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第十三話


「お……お前たち」


直立して両腕を背後に、兵隊のように並ぶ部員さんたち。

でもそこには無言の抗議がにじんでいた。あんなもの・・・・・を作らせたことへの抗議だ。


字森部長はその無言の威圧に一瞬、気圧されそうになるが。


「おのれ!」


ぎゅっと白手袋を握り、並んでいた一人の頬を張る。


「!」


叩かれた部員は眼をきつく閉じて耐える。嘘、なんてことを。


「お前たち! さては俺を裏切ったか! あの正面衝突の映像で手を抜いたな! 完成度を下げたか!」


がたがた、と頭上で音がする。集まっていた観客たちが帰っていくのだ。

しかし何人かは最前列まで降りてきた。黒いシルエットになってて表情は見えないながら、架空鉄道部のごたごたを見物しようというのか。


「ちょっと部長さんやめなよ! 無抵抗の人を叩くなんてひどいよ!」


海ちゃんが止めようとする。だけど背後に寄ろうとすると大きく腕を払って牽制される。


「うるさい! これは架空鉄道部の問題だ! こともあろうに部活バトルで裏切りを働くとは!」


字森部長の理屈はおかしい。

今の勝負、架空鉄道部の用意した作品を私がアレンジして勝った。作品のクオリティはさほど関係ないし、私の目から見ても架空鉄道部の映像は完璧と思われた。

敗因はひとえにコンセプトの問題、もし責任があるとすれば字森部長だ。


……でも、並んでる部員さんたち。


字森部長は部員を端から順にはたく、そこまで全力で殴ってはいないが、大きな罵倒も飛んでいる。女子部員は涙をにじませる子もいる。


いくらなんでもおかしい……。なぜあそこまでされて黙ってるの?


そうだ、あの人たちは元々は鉄道関係の別の部の人。部活バトルで移籍させられたっていうけど、部活なんて強制できるものじゃない。

辞めることもできるし、本気で拒否したらそれまでの話のはず。


もしかして何か、約束を履行りこうさせるための手段が……?


「もうやめんね、そっちの子が泣いとろうもん」


さすがに見かねて、部長がのっそりと前に出る。


振り返る字森部長は食いしばった歯から熱い息を漏らし、誰の目にもわかるほど興奮している。あるいは自分を興奮させようとしている。


だけど白釘部長を見た瞬間、その目にわずかに「喜」の星が光ったのは見逃さなかった。


「放っておいてもらおう、白釘ケイ」

「やりすぎばい。暴力は女神が悲しむとよ」

「暴力? 俺は指導しているだけだ。先に許しがたい裏切りをやったのはこいつらだからな。それは女神への侮辱だろう。それとも、こいつらの解放を賭けて俺と勝負するか」


もはや駅員さんの慇懃な口調も放り出し、野犬のような目で睨んでくる。

その目は何をかいわんやだった。白釘部長はやや歯噛みする。


「勝負なら受けんばい。その子たちを痛めつけても無駄とよ」

「ならば頭の一つも下げてもらおうか」


びしり、と指で床を示す。


「頭を下げて許しを請え、それで止めてやる」

「何の意味があると」

「俺はこの学園でもっと力をつける」


それはきっと、字森部長の本来の姿。


野心家で欲深く、激情型で自己中心的。

そして暴力性と嗜虐心サディズムに満ちた内面。そんなものを練り固めた人物。


「もっと多くの部を傘下に収め、やがて学園内から事業をおこして大成する。その計画のためにお前との因縁を精算しておきたい。俺に頭を下げろ、それでお前との上下関係を明確にする」

