317. やっぱりもふもふは正義?(百獣のもふもふ王:アルム)
メルさんがあっさりアルムさんを受け入れます。
きっかけはもふもふ。
第四章 氷雪の国と不良王子(317)
(アンソロ編・首都セリオン)
317.やっぱりもふもふは正義?(百獣のもふもふ王:アルム)
「ウィン、何なの、その可愛いクマのぬいぐるみは?」
進化したディーくんのステータスに気を取られていると、メルさんからそんな発言が飛び出した。
そう言えばメルさん、ディーくんに会うの初めてだったっけ。
ていうか従魔を見せた記憶がないな。
でもメルさん、確かに見た目は可愛いかもしれないけど、中身は超凶悪ですよ、そのぬいぐるみ。
「メルちゃ〜ん、ぬいぐるみじゃないよ〜。ディーくんだよ〜」
ディーくんがメルさんの言葉にクレームをつけた。
ディーくん、初対面のメルさんのことも『ちゃん』付けなんだね。
まあ初対面のアルムさんのことも『くん』付けだったしね。
「きゃ〜、何これ、可愛過ぎるんですけど。」
ディーくんの抗議を受けて、なぜかメルさんの反応がさらにヒートアップ。
そしてディーくんに駆け寄り両腕を広げて抱き締めようとする。
スカッ。
メルさんの両腕は見事に空振りした。
抱きつかれる寸前にディーくんが転移で逃げた模様。
メルさんはディーくんを見失ってキョロキョロしている。
「あるじ〜、アレ、相手しなきゃでダメかな〜?」
「別にいいよ。」
僕の背中に隠れるように転移したディーくんが尋ねてきたので、軽く答える。
まあ、特に相手にする必要もないし、ディーくんの好きにすればいい。
従魔であっても本人の意思が重要だからね。
「あっ、クマさん、そんなところに。」
メルさんは僕の後ろにいるディーくんを見つけると、再び突撃してきた。
そして見事に空振りする。
そこからキョロキョロするまでがワンセット。
メルさんって本当に諦めが悪いよね。
嫌がられてるって気付かないんだろうか。
まあ、それに気付くくらいならルルさんへの執着の仕方も変わるんだろうけど。
「主、聖薬草ちょうだい。」
いつの間にか僕の足元に現れたウサくんが好物を要求してきた。
ウサくん、今回は大活躍だったし、聖薬草、多めにあげようかな。
そう考えて空間収納から聖薬草を2束出し、ウサくんに与えていると、
「きゃ〜、ウサギさんのぬいぐるみもいる〜」
ウサくんを見つけたメルさんが叫び声を上げた。
そしてそのまま突撃。
もちろんウサくんも転移で逃げる。
それからしばらく、メルさんはディーくんを発見しては突撃、ウサくんを見つけては突撃を繰り返した。
辿り着く直前で悉く逃げられてるのに、なかなか諦めない。
メルさん以外のメンバーは、その様子を冷めた目で見ている。
メルさん、完全に遊ばれてるよね。
ディーくんとウサくんも嫌なら『小屋』に帰ればいいのに、微妙な距離に転移してメルさんが突撃して来るまでじっとしてるし。
さらに時々、ルルさんやアルムさんやフェイスさんにすりすりして、メルさんを焦らしてる。
君たち、本当に性悪だねぇ。
「ゼェゼェ・・・ウィン・・・ゼェゼェ・・・どうして・・・ゼェゼェ・・・ぬいぐるみさん・・・ゼェゼェ・・・逃げるの?」
追いかけ疲れて息を切らせながらメルさんがそう尋ねてきた。
「メルさんの勢いが強過ぎるからじゃないですか。」
「でも・・・ゼェゼェ・・・ウィンの・・・従魔でしょ。」
「えっ、メルさん、そこは理解してたんですね。」
「当たり前でしょ・・・バカにしないで。」
「本気でぬいぐるみだと思ってるのかと。」
「そんな訳ないでしょ! 逃げないように言ってよ!」
「それはできません。従魔たちにも人権があるので。」
そんなやりとりをしているとアルムさんが僕たちの方へゆっくりと歩いて来た。
ウサくんをその腕に抱っこして。
「メル殿。ウサくん殿が撫でるだけなら構わないと言っておられるが。」
「!」
そう声をかけられたメルさんは、目を見開いてアルムさんを見上げた。
そしてその視線はアルムさんの顔とウサくんの間を行ったり来たりする。
アルムさんは身長差を考慮したのだろう、メルさんの前でウサくんを抱っこしたままでしゃがみこんだ。
「すごい。ふわふわ。」
メルさんは恐る恐る右手を伸ばして、ウサくんの銀色の毛並みをゆっくり撫で始めた。
ウサくんは聖薬草をもぐもぐしながらアルムさんの腕の中でじっとしている。
「アルムさん、ありがとう。」
ひとしきりウサくんのもふもふを堪能した後でメルさんがアルムさんにお礼を言った。
