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第十一話



まあ何というか色々おかしかったなあ、と……。


自慢じゃないけれど私は地味で退屈な子だと思う。人前でほとんど喋らないし、いつも身を縮めて歩いてるし。


そんな私に字森部長が声をかけてくれたのは、私から見るとすごく怪しく思えてしまう。

それはひねくれた考え方かな、本当に好意から声をかけただけかも。そう思ったので部室まではついていった。

そこで確信してしまった。


あの部はあまりにも立派すぎる。模型もそうだし展示物も駅弁も。

その部が架空鉄道だけを名乗ることに違和感があったのだ。


「あん男はけっこう悪そう(悪いやつ)でね。部活バトルを悪用しとったとよ」

「ほへ?? 悪用」


海ちゃんが両頬を平手で押しつつ言う。赤ちゃんみたいにもちもちの肌だ。


「あの部長さん、部活バトルで他の部を潰して部員を集めてたんですね……」

「ええええっ!?」


海ちゃんは椅子を蹴倒して飛び上がる。


「そうたい、よく気づいたと」

「変だと思いました。生徒数が一万人を超える六沙学園で、鉄道関係の部で検索して架空鉄道部しか出てこ・・・・・ない・・のはおかしいです」


部長さんは煮しめたゴボウを噛み砕いてうなずく。何やら楽しんでる雰囲気。


「つまりあの部の部員はよそからかき集めたものですね……。鉄道研究会、鉄道模型部、もしかして鉄道写真部とか駅弁研究会とかもあったかも」

「鉄道コージェネレーション研究会、のりてつ部、鉄道夜景部なんかもあったと。あの部は8つの部を潰して作られとるとばい」


すごい話だ、いったい何人の生徒が涙を呑んで移籍したんだろう。


「最初に襲われたのは鉄道模型部、立派な模型が自慢の部やったばい」


あのホールケーキみたいな建物の本来の主だろう。


「勝負のきっかけは知られとらんけど、字森は部活バトルであの場所を架空鉄道部にした。鉄道関係の部は横のつながりが強かからね、次から次とかたき討ちのように他の部が挑戦状を叩きつけて、根こそぎ負けていったとよ」

「ほへえええ、じゃああの人、めちゃくちゃ強いんじゃ」


あの人のシャチホコばった姿、形の整えられたコートと官帽、それもなんだか騎士の鎧のように見えてくる。

そして今更ながらに彼から感じていたものが理解できる。全身の毛穴から吹き出すような自信のオーラを。


「部長さんはどういう恨みを?」

「あんまり目に余ったけんね、勝負を挑んだとよ。字森が勝てばAクラス食券500枚。私が勝てば一年間の部活バトル禁止、あんた自身は架空鉄道部としての活動しか許さん、そう言うたと」


Aクラス食券500枚。一枚2000円ぐらいだとすると百万円。すごい話だ。

きっと勝負は燃え上がったのだろう。鉄火場のようなひりついた空気が流れただろうか。


「ほへー、それで部長が勝って、その要求を……何だっけ」

「一年間の部活バトル禁止と、架空鉄道部の活動しか許さんち言うたとよ。字森は実は、鉄道マニアですらなかって噂もあったとよ」


鉄道関係の部から鉄道会社に入社する人は多いと聞くし、名門校なら実はエリートの集まりだろう。そこを統合して掌握し、さらに大きな範囲に野心の腕を伸ばそうとしたのか。


そして今は、架空鉄道の駅員として学園内を歩き回っている。もし鉄道マニアですらないなら、さぞ屈辱の日々だろうなと思った。


「んーとヒトコト、じゃあなんで私達に声をかけたのかな」

「さあ……白釘部長から部員を奪いたかったのか、それとも私達を誘拐でもして、部長と再戦するための人質にしようとしたのか……あの、部長、その一年間の部活バトル禁止って」

「ちょうど一年前の話たい」


じゃあやっぱり、白釘部長との再戦を……。


「おおむねその通りだ!」


だん、と扉を開いて、現れるのはマオカラーコート。


「ほへ? もしかして架空鉄道部の部長さん?」


海ちゃんが椅子の背もたれ越しに背面にのけぞる。

足音はしなかった。部屋に堂々と入ってきた割にはここまでは抜き足差し足で、しかも盗み聞きしてたんだなあ……意外とやることが、その、細かいというか。


「だが一つ訂正しておこう! この字森あざもりたすくが部を拡大させていたのは総合的な部の完成のためだ! 鉄道関係の部が全て集まって大きなことを成し遂げる! それは非難される謂れはない!」


びしり、と白い手袋が白釘部長に向けられる。


「それをこの白釘ケイに邪魔された! 彼女こそが自由闊達な部活バトルを妨げる「悪」だ!」


うわあ、ものは言いようというか勝者の論理というか。

この人からは本当にそう見えているのだろうか?


