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第十五話



私の中に風景がある。


それは桜でいっぱいの世界。たくさんの桜が咲いていて、道は桜の花びらで埋め尽くされ、視界深度の果てまでずっと桜が続く、そんな世界だ。


もともと本が好きだった私は、それを文章にしてみた。風景の説明、桜の種類についての説明、色彩、暖かさ、風向きや湿度や桜以外の風景について延々と書く。


でも、うまくいかない。


たまに思い出しては書き直す。桜について調べて、色の名前について調べて、眼球がどうやって色を見ているかを調べる。文章に反映させる。


何度繰り返しても、完成しない。


誰にも読んでもらえない。


でも確かに、あの風景は私の中に……。





架空鉄道部の部室。ホールケーキのような円筒形の建物は引っ越しの最中だった。


部員さんは誰ももうマオカラーを着ておらず、ブレザータイプの制服姿で荷物をまとめている。


「部長なら消えたよ、見てただろ」


私と同じぐらいの年の男子。やや億劫そうに答える。


「架空鉄道部も消滅だ。やっと解放されるよ」

「まさか……」


人間が消えるなんて、ありえない、警察沙汰になるし部活バトルなんか続けられなくなる。

そういう言葉はうまく出てこない。ヒトコトしか喋れない私の特性でもあるし、そんな常識的な言葉のほうがどこか絵空事。口に出したら溶けて消えそうな危ういものに思えたのかも知れない。


「部活バトルではたまにあるらしい」


上級生らしい人が来て、少しだけ周りを警戒しながら話す。


「黒騎士は人を消すことができる。学籍ごとね。消えた人間は完全に行方不明になって、警察でも探せない。それが黒騎士が恐れられてる理由だ。だから部活バトルでの約束は絶対なんだ。移籍した部員は自分の意志では転部も退部もできなくなる」

「ゆ、行方不明なら、大変な騒ぎに……」

字森あざもり部長は親が社長か何かで、それなりに金持ちの家らしいが、どうにもならないよ。これは噂だが、消えた生徒には政治家の息子や反社会集団の関係者もいたとか」


部員さんは元々所属していた部ごとに分かれてる。鉄道模型を片付ける人たち、写真のパネルをダンボールに詰める人たち、台所を片付けてる人たち。


「皆さん、これから……」

「元に戻るだけよ」


女子部員が、何かを投げ捨てるように言う。


「申請すれば部室はまた手に入る。部室棟の小部屋になるでしょうけど、ここよりはマシ。ここは元々は鉄道模型部が使ってたけど……」


私は模型の置かれていた台を見る。線路や踏み切りはパーツ単位でダンボールに放り込まれている。

そして学園のジオラマは解体されている。ビルも樹も、むしり取られてゴミ袋に入れられていた。


「この建物は使いたくないみたい。学園のジオラマも捨てるんだって」


徹底している。元の部長の残り香さえも消したいという意志を感じる。


少し悲しかった。

たとえ無理やり作らされたとしても、あの学園のジオラマは凄いと思えたから。芸術の気配を感じたから。


架空鉄道部は確かに他から部員をかき集めた部、字森部長の独裁国家だったかも知れない。

私たちに近づいたことも演技であり、個人的で卑小な、白釘部長への復讐が目的だったかも知れない。


でも、それでも。


この部はいびつながらも回っていたのに。


雨の中、架空鉄道を語る字森部長をかっこいいとも感じたのに。


展示物について説明を受けて、この部で歓迎されているとき、楽しい気分にもなったのに……。


「君、これを」


ジオラマを解体してた人が、私のほうへ来る。自分のタブレットを差し出す。


「学園の地図データを賭けてたんだろ? それなら僕が持ってる。部長の命令で学園中を歩き回ったからね」

「あ……」


そのことは正直、忘れていた。

だけど今の私達には必要なもののはずだ。私は自分のIDを使ってデータを保存する。


「あの……部活バトルについて、何か知ってることは」

「ほとんど何も知らない。部長だってどこまで知ってたのやら。勝ち進めば権力が手に入るとか、この学園を掌握できるとか言ってたけど、ただの妄想のようにも思えるよ」


ただの妄想……。


部活バトルには意味などなく、ただ創作AIを使ったお遊びに過ぎない?


そんなはずはない。黒騎士の存在もあるし、私が見た部長と黒騎士の戦いのこともある。間違いなく何か常識を外れたものが関係している。人一人を何の苦もなく消せるほどの存在が背後にいる。


