第十六話
「私はもともと個人でお悩み相談やってたんだル」
プラネタリウム部へ向かう道すがら、大歓寺先輩はそう語る。
向かう先は夏エリアだ。この学園の四季はちょうど4等分されていて、時計で言えば3時から6時が春エリア、6時から9時が夏エリアになる。
「ある事件をきっかけに白釘部長と知り合って、そのまま部員になったんだルウ」
「……そうなんですね」
私の声には活力がない。あまり気持ちが前に向いてない。
怪盗騒ぎに関わってていいんだろうか。部長は消えてしまったのに。部長にもきっとご両親がいるだろうし、もっと探してみるべきなんじゃ……。
「言問さん」
大歓寺先輩が、私の肩をぽんと叩く。
「死んではいないル」
「え……」
大歓寺先輩は真剣なような、あるいは何かを悟られまいとするような静かな表情、私と海ちゃんを交互に見てから語る。
「なぜそう言えるのかは今は話せない。でも黒騎士に消された人たちは死んでいない。確かに生きてるんだル」
「……」
確かに、根拠は浮かばなくもない。
部長と黒騎士が戦ったとき、黒騎士は大艦隊を出現させて部長を攻撃した。
あれは命を奪うのではなく、動きを止めるためにも思えた。
部長がぎりぎりで耐えられる攻撃で動きを止めて、そして消した……。
「うん……信じます、きっと生きてます」
「そうだよヒトコト、あの部長さんがそうそう死ぬわけないって」
悲観的になってちゃいけない。
私たちは行動しないといけないから。学園の秘密に迫り、部活バトルとは何なのかを解き明かす。
黒騎士に近づくために……。
※
プラネタリウム部はみにのべ部の部室からトラムで7駅、けっこう遠い。市街電車といっても実際は電動バスなのだけど、長く大きな車体なので電車に近い感覚だ。
「プラネタリウムを見たいって……? まあ好きに見てくれ」
部室というのはほぼ立方体の倉庫のような建物。入ってみると壁と天井に黒い板が貼ってあって、四隅にあるポール型のライトが照明となっている。
中は30ほどのバイプ椅子が円形に並べてあって、中央に大きめの執務机。その上にあるのがプラネタリウムの本体だ。
野次馬も来ていた。カップルとか友人のグループなんかが座席に座って噂話をしている。
「機械の見学は自由ってことになってるから……でもなあ、こんな時に限って野次馬が集まるのも複雑だよ。普段の上映会は全然なのに……」
部員さんたちは端の方でぶつぶつ言っている。怪盗から予告状が来たらしいし、平常心ではいられないんだろう。
「ねーねー、このサッカーボールみたいなのがプラネタリウム?」
海ちゃんが物怖じせずに問いかけた。
「そうだよ」
腕章をふたつ着けた人が前に出る。部長、上映責任者、と書かれていた。
「これはピンホール式プラネタリウム。直径1.4メートルの六十面体。材質はチタン。それにレーザー加工で穴を開けてある。内部の光源が細い筋となって投射されて星を映すんだ。この建物の形状も計算されてる」
私も球体に近づく。黒いチタンなので面と面のつなぎ目がほとんど分からない。上品さなのか機能美なのか、この物体そのものの「自信」みたいなものが感じられる。
海ちゃんの頭上にハテナが浮かんだ。
「穴なんかないよ?」
「小さすぎて見えないだけだよ。この投射体には6万個の穴が空いてる。全天で一番明るいおおいぬ座のシリウスでも穴は0.1ミリもないんだ」
そういえば何となく粉をふいたように見える。チタン特有のざらつきかと思っていたけど、これがすべて穴なんだろうか。
「ほええ、なんかすごい」
「全部僕たちでプログラミングして加工したんだ。星雲や変光星も独自のギミックで再現してる。惑星については別の投射体を使って投影する」
語るうちに調子が出てきたのか、他の部員に指示を投げる。
すると四隅のライトが消えて、ふいに暗闇に。非常灯の緑の長方形だけが残っている。
「部長、5月の夜空でいいですか」