「駅弁うまかったばい、他のもあったら持ってきてくれてよかよ」


部長は突然の乱入にも慌てず、椅子を後ろに傾けて長い脚をのっそりと組む。


「でも女の園に勝手に入ってくるのは感心せんね。着替え中やったらどうすると」

「ふん、ずいぶんと余裕だな!」


字森部長はいちど白い手袋を下ろして。


「白釘ケイ! 一年前の屈辱を晴らすため、お前に部活バトルを申し込ーーーむ!!」


再度、手袋に覆われた指をびしりと突きつける。


……。

なんだろう、いちいち動きが漫画のコマみたいというか、ポーズをつけてる感じがあって少し恥ずかしい。


「断ったら?」

「ふふん、お前たち、三人とも駅弁を食べたようだな」


駅弁?


「その中にはある種類の菌が混入されている。学内に抗菌薬は存在しない」


字森部長はポケットに指を突っ込み、指の股に三本の小瓶を挟んで抜き出す。


「この解毒薬を48時間以内に飲まなければ、死にはしないだろうが高熱に嘔吐に激しい下痢に襲われる」


……。


ぱくぱく。と海ちゃんは炊き込みご飯を食べ進める。


「おい、そこの女子、聞いてるのか」

「いや、その薬飲めば大丈夫なんでしょ。このお弁当おいしいし」


部長も食べる手を止めない。小梅をがりっと噛んで快活な笑顔。


「こら! 分かっているのか! その中には病原菌がだな」

「こちとら半分腐ったもんぐらいよう食べとるばい。菌ごときにやられる胃腸しとらんと」

「いや、そういう腐ったものの菌ではなくて……」


私はさすがに食べる手は止めたけど、だからって信じろと言われても無理な話だ。


細菌を食べ物に混ぜるのは簡単じゃないし、持ってるのはただのガラス瓶だ。とても医薬品には見えない。


何よりそれが本当ならただの犯罪だし、あまりに現実感がない。


「私が勝負を受けます」


つぶやきに、字森部長はいま私に気づいたかのように首を向ける。


「君がか」

「というより部長の露払いに私から挑みます。私に勝ったら次は部長に挑んだらいいです、そのかわり薬はいまください」

「う、うむ、まあ約束するなら……」


手袋から瓶を受け取る。


「それと、私が勝ったら架空鉄道部の持ってる学園内の地図データをください」

「地図データ? いや、あれは我々部員が苦労してすべての建物から集めたもので……」

「何も賭けないでやりたくないです。こちらからはAクラス食券20枚で、じゃあこれで成立ですね、もう帰ってください」

「あの……いや、その」

「海ちゃん、一緒にお見送りしよう」

「そうだね」


私はコートの背中をぐいぐい押して、部長さんを外へ外へと追い立てる。後ろから白釘部長もついてきてた。


追い出して、分厚い扉をばたんと閉じて、かんぬきをかけてふうと息をつく。


「どしたと、おかんむりやね」


部長さんは愉快そうに笑っている。私はガラス瓶の一本を部長さんに渡した。海ちゃんにも。


「部活バトルの目的って分かってないんでしょう? でもあれは、自分のわがままを押し通す道具じゃないと思います」

「そうやね」


確かに部活バトルは生徒同士のギャンブルでもある。でもそれだけに活用されるのはひどく心外に感じる。あれだけの施設を、システムを、たくさんの生徒の立ち会いをギャンブルとだけしか認識しないのは間違ってる。


それはきっと白釘部長もだ。鉄火場に生きてそうな雰囲気のある部長、部活バトルが純粋なキャンブルなら、部活の統合ぐらいでそれを止めるとは思えない。


要するに私も部長も、あの駅員コスプレ部長さんに腹が立っていたのだ。部活バトルをひどく卑小なものに扱われた気がして。


「でもでもヒトコトー、大丈夫なの? あの人連戦連勝だったって言うよ。うちらまだ一試合しかやってないし」

「部活バトルって……経験も大事だけど、それだけじゃないと思うの。言ってみれば生きてきたすべてをどう生かすかの勝負。女神ミューズにそれを引き出してもらうのが鍵……」

「ほっほう」


白釘部長が、今度ははっきりと感嘆を示してくれる。


「ヒトコト、あんた本当に部活バトルに向いとるかもしれんね」


そうだといいのだけど。


私は小瓶の中の液体を飲んだ。生ぬるくておいしくない。嚥下する勢いでもやもやした感情を胃の奥に落とす。


と、そこで気づく。

ただの小瓶かと思ってたが、よく見るとすごく小さなシールが貼ってある。細長くてお刺し身に添えてある大根の細切りみたい。


何か書いてある。英語だ。ニューキノロン系抗菌薬。


ニューキノロン系薬剤、それは何かで読んだような、たしか、コレラの処方薬で……。


まあいいや。

 

あの部長さんの与太話は信じないと決めたのだし、もう薬とやらも飲んだし忘れよう。


こんなとこで、もたもたしてられない。


慎重に進める暇はない。


御国雫。


私と海ちゃんの探してる人。それに出会うために。


きっと、数えきれないほどの勝利が必要なのだから。


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