつだね。ラテン語で繁栄とか液体の、って意味だよ。ある程度の集団自己回帰性を持つユニットを操って建造するの。一部への指令で広範囲に影響するライフゲームみたいなユニットなんだって」

「そうそれ」


全然わからないけど海ちゃんは凄いなと感じる。


降りた先には扉があり、フード付きマントを羽織った女生徒がいた。


「ようこそ地下カジノ部へ、どうぞお楽しみください」


ドアを開けてくれる。そこはまさにラスベガスの眺め。

……とはさすがにいかない。天井はさほど高くないし、ホールではなく雑居ビルの一階層みたいな作りだ。中央に絨毯の渡された廊下があって、左右の部屋から人々のざわめきが聞こえてくる。


「うわあ、ほんとに地下カジノだ、アングラだよー」

「大丈夫だよ、みんな学生だし」

「学生がこれやってるってなおヤバくない?」


そうはそうかも。


廊下はかなり奥まであって、部屋はたくさんある。ルーレットにポーカー、クラップスというサイコロを投げるゲームとか、スロットマシーンの並ぶ部屋もある。


「ふえー、ああいうのどこから仕入れるんだろ」

「生徒による自作ですよ」


と、トレイを持ったお姉さんが来ていた。なんとバニーガール姿だ。胸元が開け放たれたデザインと、粗めの網タイツが目に眩しい。


「ふおっ……!?」


なぜか海ちゃんが硬直する。お姉さんはジュースを手渡してくれた。


「より熱いゲームをお望みでしたらハイレートの階もございます。入場料は3万チケットとなっておりますので、あちらのスタッフにお申し出ください」


チケット、という言葉の意味はもう分かっていた。

生徒たちが賭けてるのは食券である。ABCの3つのランクがあるけど、おもにAランク食券が賭けられてるようだ。


「ひ、ヒトコトっ、あのお姉さんすっごい美人! 腰のくびれっ! ハイヒール!」

「そうだね……どうしよう。やることは決まってるけど、まず全部の部屋を見てみようか。ハイレート階を覗いてもいいけど、3万チケットってAランク食券だと何枚かな」

「おっぱいがすごいんだよ!!」

「海ちゃん落ち着こう」

「私ちょっとバニーさん巡りしてくるっ!」


と、海ちゃんはバカラの部屋へ。慌ただしいなあ。


「ほんとはここはまだ早いと思ってたル……」


大歓寺先輩はやはり目立つ存在なのか、ギャンブルに興じてる生徒たちがちらちら見てくる。私たちは廊下にあったカウチに腰掛けて一休み。


「ここはまさに鉄火場、ひりつくような賭博師たちの聖地なんだル。白釘部長はよく来てたけど、私はあまり出入りしなかったル」

「部活バトルがある学園ですから、地図にもいろいろ変な場所があったし、こういう施設もあるのかなあ、と」


部活バトルはこの学園の最奥の秘密だけど、同時にギャンブルという大枠の一部でもある。そうでなければあそこまでギャラリーは集まらない。


「ここから観客席にも行けるんですよね」

「そうだル、いくつかあるルートの一つだル」


大歓寺先輩は一方を指差す。体格のいい男子生徒が守る階段があった。あそこから部活バトルのホールに降りられるのか。


「部活バトルも賭けの対象」

「そうだル、あっちの部屋で賭けができるんだル」


その部屋には大型モニターが設置されていた。行ってみると巨大な塀のようなものが映っている、それは金庫のような収納庫の集まりだった。すべての戸が一斉に開いて冷気が出てくる。


「よしっ、これは水上模型部の勝ちだろ、規模で圧倒してる」

「いやいや絵手紙部のもいいぞ、球体の冷蔵庫なんて斬新じゃないか。家具をすべて球体にするコンセプトの中での球体冷蔵庫、新しさがあるよ」


どうやら「冷蔵庫」というお題らしい。壁を見ると細かくオッズが張り出されている。片方が降参した場合、同点からのやり直しが発生した場合、など特殊な状況に賭けることもできるみたい。


もちろん、この部屋にいるのは全員部活バトル愛好家フリーク


私達が手に入れるべきは二つ、お金と経験だ。

私がやるべきは相手探し、部活バトルをハイレートで受けてくれる相手だ。


軍資金はAランク食券240枚。

一枚二千円とすると48万円。大歓寺先輩から融通してもらったチップだ、一枚も無駄にできない。勝ち続けないと。


「おや、みにのべ部の新人さんだね」

「はい、もしかして試合を見てた人ですか」

「創作落語の時にね。あのときは近くで見たかったから審査員として参加してたんだ。いい戦いだったね、そのうち僕とも戦ってくれるかな」

「あ、じゃあ」


「ヒトコト! ヒトコトたいへん!」

「どうしたの海ちゃん。またバニーさん?」

「ううん、持ってきた食券全部スッちゃった」

「なんだそんなことなら……」


数秒後。

かつてないボリュームで「えっ!!」が出た。


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