320. 接客準備は万全のようです(給仕役:従魔たち)
【小屋】の中は快適度が増しているようです。
年度末で何かと仕事が立て込んでいるため、
投稿タイミングが乱れます。
すみません。
第四章 氷雪の国と不良王子(320)
(アンソロ編・首都セリオン)
320.接客準備は万全のようです(給仕役:従魔たち)
「ウィン殿、この小屋に入れというのか?」
砦の上に突然現れた【小屋】に驚きながらも、アルムさんはそう尋ねてきた。
あれっ、アルムさんって【小屋】、見たことなかったっけ?
商人ギルドの裏庭に出した時は・・・まだアルムさんに出会う前か。
砦の手前に出した時は・・・アルムさんがスタンピードに突っ込んで行った後だったな。
それなら説明が必要だよね。
「アルムさん、この中に入るとセリオンの商人ギルドの裏庭に出ることができます。」
「ウィン殿、言ってる意味が理解できないのだが。」
事実を端的に伝えてみたが、これでは説明不足らしい。
僕は少し考えて言い方を変えてみる。
「ええっとそうですね。転移門みたいなものだと思ってください。」
「ウィン殿、転移門とは?」
この世界に転移門って存在しないんですね。
じゃあ確実にあるもので説明するしかないか。
「この中に転移陣があると思ってください。」
「なるほど。しかしこんな小さな小屋にこの人数は入らないのでは?」
「大丈夫です。この中は異空間で広いですから。」
「ウィン殿・・・異空間とは?」
今度は異空間が理解できない感じ。
異空間ってどう説明すればいいんだろう。
そんなことで悩んでいると、
「アルム、ウィンがすることにいちいち質問するな。ウィンの説明は聞けば聞くほど分からなくなる。ただ黙って言う通りにすれば良い。」
ルルさんが会話をぶった斬った。
僕とアルムさんの問答に痺れを切らしたのだろう。
でもルルさん、その言い方って僕の説明能力をディスってませんか?
まあ能力不足については否定できませんが。
「ほら、全員この中に入れ。」
ルルさんが自ら【小屋】の扉を開け、アルムさんと騎士団員たちに命令口調でそう告げた。
アルムさんとヴォルグさんが半信半疑の表情を浮かべながらも扉をくぐると、騎士団員たちはその後に従って【小屋】の中へ入って行く。
最後尾に串焼きを持ったままのリベルさんがいた。
「ウィン様、私も中に入ってよろしいのでしょうか?」
全員が【小屋】の中に入るのを確認していると、僕の斜め後方に控えていたフェイスさんがそう尋ねてきた。
「もちろんいいよ。」
「ありがとうございます。」
わざわざ確認してきた意味が分からず、振り返ってフェイスさんの顔を見ると、にっこりと微笑まれた。
この笑顔はあれだ。
何かいいことがあった時の笑顔だ。
フェイスさんにとってのいいことって、基本的に諜報関連・・・
あっそうか。
フェイスさん、【小屋】に入るの、初めてなんだね。
僕の能力に関する新しい情報が得られるので、ストーカー・・・いや諜報員として喜んでるんだね。
そんなことを考えていて、ふと重大なミスを犯していたことに気が付いた。
従魔たちのこと、説明してない。
まずいかも。
魔物と間違われて【小屋】の中で騎士団と戦闘になってたりして。
僕は慌てて【小屋】の中に飛び込んだ。
フェイスさんも後に続く。
そしてそこに広がる光景を見て我が目を疑った。
「ウィン、何を慌てている?」
「ウィン殿、ここは素晴らしいな。このリョクチャという飲み物もなかなか良い。」
ルルさんとアルムさんがソファに座ったままで飲み物を飲んでいる。
僕が【錬金】で作った湯呑み茶碗で。
テーブルの上には小皿に載せたアップルパイも並んでいる。