「……しょうもなか男やねえ」


私は部長の裾を引く。


「部長、そんなの聞く必要ないです。上でたくさんの人が見てます。この人は暴行で退学になるだけです。警察沙汰になるかも」

「どうかな」


野犬のような男は、私の声を聞きとがめてわらう。


「部活バトルはこの学園を支配する力だ! そこで勝ち続ける者は何者にも束縛されない! 俺はこのシステムを使ってどこまでも成功してみせる!」


二階席にも呼びかけるように、高らかに叫ぶ。


「そうとも! 俺はやがて学園をも掌握する! あの女神の母体である演算システムを従えて、この国に」


どん。


黒い雷・・・が。


体を突き抜けるような衝撃と音。周囲を照らす黒い閃光・・・・、そうとしか表現できないものが。


円形のスポットライト。その中心に降り立つのは黒一色のシルエット。闇を背景にしてその闇より黒い。

黒い兜、黒い鎧。黒い脚甲。鎧の腰回りはスカートのように広がっており、肩や胴回りの部分は曲線で構成されている。


そして兜の背面から黒い髪が流れ出ており、それは腰まで伸びて天の川のようにきらめく。


「……黒騎士」


二階席の誰かがつぶやく。

確かにその女性は黒騎士だ。存在のすべてでそう名乗るかのように。


「き、貴様……なぜだ」


目に見えて狼狽するのは字森部長。坂に立つかのようによろめく。


「俺は何もルール違反などしていない! むしろ違反はそこの一年だろう! 俺たちの作った作品をアレンジしただけのもので、姑息な勝利を!」

「女神はこれまでの創作すべてを記憶している。その活用は問題ない」


黒騎士が言う。その声。落ち着いていて低く静かな、鉄の塊を置くような声。


「あ……!」


私の背後で声が。同時に私も気づく。


「架空鉄道部三年、字森あざもりたすく。みにのべ部一年、言問ことといひなたとの試合締結において「先輩の露払い」という文言が交わされている。自然に解釈すれば言問ひなたが勝利したことにより、お前はみにのべ部三年、白釘ケイへの挑戦権を失ったと言える」


それはみにのべ部での会話だ。なぜそこまで細かく知ってるの? 字森部長が運営に報告していた、とか?


「その上で架空鉄道部の部員への暴行を行い、人質めいた交渉で白釘ケイに自分と勝負するよう要求した。これは勝負の約束を反故にせんとする行為である」

「そ、それは……」


字森部長は、白釘部長に頭を下げさせるのが主目的だったかも知れない。

でも黒騎士はそんなことは考慮せず、言葉のやり取りだけを見ているようだった。


「加えて先刻の勝負にて、裁定に裏工作が存在したかのような言動。部員への暴行。また架空鉄道部での日常よりの素行の悪さも把握されている。重ね重ねの愚行は女神を貶めるものである。よって」