そして僕の方を振り向いていきなりマシンガントークを炸裂させた。
「ウィン、あなたと違ってアルムさんとってもいい人じゃない。どうしてこんないい人のこと『黒い悪魔』なんて呼ぶの。悪魔どころか天使じゃない。強くて優しくて気品があって。それにこの立派な漆黒の鬣。アルムさんは間違いなく百獣の王、いえ、百獣のもふもふ王だわ。」
いやいやいや、僕は『黒い悪魔』なんて言ってませんよね。
言ったのはメルさん自身でしょう。
僕は最初からいい人だって言ってるじゃないですか。
それから百獣の王は分かるけど、百獣のもふもふ王って何ですか。
メルさん、もしかしてもふもふ愛好家ですか。
まあ、もふもふ嫌いな人ってあんまりいないとは思うけど。
あっ、メルさんの左手がピクピクしてる。
ダメですよ、メルさん。
勝手にアルムさんのこともふったりしちゃ。
アルムさんは獣人であってぬぐるみじゃないんですからね。
「百獣のもふもふ王ではない。冒険者のアルムだ。メル殿、以後お見知りおきを。」
「冒険者ギルド・ポルト支部の支部長メルよ。こちらこそよろしくね。」
アルムさんがいつも通り呼び名を訂正した後、メルさんに挨拶した。
それに対してメルさんも自己紹介を返す。
メルさんの普通っぽい挨拶って初めて見たかもしれない。
僕に対する初対面の挨拶は、「今すぐ死になさい」だったしね。
「ウィンさん、ウィンさん、串焼き下さい。お腹と背中がくっつきそうです。」
メルさんとの初対面の場面を思い出していると、食事を催促する声が聞こえてきた。
もちろん、ウサくん以外で食事の催促をするのはこの人しかいない。
すみません、リベルさん。
あんなに活躍したのに、また存在を忘れてました。
相変わらず燃費が悪いんですね。
まあさっきの【射光】はかなりの大技だったし、正直とても助かったので串焼きを出させて頂きます。
はい、花コウモリの串焼き10本。
大盤振る舞いですよ。
「わ〜い、ありがとうございます。さすがボクの無限食糧庫。いただきま〜す。」
そう言ってリベルさんは串焼きにかぶりつく。
『無限食糧庫』ってとても失礼な呼び方だと思うけど、リベルさん、悪気はないんだよね。
だからってやっぱりムカつくけど、リベルさん相手に気にしたら負けだ。
何を言ったところで、リベルさん、食べ物以外の話題はちゃんと聞いてないからね。
「勇者リベル殿、ご無沙汰しております。」
「もぐもぐ、あ〜黒獅子王子、もぐもぐ、久しぶりだね〜、もぐもぐ。」
「もう王子ではありませんが・・・先ほどの戦い、お見事でした。」
「もぐもぐ、でしょ〜でしょ〜、もぐもぐ、もう捕縛だけじゃないんだよ〜、もぐもぐ、攻撃もできるよ〜、もぐもぐ。」
リベルさん、相変わらず口の中に食べ物を入れたままでしゃべってる。
でもアルムさんも平然としてるからきっと慣れてるんだろうな。
それにしてもリベルさん、その語尾を伸ばすしゃべり方、完全にディーくんの影響受けてるよね。
「リベル殿、先ほどの技、一の型と聞こえましたが。」
「そうだよ〜、もぐもぐ、三の型まであるよ〜、もぐもぐ。」
アルムさんの問い掛けに、串焼きを食べ続けながらリベルさんがそう答えた。
えっ、三の型まであるの?
リベルさん、めちゃくちゃヴァージョンアップしてるじゃん。
これで血を見ても平気になってればかなりの戦力になるかもしれない。
そんなふうにリベルさんの評価を見直していると、面倒くさい人筆頭がアルムさんとリベルさんの会話に割り込んできた。
「ダメ勇者、どうしてあなたがここにいるの? 最近街中をうろついてないと思ったら、ルル様に寄生してたのね。恥を知りなさい、恥を。腐っても勇者でしょ。聖女様に迷惑をかけるなんて、世界樹様が許してもこの私が許さないわよ! 今すぐルル様から離れなさい。それに百獣のもふもふ王様からも離れなさい。」
うん、やっぱりメルさんがいると話が進まないね。
ちょっと山の上とかに置き去りにして来ようかな。
そんなことを考えた瞬間、ディーくんがメルさんの隣に現れ、そのままメルさんを担ぎ上げて走り去った。
一瞬の出来事に誰も反応しない。
いや、皆さん、あえてスルーしたのかもしれない。
ディーくん、メルさんをどこに連れて行ったんだろう?
まあ静かになったことだし、どこでもいいか。
お読みいただきありがとうございます。
今まであえて避けてたんですが、少しだけもふもふ要素を入れてみました。




