319. どこまで真実かよく分かりません(『七神龍に愛されし者』:ウィン)
吟遊詩人のパサートは、トリックスターなのか、ラスボスなのか。
ヴォルグ騎士団長の要件も判明します。
第四章 氷雪の国と不良王子(319)
(アンソロ編・首都セリオン)
319.どこまで真実かよく分かりません(『七神龍に愛されし者』:ウィン)
「『龍』の文字が抜けておりますな。」
突然背後から響いた声に対して騎士団員たちの反応は早かった。
すぐに後方を向いて散開し、剣を構えた状態でパサートさんを取り囲む。
さすがに鍛えられているなと感心しつつも、これはまずいと思い直した。
「ダメです! 攻撃しないで! 知り合いです!」
詳しく説明する時間はなかったので、とりあえずそう叫んだ。
しかし、騎士団員たちは剣を構えたまま突然現れた不審者を睨みつけている。
まあしょうがないよね。
この吟遊詩人、怪し過ぎるし。
でも下手に攻撃してしまうと怪我人が続出するかもしれない。
パサートさんが転移で逃げてくれればいいけど、反撃されたら騎士団員といえども瞬殺されるだろうから。
「総員、剣を引け。」
ヴォルグさんがそう叫ぶと、ようやく騎士団員たちが構えを解き剣を収めた。
さすがに団長の指示にはすぐに従う。
でも視線はパサートさんに留めたままだ。
「パサートさん、まだいたんですね。」
「もちろんです、ウィン様。おかげで面白いものを拝見せて頂きました。光の勇者まで進化させるとは、お見事でございます。」
パサートさんはそう言うと、パチパチパチと拍手をしてみせた。
しかし周囲の緊張感は張り詰めたままだ。
ルルさん、アルムさん、フェイスさんも警戒を解いていない。
リベルさんは・・・まだ串焼きをもぐもぐしている。
「『龍』の文字が抜けてるとはどういう意味ですか?」
「文字通りですよ、ウィン様。本来の二つ名は『七神龍に愛されし者』でございますので。」
「それはあの『七龍の勇者の物語』に関係してるんですか?」
「さてそれはどうでしょうか。時と時、世界と世界、物語と物語の繋がりは奇妙で微妙で複雑なものですからね。」
パサートさんはそう言うと僕の目を見つめてニコリと笑った。
「パサートさん、もう一つ質問してもいいですか?」
「何なりと、ウィン様。」
「以前言ってた再生率ですけど、今はどれくらいですか?」
「フフフ、そう来ましたか。まあお互いに2割未満ってところでしょうか。」
「お互いってことは僕も2割未満?」
「そう見えますが、世界には見える部分と見えない部分がありますからね。それに私の言葉が必ずしも真実とは限りません。」
パサートさんって、相変わらず存在も言葉も掴みどころがない。
話せば話すほど、思考の迷路に迷い込んでしまいそうだ。
『七龍の勇者の物語』にしても、パサートさんが仕掛けたトラップの一つかもしれないし。
「ウィン様、そろそろ時間切れのようです。私はこのあたりで退場させて頂きます。まだいろいろな準備もございますので。世界樹が2人の糸を再び結ぶ日を楽しみに。」
パサートさんはそう言って軽く一礼するとそのまま空気に溶け込むように消えてしまった。
「総員、警護体制に移行。」
パサートさんの姿が消えると同時に、ヴォルグさんの指示が飛ぶ。
騎士団員たちは目の前の出来事に動揺することなく、すぐに僕たちを囲む位置に移動し、周囲を警戒する陣形を敷いた。
「ウィン殿、パサートとは何者ですか?」
ヴォルグさんは騎士団員たちの配置を確認した上で僕に話しかけてきた。
「自称吟遊詩人の魔族です。危険な魔法を使います。それ以上は分かりません。」
「魔族ですか。転移以外にも危険な魔法を?」
「はい。攻撃するとすべて自分に跳ね返ってきます。」
