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310. 黒獅子の不良王子①(SIDE アルム)

新登場アルムの独白です。

2話後世の前半となります。

第四章 氷雪の国と不良王子(310)

  (アンソロ編・首都セリオン)



310.黒獅子の不良王子①(SIDE アルム)



その噂はしばらく前から冒険者たちを通じて聞こえてきていた。


曰く、

あらゆる属性の魔法を使う万能の魔術師が現れた。


曰く、

7体の従魔を操る天才テイマーが現れた。


曰く、

神剣を一瞬で打ちあげる稀代の鍛治士が現れた。


曰く、

武神様を土下座させる無敵の格闘士が現れた。


曰く、

聖女様と勇者様を従える至高の英雄が現れた。


そして、話を伝えてきた者たちは皆、最後に一言付け加える。

それらはすべて同じ1人の冒険者らしいと。



あまりにも奇想天外で荒唐無稽な内容だったので、最初のうちは吟遊詩人が語る冒険譚か何かだろうと無視していた。

そんなことより目の前のスタンピード対策の方がよっぽど重要だったからだ。


ここアンソロでは最近、各地で魔物の氾濫が頻発するようになった。

スタンピードの原因には様々なものがあり、単一種の異常繁殖やS級クラスの魔物の発生、未発見ダンジョンの崩壊等が引き金になることが多い。


ただ大抵の場合は10年や20年に一度程度のものであり、短期間に同時多発的に起こるようなものではない。

それが首都セリオンの周辺だけで既に3件のスタンピードが報告されている。

アンソロ国内の他の地域でも同様の状況らしく、騎士団も冒険者ギルドも対応に追われている。

これはもう異常事態というしかない。


そんな中で流れたきた「英雄的冒険者出現」の噂だっただけに、人民の不安が作り出した幻想ではないかとさえ思っていた。



しかしある日、冒険者ギルドの受付嬢が声を潜めて私に告げた内容で事態が一変する。


「黒の騎士様、あの噂、お聞きになられましたでしょうか?」

「騎士ではない。冒険者のアルムだ。あの噂とは?」

「魔術師でテイマーで鍛治士で格闘士で、英雄とまで呼ばれる冒険者の噂です。」

「ああ、その噂なら耳に入っている。とうてい信じ難いがな。吟遊詩人の物語か芝居の話ではないのか?」

「私もそう思っておりましたが、どうやら事実のようです。」


私は受付嬢のその言葉を聞いて、しばし黙り込んでしまった。

この受付嬢は多少ノリが軽いところはあるが、けしていい加減なことを言う女性ではない。

そもそも冒険者ギルドの職員である以上、この手の話で迂闊な発言をすればクビが飛ぶ。

その彼女が事実だというのだからそれなりの理由があるのだろう。


しかし、こんな話、どう信じればいいというのか。


「なぜ事実と言い切れる?」

「報告書が上がってきております。」

「それは冒険者からか?」

「いえ、各地のギルド長から。」

「ギルド長から?」

「はい。冒険者ギルド、鍛治士ギルド、テイマーギルド、格闘士ギルド、そして諜報ギルドと暗殺者ギルドまで。すべてギルド長の認印が押された正式な報告書です。」


そこまで聞いて私の思考は混乱の極致に至った。

そんなことが有り得るのか。

どんな英雄にもできることとできないことがある。

だからこそ史実における英雄たちは国難に立ち向かう時は必ずパーティーを組んだ。

足りない部分を補うための優秀なメンバーを各分野から選んで。


「それは1人の冒険者ではなく、パーティーなのではないか。たまたま優れた人物が揃い、それぞれの活躍が誇張されて、尚且つ1人の人物の功績として語られているのでは?」

「その可能性がないとは言い切れませんが、ギルド長たちは報告書の中で1人の人物であると断言しております。ただ通常の報告書と少し異なるのは、それぞれのギルド長が感情的な表現を使用している点ですが。」