それに、もしあれがただのお遊びなら、何の意味もないなら。


……それではあまりに、字森部長が不憫だ。


私は地図データのお礼を言って、架空鉄道部の元・部室を後にした。

何となくあの人たちは、もう二度と部活バトルをやらないような気がする。きっぱりと断れば勝負が成立しないはず。関係を絶とうと思えばできなくはないのだ。


でも私は。


そして、海ちゃんは……。





「あ、ヒトコトー、おかえりー」


海ちゃんは部室の中央ホールにいて、ソファの上で横になっていた。タブレットを何度もスクロールさせている。


「海ちゃん、そっちはどうだった?」

「駄目だった。やっぱり白釘部長の学籍が無くなってる。先生に聞いてもそんな生徒は知らないって」


この学園で出会う教員は基本的に3Dアバターだけど、話しかければ雑談にも応じてくれる。私もいろんな教室を回って聞いたけど、とこで誰に聞いても知らないと答える。


個人的に部長を見たことがある上級生は何人かいた。だけど黒騎士に消されたのなら探しても無駄だろう。あまり黒騎士を探るな。そんな答えしか返ってこなかった。


「学生課もだよ。そんな生徒のデータは無いってさ」

「うん……きっと部長はこの学園に来てもいない事になってる……」


海ちゃんのお姉さんと同じように。

その言葉は口には出せないけど、線香の煙のようにその場にしばらく残っていた。


「ヒトコト、私ね、考えてることがあるの」

「どんなこと?」

「お悩み相談」


……。


「え?」

「だからこうやって掲示板を見て回ってるの。たくさんあるから大変なんだよー」

「お悩み相談を……して、どうするの?」

「トラブルは部活バトルで解決できるんでしょ」


海ちゃんは腰を上げてソファに座りなおす。その目には活力が感じられた。そういえば海ちゃんから潮の匂いがする。朝から何キロも泳いだような筋肉の火照りが感じられる。


「だから悩んでる人を探せば部活バトルに近づけるはず。私たちから他の部にふっかけても駄目なんだ。もっと大きなトラブルを探して、大勝負を見つける。そこにきっと黒騎士も現れるよ」


……。


私は少し安心する。

海ちゃんはまだ折れてなかった。あれだけの戦いを見ても、まだお姉ちゃんを探してる。黒騎士にまた会おうとしてる。泳いで走って、燃え上がりそうな体を冷まそうとしている。


それは私もだ。私は雫先輩を諦めない。いつの間にかそれも私の目標になっている。


雫先輩の様子は普通じゃなかった。きっと催眠術か何かで操られてる。

雫先輩を探して、助け出して、そして今度こそ私の文章を……。


「でもなんか、今は怪盗騒ぎで持ち切りだなあ」

「え、カイトウ?」


言葉がすぐ漢字にならない。回答? 解凍? もしかして怪盗なの?


「宝飾部が3年がかりで作ってた王冠が盗まれたんだって。その前はデザイナーズ同好会の作ったウェディングドレスも」

「何それ……怪盗なんてそんな、あんなの小説か漫画の中だけの存在」


「それは違うル!」


ばあん、とホールの扉を開け放つ音。私と海ちゃんがそちらを見ると。

そこには何というか、全体的に丸っこいシルエットの女子がいた。

身長は私達より頭一つ高く、体重はかなり安定感のある感じ。愛嬌の有りそうなふくよかな頬に綿あめのようにぼわぼわと膨らんだ髪。


「怪盗! それは人々のロマンだル! 月影とともに音もなく、幽霊のように金庫の扉をすり抜ける! 盗めないものが盗まれるカタルシス、それが怪盗を不滅の存在にするんだルウ!」

「あ、あの」


いきなり現れたけど誰? というかこのあいだ字森部長に乱入されてから、玄関の鍵は閉めるように気をつけてたのに。


その人はよく見れば制服を大改造している。昔ながらの缶バッヂを何枚も貼り付けて、袖やら腰回りに原色のリボンを縫い付けている。かろうじてブレザーと分かるけど、スパンコールやらラメ素材まで使ってまるで色彩の洪水だ。スカートはしっかりとノリをきかせて金属板のようで、しかも驚くほど短い。そこからパンパンに膨らんだ足が見えていて、よく見たら目に危うい人だ。


「それにあなた達! お悩み相談を部活バトルに利用しようとしてたル!」

「! 部活バトルのこと知ってるんですか!?」


海ちゃんが食いつく。ソファを降りてその人の元へ。


「情報ありませんか! 何でもいいんです!」

「それが違うル!」


と、海ちゃんを小手返しで投げ飛ばす。小柄な海ちゃんが綺麗に一回転した。たぶん手首を傷めないように自分で飛んだのか。


「部活バトルはやみくもに探っても真実になんか近づけないルウ! でもお悩み相談は悪くないル! 学園で色々な人に寄り添って、相談に乗って徳を高める! それがいつか望む場所へ至る道なんだルウ!」


びしり、と天井の一角を指す。


「な、なるほど! そうなのかも!」


海ちゃん早いから早いから感化されるの早いから。


「じゃあ! 怪盗騒ぎを解決すれば部活バトルに近づけるの!?」

「間違いないル! 学園の混乱はすべて部活バトルに集約されるんだル!」


私はおずおずと手を挙げる。


「あの……その語尾のルは何なんですか」

「これはキャラ付けだル」


それは認めるんだ。

その人は膝を少しかがめて、両拳を交互に上下に振るような踊りをする。大昔に流行ったというゴーゴーダンスだろうか。確かアニメの名前もついてたような。


「何しろ白釘部長が背が高くてワイルドで目立つから、濃いめにキャラ付けしないと埋もれちゃうんだルウ。あれでけっこうファンも多かったル。なぜか女子ばっかだったけど」

「あ、なんかわかるかも」


海ちゃんとなぜか意気投合しはじめてる。誰とでも仲良くなれる海ちゃんだからだろうか。


……ん?


今、この人……。


「さあ! そうと決まれば怪盗の次なるターゲットに会いに行くル! プラネタリウム部に予告状が来たって噂だルウ!」

「あの、ちょっと待ってください、もしかしてあなたは……」


その人は、つと私を見て。


ようやく自己紹介がまだだったことに気づき、ぽんと手を打つ。


そうだ、思い出した。白釘部長の言ってたこと。

みにのべ部には、あと一人部員が……。


「名乗りが遅れたルウ! 私はみにのべ部2年! 副部長にして部長代行、大歓寺だいかんじパルルだル!! 学園の平和を守るため! 朝から晩まで走り回ってるんだルウ!」



走り回ってたらその体型にはならない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新キャラがつょぃ! [気になる点] マッハより普通にキングゲイナーが好き。 昨日から事あるごとに福山芳樹が脳内再生される…つょぃ。
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