「それは魔法だけでなく物理攻撃も?」
「はい。」
「攻撃全般を反射する能力など聞いたこともありませんが・・・」
そうなんですね。
僕が魔法について知識が足りないせいで理解できないのではなく、この世界の人たちでも分からないと。
「ヴォルグさん、【万物流転】という魔法を知ってますか?」
「いえ、初めて聞く魔法ですね。パサートはそれを使うと。」
「確信はありません。彼が語った物語の中にその魔法が出てくるんです。世界の理を改変する魔法だそうです。」
「世界の理を・・・・・そんなものが実在すれば国にとって、いや世界にとって大きな脅威になります。」
「そうですね。まあ効果範囲は狭いようでしたけど。それに物語の中の話なのでどこまで真実が含まれているのか分かりませんし。」
そこまで話すと、ヴォルグさんは口を閉ざし考え込む表情になった。
「狼騎士団長、曖昧な話で悩んでも時間の無駄だ。向かってくれば倒せば良い。そうでなければ放置だ。」
「聖女様、しかし・・・・・」
ルルさんの思考はいつも通り単純明快だ。
でも一国の騎士団長であるヴォルグさんからしたら、そんなふうには割り切れないんだろう。
「ヴォルグ様、今のところあの魔族から敵意は感じません。確かなことは彼がウィン様のストーカーということだけです。」
「フェイス様、ストーカーとは?」
「特定の人物に強い興味を持ち、常に観察し関わりを持とうとする者のことです。」
フェイスさん、ストーカーのことをよく理解されてますね。
まあご自分のことでもある・・・・・
僕はそこまで考えて、強烈な殺気を感じて思考を止めた。
ノールックでこれほどの殺気を飛ばせるなんて、フェイスさん、凄すぎます。
「ところでヴォルグ、何か私に用があったのではないか?」
「アルム様、申し訳ありません。いろいろあり過ぎて肝心の用件を伝えておりませんでした。」
「わざわざ騎士団長自ら伝えに来るとはどんな用件だ? 他のスタンピードの討伐依頼か?」
「いえ、獅子王様からの御下命です。直ちに王城に登城するようにと。」
その言葉を聞いてアルムさんが目を見開いた。
実の父親とはいえ国王陛下からの呼び出し。
驚くなという方が無理だろう。
アルムさんは心を落ち着かせるようにしばらく間をおいてから口を開いた。
「ヴォルグ、呼び出しの理由は把握しているか?」
「それは伺っておりません。」
「そうか。ならばすぐに王城に向かおう。」
「ありがとうございます。我々外征騎士団が同行させて頂きます。」
「馬は?」
「申し訳ありません。疲弊が激しく今回は徒歩での移動になるかと。」
ヴォルグさんの申し出を聞いてアルムさんがちょっと困った顔になった。
騎士団長のヴォルグさんからしたら王命である以上、登城要請を伝えてあとは勝手に行ってくださいという訳にはいかないだろう。
王城まで同行するのは当然の任務だ。
「騎士団と一緒なら2日はかかるな。」
「急げば1日半くらいかと。精鋭を揃えておりますので。」
「騎士団員は20名くらいか。」
「はい。」
アルムさんとヴォルグさんのやり取りを聞いて、アルムさんが何を考えていたか理解できた。
アルムさん、僕の【転移陣】ですぐに移動するつもりだったようだ。
「ウィン殿、先にアンソロに戻っておいてもらえるか。私はヴォルグたちと一緒に戻る。」
「アルムさん、その必要はありません。皆さん一緒に移動できますよ。」
「しかし、ウィン殿の【転移陣】では何往復もさせることになるのでは?」
「大丈夫です。他の手段がありますから。」
僕の言葉にアルムさんは眉を寄せ、わずかに首を傾げた。
お読みいただきありがとうございます。
次回投稿は来週になります。