報告書とは本来、事実だけを端的に記すべきものだ。

評価を述べるにしても理性的で冷静な表現が必須とされる。

ギルド長にまでなる人物であれば、それくらいのことは当然弁えているだろう。


「感情的な表現の部分を教えてもらえるか?」

「はい、例えば冒険者ギルド長は『あいつは存在自体反則だ』、鍛治士ギルド長は『必ず彼の弟子になってみせる』、テイマーギルド長は『私は神に出会いました』、格闘士ギルド長は『二度と大会に参加しないでください』、諜報ギルド長は『エースを返してください』、暗殺者ギルド長は『彼に関する依頼はすべてお断りします』。こんな具合です。」


説明を聞けば聞くほど、私の理解が遠のいていく。

いったいどんな異常事態が起こっているのか。

そしてそれはこの世界にとっていいことなのか、悪いことなのか。

異常な能力を持った者の出現は、ともすれば大きな災厄の前触れとなり得る。


「黒の騎士様、最後に一番重要な報告がございます。」


私は受付嬢のこの言葉を聞いて、彼女に強い視線を向けた。

呼び名を訂正することも忘れて。


「噂の冒険者、ウィン様がこの地に向かっておられます。」



  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「舐めてんのか!」


狼獣人の大きな声がギルド内に響いた。

どうやら揉め事らしい。

ここは血の気の多い獣人族の冒険者たちが集まる地だ。

当然ケンカや争い事も多くなる。

しかし冒険者ギルドという公的機関の中で騒ぎを起こすのは好ましくない。


「そこまでだ、新人ども。」


私は周囲に集まっている野次馬冒険者たちの頭越しに制止の声を上げた。

どうやら揉め事の主は新人3人組のようだ。

やれやれ、あれほど冒険者としての矜持を厳しく教え込んだのに。

まあ、それを実践できないのが新人というものだが。


私は一つ溜息をついて新人3人組の方へ歩いて行った。

そして揉め事の原因らしき相手の方を見た。


ん?

ヒト族の青年とウサギ?

いや角があるからホーン・ラビットか。

ということはこのヒト族はテイマー。

まさか・・・・・


私はすぐにこの人物がウィンという冒険者ではないかと考えた。

しかしその姿は想像とはあまりにもかけ離れていた。


何と言えばいいのか。

とても普通なのだ。

迫力とか威圧感といったものが微塵も感じられない。

武具らしきものも一切身に付けておらず、動きやすそうな軽装をしている。

一介の冒険者にさえ見えないのだ。


しかしその後ろに控えるようにして立っている人物に気付いて、私は彼が噂の人物であることを確信した。

彼女が誰かの背後に控えてるところなど初見だ。

彼女を知る者からすれば、これだけでも驚天動地の大事件だろう。


諜報ギルド長の報告書の言葉、「エースを返してください」の意味が、ようやく私にも理解できた。


「お久しぶりです。不良王子様。」


フェイスが丁寧な言葉使いで挨拶してきた。

私は平静を装って対応したが、内面は激しく動揺していた。

諜報ギルドのエースが付き従うほどの冒険者を目の前にして、噂と実物のギャップにどうすればいいのか分からなくなっていたのだ。


お互いに自己紹介を交わしてみると、ウィン殿の態度はごく平凡な青年のようだった。

力を持つ者にありがちな傲慢さも、英雄を目指す者が見せる過剰な気負いも、特殊能力を備えた者が抱えがちな極端な嗜好性も、特別なものは何も感じられない。

ただ淡々と行動している。


やはり噂は過大だったのかもしれない。

聖女と勇者とフェイスが同行しているなら、実績の多くは彼らの力によるものだという可能性もある。

そう感じて思わず言葉にすると、フェイスから恐るべき返事が返ってきた。

噂は過小であり、ウィン殿の能力は人智を超えていると。


しかしそこまでの出来事はほんの序の口だった。

その後、驚愕の展開が私を待ち構えていたのだ。

次回はアルムの独白の後半となります。

よろしくお願いします。

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