「いいよ、点けて」
投射。
全天に星が現れる。六沙学園の夜は星が綺麗だけど、それを更に超えるような星屑の海だ。余すところなく星が散りばめられ、さらに主要な星座が線で結ばれていく。北斗七星の尾を持つおおぐま座、かに座、おとめ座にしし座。
そしてミルクの河のような、という言葉が自然に浮かぶ天の川。
照明が点く。
ほんの一分ほどだったけど、凄さはよく分かった。座席に散らばっていた野次馬たちからも拍手が上がる。
「凄いル! ほんとに宇宙にいるみたいだったル!」
大歓寺先輩も部長さんの手を取る。そのあまりの存在感と独特なファッションのために、「この人は何者だろう」みたいな視線をずっと向けられてたが、握手を交わした部長さんはとりあえず愛想笑い。
「き、気に入ってくれて何よりだよ」
「こんな素敵なプラネタリウムを狙うだなんて許せない悪党だルウ! 安心して! 私達が守ってあげるル!」
「ええと……あなたたちは?」
「おっと失礼したル! 私たちはみにのべ部! 学園の平和を守る使命を帯びた者たちだルウ!」
大歓寺先輩はどうも自己紹介が遅れがちになる。名乗らなくても自分を見れば分かるだろう、みたいな感覚だろうか。
「みにのべ部……ああ、こないだ架空鉄道部に勝ったとか……」
腕章が少し動いて名前が見えた。部長さんは空木さんというらしい。
大歓寺先輩は体の前で腕をクロスさせ、何かしらのポーズを決める。
「ひとまずその予告状を見せてほしいル!」
「はあ……ええと、ちょっと待ってくれ」
空木部長は部室の隅に行って、他の部員とひそひそ話し合う。
確かに世の中には外見から説得力を放つ人もいるだろう。
ひと目で実直な人だとか、熱血な人だとか、頼りがいのある人だとか感じ取れるタイプだ。
でも何というか、大歓寺先輩は確かにタダモノではない気配はあるんだけど、ヒーローっぽいかと言われると違う気がする。
まずかなり大柄である。みっともないという程ではないけどお腹と胸がせり出してるし、腕も足も丸太みたいに太い。
こういう体型を何というのだろう。太っているというより女子プロレスラーに近いというか。ソップ型というかだるま型というか、でも筋肉はあまり無くて柔らかさも感じるし、ええと。
「大歓寺先輩ってなんかムチムチしてるよね」
そうそれ。
「男の人にモテそう」
「そ、そう??」
確かに動物ならセイウチが好きって人もいるだろうけど……。
プラネタリウム部はしばらく話し合ってたけど、やがて予告状を持ってきてくれた。
文面はシンプルである。
――今宵0時 偽りの星を宿す宝玉 いただきます
――怪盗 豊穣の魔術師
それは手紙サイズのカード。周りは金色でツタのような装飾があって、生のキスマークまでつけられてる。なんだか時代がかった感じだ。
「わー、キスマークだ。怪盗は女の人なのかな」
「知らないのかい?」
空木部長は腕を組んで説明する。
「女怪盗だよ。このところ被害が続出してる。六沙学園には美術品とか宝飾品を作る部も多いけど、部員が心血を注いだ名品ばかりを盗むらしい」
「じゃあ、学園側に警備してもらわないと……窃盗犯ですし」
私がそう言うけれど、空木部長は渋い顔。
「メールで訴えたら、警備用ドローンを出してくれるって回答があったよ。それだけだ」
「そんな、他にもっと警備の人とか警察とか……何件も被害が出てるんでしょう?」
「……というより警備の人なんているんだろうか……見たことないな。港湾もあるし商店街もある。これだけの学園だというのに大人の気配がほとんどないよね……」
「けしからんルウ!」
大歓寺先輩は足でステップを踏みながら言う。
「これだけのプラネタリウム、発注すれば百万円じゃきかないル! それ以前に部員さんの情熱が詰まった芸術品、必ず守ってみせますル!」
「君たちが……?」
部員さんたちが視線を交わす。
半信半疑というより、はっきり疑いの視線が飛んできて痛い。