「ひ……!」


逃げ出す。

他の部員を押しのけ、二階席の下をくぐって闇の奥へ。


没収する・・・・


黒騎士はその手を静かに持ち上げる。剣も盾も持たない、か細く見えるほどの黒い小手が静かに突き出されて。


歪みが。


風景が歪んでいる。架空鉄道部の部員が、スポットライトの輪郭が激しく歪み、正体不明の耳鳴りがとどろく。


それは直進性を持つ歪みの波。目には見えない衝撃が一瞬で字森部長に追いつき、その像が万華鏡の中にあるように歪む。

手も足も歪みの中に曖昧になり、全身の質感が失われていく。例えるなら、黒いペンキの中に色絵の具を垂らし、かき混ぜるうちにその色が黒に溶けていくかのような。


ぐわん、と脳が揺れるような衝撃。地面が揺れて立っていられない。三半規管が狂わされたのか。


そして視界の先で、闇はただ闇のまま。


そこにいたはずの字森部長は、どこに。


まさか、消え――。


黒騎士はとんと地面を蹴って飛ぶ。字森部長のいたあたりの地面に降り立ち、ひとしきり確認するように首を巡らせてから、ノミの跳ねるような跳躍で闇の奥へ消えんとする。


「ま……待って!!」


駆け出す影が。


それは海ちゃんだ。私と同じく平衡感覚にダメージがあるはずだけど、よろめきながら走り出す。

なぜ追うのかは私にも分かっていた。あの声。そして少しだけ見えた横顔。


あれは、御国雫。


私の探している人。行方不明になってる海ちゃんのお姉さん。


なぜ雫先輩がここに。なぜ黒騎士に。

字森部長に何をしたのか。なぜあの鎧を着て軽々と飛べるのか。


何もわからない。でも追わないと。


「言問さん、立てるね」


白釘部長に抱えられる。部長も焦っているのか、私をあだ名で呼ぶ余裕もないようだ。


「部長、海ちゃんを追わないと」

「分かっとうよ、でも約束してくれんね、けして黒騎士を攻撃・・しない・・・と」


攻撃……殴りかかってはいけないとか、そんな意味だろうか。確かに、手の先から衝撃を出して人を消せる、そんな力があるなら脅威だけど……。


私と部長は、足取りがおぼつかないながらも闇の奥へ進む。


本当に濃くて深い闇だ。スポットライトから離れれば床も見えない。5センチ先に壁があっても分からない。


私はふと、背後を振り向く。

そこにはドーナツ型の二階席。そして中央のスポットライトが、広大な空間にぽつんと浮かんで見えた。


奇妙だ。

この空間は地下室ではないし、ドームとも思えない。どんな形をしているの?

なぜこんなに暗いの?

なぜこんな場所に、あんなに大勢が……。


「言問さん、足元に気をつけて」


ふいに、光が意識される。


それは星明りだ。本当に暗いけれどなんとか見える。

部長はスマホを取り出してライトをつける。私もそれに習った。


そこは、港だ。


コンクリートの広がる港湾施設。いくつか倉庫のようなものがあるが、シャッターはサビに覆われて雨樋あまどいは朽ちて垂れ下がっている。何十年も使われてないように思える。


「海……?」


ライトを波音に向ける。夜の海だ。波はない。


なぜ海があるの? ここに来るまで、トラムでかなり下降した感覚があったのに。


もしくは、そう錯覚していただけ? あちこち走り回るうちに下降と勘違いを……?


「お姉ちゃん!!」


声に反応して二つのライトが動く。照らす先にいるのは海ちゃん。そして黒騎士。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんでしょ! どうして答えてくれないの!」


海ちゃんは黒騎士の鎧に取りすがっている。その声は嗚咽を帯びていて、必死そのものの呼びかけだけど、黒騎士は海ちゃんを見るどころか、彫像のように微動だにしない。


その黒い目が。

星空を閉じ込めたような黒真珠の瞳が、私たちを見ている。


「言問さん」


部長がつぶやく。


「部長……?」

「覚えておくとよ。黒騎士はシステムの奴隷。システムの維持のためだけに動いている。あの顔が知り合いに似とうね?」

「は、はい、似てるというより……本人としか」

「誰でもそうたい。黒騎士はいつも知人の顔をして現れると。それは、この六沙学園を作ったのが悪魔だからかも知れんよ。悪魔は常に、汝の隣人のように振る舞うと」


悪魔……?

その突飛な単語に思考が追いつかない。


あの黒騎士の顔。

ライトを当ててまじまじと見ればやはり間違いない。中学で同じ文芸部だった雫先輩。あまり特徴のない顔ではあったけれど、別人とは思えない。


それが、悪魔の仕業?

私が雫先輩と再開したこと、海ちゃんがお姉さんを見つけたこと、それが大いなる悪意?


分からない。何一つ。

事態はあまりに複雑で、巨大で、深淵で、底が知れなくて……。



「まず言葉ありき、言葉は神とともにあり、言葉は神である」



部長の独り言のような言葉。それは確か新約聖書、ヨハネによる福音書……だったかな。


世界の全ては言葉ロゴスによって認知される。言葉とは理論ロジックとも言える。すなわち言葉とは法則であり、この世を司る力である。そんな解釈を見たことがある。


そう、この不可解な状況だって、夢や幻覚ではない。何かしら理屈があって動いている。


じゃあ、黒騎士の行動にも理屈が。


「……っ!」


そこで気づく。黒騎士は一足で何メートルも跳躍できた。海ちゃんは足が速いけれど、振り切ろうと思えば簡単だったはずだ。


そして黒騎士の目。その瞳が向く先は……白釘部長。


「白釘ケイ」


その薄紫の唇が、乾いた声を放つ。

夜のさざなみを横に聞き、私はようやっとそれを理解した。




黒騎士は、私たちをここへ誘い出したのだと……。


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