第十話
「こちらへどうぞ!」
その人は、つまり架空鉄道部部長、字森先輩はバサリと合羽を脱ぎ、壁の突起にかける。同じような合羽が何着か並んでいた。
そこは春エリアの片隅、外観はホールケーキのような形をした平べったい建物だ。中は外周があって、内側に大きな円形の空間がある。明らかに何かの展示室という印象だ。
「みんな! 我が部に見学者が来てくれたぞ!」
そこにはやはり詰め襟のコートを着た男子生徒たち。みんな私を見ると素早く前に出てきて一列に並ぶ。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ架空鉄道部へ」
「歓迎させていただきます」
「ど、どうも」
私は何とかそれだけ返して空間の中を見る。降り注ぐ白色LEDの光に照らされて、まず目を引くのは模型である。
全体が春夏秋冬に塗り分けられた島。広大な敷地にはたくさんの建物が並び、大きな森や岩場、島の周囲には養殖場まである。
とても大きな模型だ。直径は5メートル以上あって中央部分がよく見えない。周りにテニスの審判が使うような椅子があるけど、あれに座って見るんだろうか。
みにのべ部の部室もあった。春エリア、桜の咲くあたりにぽつんと存在している。あの大きな洋館がこのサイズだから、学園の巨大さが分かる。
「すごい模型ですね……でも、これ」
線路が走っている。
みにのべ部の前にも線路があり、駅舎もあった。桜の中を縫うように走る軌条を、消しゴムほどの電車が走行している。電気仕掛けみたいだ。
「ええ! 自慢の鉄道模型ですよ! 我が架空鉄道部における理想の姿を表現しております!」
字森先輩はやはり大股で歩き、壁に飾られた絵を指差す。それは何かの図案のようだった。
「これは六沙鉄道会社のマークです。こちらは鳥納中央駅のマーク。六沙鉄道会社は古くはこの学園の造成のための工事用路線でしたが、学園の成立とともに客車を充実させて今の形に……」
と、部長さんは他の部員たちに向かって手をかざす。
「みんな! お客さんを立たせておく気か! 席にご案内して! 食べ物でも差し上げなさい」
「いえ、そんな」
「お客さんこちらへ」
出てきたのは女子部員が二人。ぐいぐいと腕を引かれて、ガラスのローテーブルの前に座らされる。すぐに出てきたのはなんと駅弁だ。
「どうぞ、秋エリアにて販売しております香七彩弁当です。売上ナンバーワンなんですよ」
「え、いえ、そこまでしてくれなくても」
「ではお土産にいかがです?」
と、三箱も渡してくれる。というかこれって本当に売ってるの? それとも趣味で作ってるの? 確かに女子部員はエプロン姿だったけど。
よく見ると壁はグッズでいっぱいだった。乗務員の制服らしきもの、駅の看板、シートの実物もあるし、レールや遮断器まである。
でもやっぱり、一番すごいのはこの模型だ。
とても緻密で丁寧に作ってあるし、鉄道が違和感なく溶け込んでる。私は椅子から立ち上がって模型に近づく。
「これが……つまり架空鉄道なんですね」
「そうです! 架空鉄道とは紙とペンだけで行うこともありますが、我が部ではこのように模型で表現しています!」
大きな講義棟から学生寮へ、さらに購買施設に線路が伸びてて、確かにここに鉄道があったら便利だろうなと感じる。学内トラムも便利だけど、これはさらに痒いところに手が届く感じだ。
「ご覧ください! この千島学舎から菜座海岸に流れる路線を! ここは学園内でも特に風光明媚な場所でして、祝祭日には観光列車も走るのです」
「へえ……すごく、丁寧に作ってますね」
実際にミニチュアの電車も走行している。じっと見ていると、その電車の中から海を眺めてるような気分になる。
「ここも素晴らしい! 朝に混雑する第一講義棟前では2分おきに電車が到着します。待避線を駆使しながら限られたスペースで4路線が離合するさまはまさに芸術です!」
私の見てる先で電車がきびきびと入れ替わる。色分けされた電車がまるでスライドパズルのように入り乱れて、連結したり離断したりしつつお客を運ぶ。
「どうですか! 架空鉄道はその土地の理解を深めると同時に、無から有を生む新たな価値の創造なのです! 現実の都市開発、観光振興にも活用できる取り組みだと思っております!」
確かに……ここまで作り込まれた世界観を見せられると、意義もあるような気がしてくる。
「新入生の部活動勧誘期間は過ぎましたが、我が部は随時募集中です、あなたもいかがですか!」
「え、でも」
「我が部は高い結束が自慢なのです! 入部していただければカリキュラムと試験への協力も得られます! イベントも多く毎日が楽しく、また人脈づくりにも大いに役立つでしょう!」
「でも、その」