(もちろん小皿も僕が【錬金】で作った。)
さらに奥の方を見ると、ヴォルグさんと騎士団員たちがダイニングテーブル周りの椅子やソファに座っていた。
背筋を伸ばして、かなり緊張している様子だ。
「あるじ〜、遅かったね〜。先に始めてるよ〜」
ディーくんの飲み会に遅れて来た人にかけるような言葉に我に帰ると、従魔たちがちょこまかと動き回っているのが目に入った。
どうやら騎士団の皆さんに飲み物やアップルパイを配膳して回っている模様。
タコさんは8本の足を器用に使って、
スラちゃんは頭の上から触手を伸ばして、
コンちゃんは蔓状の両手をうまく巻き付けて、
ラクちゃんは糸をお盆のような形にして。
ハニちゃんは飛びながら急須からお茶を注いで回っている。
ウサくんは・・・アルムさんの膝の上で聖薬草をもぐもぐしてる。
【小屋】の中は、高級ホテルのロビーにあるカフェのような状態になっていた。
「ディーくん、それ、緑茶?」
「そうだよ〜」
「どうやって手に入れたの?」
「【庭】で栽培してるよ〜」
「え〜と、そこもう少し詳しく聞きたいけど・・・まあ後にするとして、そのアップルパイは?」
「サインちゃんに焼いてもらったよ〜」
「サインちゃん?」
さてどこから突っ込めばいいのやら。
お茶の葉の栽培はできるかもしれないけど、緑茶の製造ってそんなに簡単じゃないと思うんだけど。
それにいつの間にサインさんと交流してるのかな。
何よりこの準備のよさはいったい・・・。
「あるじ〜、お客様の接待準備は家を預かる者として基本だよ〜」
うん、もう何も聞かないでおこう。
【小屋】と【庭】の運営は完全に従魔たちの管轄だし・・・。
ディーくんはこの【小屋】の有能な執事ということで自分を納得させよう。
「ウィン、突っ立ってないでここに座れ。フェイスも早く。」
日頃から従魔たちともう少しコミュニケーションを取るべきかなとか考えていると、ルルさんから着席の指示が出た。
僕とフェイスさんは素直にルルさんとアルムさんの向かいのソファに座わる。
すかさずタコさんが湯呑みと小皿を僕たちの前に置き、ハニちゃんが緑茶を注いでくれる。
「ウィン殿、『異空間』というのは凄いな。あの小さな小屋の中にこんなに広い部屋があるとは。」
僕がお茶を一口飲んだところでアルムさんが話しかけてきた。
「ご理解いただけました?」
「理解はできないが、凄さは分かった。」
「アルムさん、従魔たちを見て驚きませんでした?」
「私は大丈夫だ。すでにディーくん殿とウサくん殿を見ていたからな。ヴォルグたちはかなり焦って陣形を組もうとしたが、ルル殿が止めてくれた。」
そうなんですね。
ルルさんもたまには戦闘以外で役に立つこともあるんですね。
でもヴォルグさんたち、むちゃくちゃ緊張してるみたいですけど。
ああ、騎士団の中に魔物鑑定持ちがいると。
それで慌てて従魔たちを鑑定してしまったと。
それなら納得です。
星3つとか、星4つの魔物が至近距離にいれば生きた心地がしませんよね。
「ウィン様、いくつか確認してもよろしいでしょうか?」
僕の隣で緑茶を飲んでいたフェイスさんが、僕とアルムさんの会話が途切れたタイミングで質問してきた。
「遠慮なくどうぞ。」
「この部屋は外から見た広さの20倍くらいあるように見えますが、これが限界でしょうか?」
「いえ、もっと大きくできますよ。」
「どれくらいまででしょうか?」
「やったことがないので分かりません。ちなみに地下と2階と庭もありますよ。」
僕がそう言うと、フェイスさんの目が少し見開かれた。
うん、諜報ギルドのエースの感情を乱すのって、なんかちょっと嬉しい。
来週は2話お届けできるよう頑張ります。