それは無理もないよね。私たちこそが怪盗とその仲間だって思われててもおかしくないし……。
「にゅ? みなさんどうしたル?」
「あの、大歓寺先輩、私達は外を見張りましょう。部長さん、それならいいですよね?」
「ああ、それならまあ……実は今夜はオールナイトで上映会やろうと思っててね。それならお客さんも含めて全員で見張っておけるし……」
そしてプラネタリウム部側の監視体制も確認しつつ。
時刻は深夜に移る。
「ふわー、夏エリアだと夜中でもあったかいねえ」
海ちゃんは石の歩道にあぐらをかいてる。
空にはいくつかのプロペラ音。よく見えないけどドローンが飛んでいるらしい。周りの建物はいくつか明かりのついてる窓もあり、街灯もあるので明るさは問題ない。
「一周りしてきたけど異常なしだルウ」
大歓寺先輩は懐中電灯を手に、建物の周囲を歩き回っていた。
私と海ちゃんは正面出入り口を固めていた。反対側に機材の搬入口もあるらしいけど、そこは南京錠と鎖でしっかり施錠され、プラネタリウム部の部員さんが3人で見張ってる。
建物の中には20人ほどのお客さんと、部長さんを含めた残りの部員。耳を澄ますとドローンのプロペラ音に混ざって、星を解説するアナウンスが聞こえてくる。
「にしてもさ、こんな状態でどうやって盗むんだろうね」
「うん……」
30人近い人間が機械を囲んでいる。
2つの出入り口は固めてるし、あの球体は軽いチタンとはいっても20キロはありそうだった。簡単には運べない。
それ以前に、あの球体はこっちの来客用の入り口からは出せない。直径1.4メートルの球体だけど、この出入り口の横幅は1.2メートルしかないのだ。メジャーで測ったから間違いない。
(盗み出すとすれば……裏側の資材搬入口から……? でもそこは鎖でがちがちに固めてるし)
怪盗。
その言葉はまだ非現実の向こう側にいる。
幽霊のように現れて、煙のように消える。宝を盗み出して。そんな人が実在するのだろうか。
そして私は、先程の空木部長のヒトコトを思い出す。
――大人の気配がほとんどない。
学生課で食堂で、あるいは購買で大人は見るけど、教員はオンライン上の存在だし、清掃は寸胴鍋みたいなロボットがやってる。
自動販売機は誰が補充してるのだろう。
無人トラムは誰が整備してるのだろう。
窓を磨いたり、街路樹を剪定したり、道路を舗装したり、大人の手がいるはずなのに、そういえばほとんど見かけない。
それは何を意味するのだろう。
私はまだ、この学園について何も……。
視界が白くなる。
自分の手足が消える。白く漂白されている。
「……?」
直上からの光だ、と気づいたときには海ちゃんが叫んでいた。
「ヒトコト! 上だよ!」
見上げる。
瞬間、網膜の底まで届く光の圧力。
「なっ……!」
それは円盤だ。
赤に青に緑、いくつもの円形の光源を備えた巨大な円盤。それがプラネタリウム部の真上に浮いている。
「来たんだルウ! 二人とも気をつけて!」
き、気を付けてって、まさか、あれが怪盗!?
そして円盤の中央から降りる光の柱。
その中をゆっくりと降下する影。人間だ。マントをなびかせた黒い人影がプラネタリウム部の屋根に降りる。
「うふふ……夜の戯れ飽くるを知らず、夜露のしずく薔薇に落ち、かぐわしきかな緑灯の魔都、悪徳の実りて刈り取るは道化、道化を統べるは魔法使い……」
その人は、何というか物凄い格好をしている。
黒のレザー素材だ。魚の骨みたいな形をしていて、体の中心線に黒いすじ、そこからいくつか枝が伸びるような形状。その一枚だけで大事なところを隠している。
メロンみたいに大きな胸も、驚くほどグラマラスな体も大半がはみ出している。枝の先端は体の輪郭まで届いてなくて、つまり横から見たら裸なのかと誤解されそうだ。今の状態を着てるとすればだけど。
かしゃしゃしゃしゃしゃしゃ
海ちゃんがなぜか連続撮影を始めた。