どうしよう、別に私は見学に来たわけじゃなくて、この部から学園内の地図データを貰いたいだけなんだけど、そうとは切り出しにくくなっちゃった。
もう私はみにのべ部に入ってるし、まさか怒り出したりしないとは思うけど。
「しかし一年生は部活動が半強制ですからな、すでにどこかに入部されているでしょう!」
字森先輩は私の言いたいことを先回りするかのように、胸を張ったまま言う。
「しかし! 最近は心無い部があるとも聞いています。ほとんど活動実態がなくだらだらと過ごす部や、そのような部を単なる腰掛けとして活用し、青春を無為に過ごす新入生がいるのです! 我々はそのような部に新入生が捕らわれることを危惧しています!」
「…………」
「人生を左右するとも言える六沙学園での部活動! ほんの数週間で決めろと言う方が無理な話でしょう! 我々は他の部からの転入も快く受け入れています! 今日決めてくださいとは言いません! どうぞ入部届だけ持ち帰り、ご検討いただきたい!」
「あ、そ、それなら……」
よかった、さすがに無理やり入れとは言われないようだ。
部員には一年らしい人も多いし、女子部員も少なくなさそうだ。部員には困ってないんだろうか。
「まだまだ見せたいものはあるのですが、一度にたくさん見ても疲れてしまいますね! また後日、見学だけでも来ていただけますか!」
「は、はあ……はい」
部長さんは満面の笑みになり、また私の手を取ってぶんぶん振る。
「ありがとう! また来ていただける日を待っています! おいみんな、全員でお見送りだ
!」
「はい」
「了解です」
そしてあちこちの部屋から廊下の奥から、出てくる部員さんは20人あまり。
ホールケーキのような建物の前にずらりと並び、このときは小雨に濡れながら笑顔で手を振ってくれた。
かなり圧倒されてしまったけれど、私は何とか笑顔を返し、架空鉄道部を後にしたのだった。
※
「ふーん、架空鉄道部かあ」
その足で部室に向かい、海ちゃんに見学のことを話す。
「聞いたことない遊びだね、公式な部なのかな?」
私はタブレットを操作、生徒向けの部活動一覧を呼び出し、鉄道関係というワードでソートする。候補が一件だけ出てきたので海ちゃんに向ける。
「ほんとにあるんだ、へー」
「六沙学園の模型があったの。学園の地理に詳しいみたいだし、部活バトルがどこで行われてるか知ってるかも」
「にゃるほどー」
海ちゃんと一緒に駅弁をいただく。たくさんの椎茸と鶏肉をいっしょに煮たもの、むかごと銀杏の炊き込みご飯、栗の形に成形されてるのはマロンケーキのチョコがけだ。原価も手間もかかってる。
「あ、でもその部、私も誘われたことあるかも。海岸に沿って撮影してるときに声かけられたの。散歩なら我々と一緒にどうですかって。忙しかったから断ったけど」
「そうなんだ……熱心だね」
「ん? もしかしてヒトコト、架空鉄道部に転部とか考えてる?」
「ううん」
私は首を振る。あそこは少し体育会系のノリで私に向いてなさそうだし、私はやっぱり物書きに関係のある部にいるべきだと思うし。
……それに。
「うまそうな匂いがするばい」
のっそりと現れるのは白釘部長。今の今まで寝ていたのか、後ろ髪が跳ねてるし目にもクマがある。セーラー服も背中側がシワになってそうだ。
「部長もどうぞ、いただきものですけど」
「駅弁ね。風流なもん食べとうね」
部長も私達と一緒にテーブルにつき、紙の包装をがさがさと剥がす。
「部長、部活バトルって私達が誰かに申し込むこともできるんですか?」
「できるばい。申し込んだらタブレットでこの番号に電話をかけると」
部長さんは箸にお茶をつけて、テーブルに数字を書く。行儀悪いなあ。
「電話口で自分と相手の名前を伝える。運営が相手に電話をかけて、確認を取って勝負が成立するけど、電話は行かないことが多い」
「ほへ?」
海ちゃんが首をかしげる。
「なんでですか?」
「運営はすでに勝負の成立を知ってることが多かからやね。私も確認の電話が来たことは一、二回ばい」
部活バトルの運営……やっぱりすごい情報網を持ってるのか。それとも学園内にある無数の防犯カメラを利用してるのか。
それも気になるけど、今はそれより先に。
「海ちゃん。部活バトルやることになるかも」
「わ、もしかして架空鉄道部の部長さん? ヒトコトってわりとダイタン!」
しょうがない。今回はどう転んでもそうなる気がする。それならこっちから動いたほうがいい。
そして一つだけ、確認しておかないと。
「部長」
「うん?」
「字森匡って人から、恨みを買ってますよね……?」
部長はその名前ではっとこちらを向いて。
箸を咥えたまま、何とも言えぬ嫌ーな顔になったのだった。