309. あなたも同類では?(『緑の小悪魔』:メル)
ようやく【転移陣】拡張です。
第四章 氷雪の国と不良王子(309)
(アンソロ編・首都セリオン)
309.あなたも同類では(『緑の小悪魔』:メル)
「メルさん、『黒い悪魔』ってどういう意味ですか?」
僕は純粋に疑問だったのでそう尋ねてみた。
「極悪非道だからに決まってるでしょ。素行が悪すぎて王子をクビになったらしいし、見た目も真っ黒で凶悪だっていうし。騎士団長に格下げになった後も暴れ者で手がつけられなくてそれもクビになって、挙げ句の果てに貴族の身分も剥奪されて冒険者に堕ちたそうじゃない。冒険者になっても誰も寄り付かなくてパーティーも組めず、単独で魔物を殺しまくってはその肉を食べて生活してるって聞いたわよ。」
なるほど。
すべて伝聞だということですね。
噂って怖い。
基本となる要素は間違ってないけど、そこに勝手な想像が絡まり付いて、事実とは遠く離れた話になっちゃってる。
誰かが意図的に付け足した意地の悪い情報も混ざってるんだろうけどね。
「ちなみにメルさん、実際にアルムさんに会ったことは?」
「あるわけないでしょ。そんな怖い人に近寄りたくないわよ。どうしてルル様がそんな人と一緒にいるわけ? ルル様を守るのがあなたの役割でしょ。聖女様と悪魔を一緒にするなんて冗談にもならないわ。」
人の思い込みってここまでになるのか。
情報が限られる世界だから余計そうなるのか。
いや、情報が溢れてる世界でも同じようなことが起こってたな。
「フェイスさん、とりあえず落ち着いてね。」
僕は両方の拳を拳骨の形にして握りしめているフェイスさんを宥めてから、メルさんに向き直った。
「メルさん、僕が知っているアルムさんは『そんな人』じゃないですよ。とても紳士で聡明でカッコ良くて、冒険譚の主人公みたいな人です。」
「そんな訳ないわ。もしかして私の言ってるアルムとは別の人?」
「元第三王子で、元騎士団長で、現在冒険者のアルムさんです。黒獅子系の獣人ですね。」
「ほらやっぱりそうじゃない。あなた、見る目がないんじゃないの。私はギルド長として情報をたくさん集めてるのよ。」
「でも実際にアルムさんには会ったことないんでしょう?」
「それは・・・・・その通りだけど・・・。」
「じゃあ、直接自分の目で見て確かめましょう。すぐに合流できますから。」
僕はとりあえずそこで話を切ることにした。
伝聞で作り上げられた噂は、伝聞では塗り替えられない。
百聞は一見にしかず。
直接会わせることが一番だ。
さて、どうやって移動しようか。
3人同時に転移できないので、1人ずつ連れて2往復するか。
まあ時間的にはあっという間だし。
「それじゃあ転移で移動しましょう。一度に1人だけ連れて行けるので・・・まずフェイスさんから行きましょうか。」
移動の手順について僕が2人にそう提案すると、メルさんから待ったがかかった。
「ウィンそれはダメ。3人一緒じゃないとイヤ。」
「えっ?」
「また私を置き去りにする気でしょ。」
「そんなことしませんよ。それならメルさんを先に・・・」
「ダメ! 私だけ違う所に連れて行って置き去りにするでしょ。」
完全に信用を失ってしまっている。
まあ、今までの経緯を考えれば当然だけど。
ここに転移してメルさんを見た時、そのまま逃げようと思ったのも事実だし。
「メルさん、そんなこと言われても3人同時は無理・・・!」
そこで僕はいいことを思いついた。
この際、フェイスさんとメルさんに協力してもらって、あの恥ずかしいクエストを達成してしまえばいいんじゃないのか。
そうすれば僕は【転移陣】を拡張できて、メルさんの疑念も払拭できる。
よし、2人にお願いしよう。
「メルさん、分かりました。でもそのためには一つお願いがあります。フェイスさんの協力も必要です。とても奇妙なことを言うと思いますが、言われた通りにしてください。」
そして僕はフェイスさんとメルさんに協力をお願いし、怪訝な顔をする2人に向かって「僕には選べない」と100回告げた。
その結果、
【転移陣クエスト(拡張)】
クエスト : 僕には選べない
報酬 : 転移陣(3人用)
達成目標 : 「どちらかなんて選べない」と告げる(100回)
カウント : 100/100(達成)
注意点 : 対象は2名同時・相手に聞こえないと無効
クエストの達成表示が僕の視界に映し出された。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あなたの能力って、噂通り理解不能ね。」
無事に【転移陣】の拡張に成功し、3人で一緒に『氷雪の谷』の砦前に転移した後、すぐにメルさんがそう言った。
「噂? 僕に関する噂があるんですか?」
「当たり前でしょ。魔術師ギルドや冒険者ギルドじゃ、その話で持ちきりよ。あなたが使う魔法やスキルって異常すぎるでしょ。」
「そうかな。」
「あなた、呑気すぎるわよ。この複数での転移がどれだけ異常か分かってる? それに私を閉じ込めた氷のドームとか、私の3種魔法の混合攻撃を楽に交わす体術とか、他にも各地で変な魔法を使ってるでしょ。あなた、まったく隠す気もないんじゃないの。」
「まあ、そんな気がしないでもないこともない・・・かな。」
そもそも【クエスト】で能力を獲得できるってところが不可解過ぎるけど、それで得たスキルや魔法が普通とは違うみたいなんだよね。
まあこの世界の常識なんて知らないし、もう深く考えないようにしてるけど。
でも噂になってるのか。
アルムさんの噂みたいに捻じ曲がってなきゃいいんだけど。
「私はとてもラッキーでした。」
少し前までメルさんに氷のような視線を向けていたフェイスさんが、今はなぜかニコニコ顔になってる。
何が彼女を変えたのか。
フェイスさんにとってラッキーな出来事なんてあっただろうか。
「ウィン様、ウィン様の秘密の一端を垣間見ることができました。とても貴重な情報です。すべてはメル様があの場面でゴネてくれたおかげです。」
そういうことなんですね。
僕に関する新しい情報をゲットして、スパイ冥利に尽きるって感じかな。
いやこの場合ストーカー冥利か。
でもたいした情報は出してないんだけどな。
僕の説明も、「これから変なセリフを100回繰り返すけど黙って聞いててね。」だけだったし。
でもそのことが3人一緒の転移に繋がったんだから、フェイスさん的には価値の大きい情報なのかも知れない。
近々【クエスト】のことも見破られちゃうかもな。
いやもう見抜いてる可能性もあるか。
まあ、ウィンギルドのメンバーには隠す必要もないけどね。
「ウィン、行くわよ。早くルル様に合流しなきゃ。スタンピードはあの壁の向こうね。魔物ども、待ってなさい。小悪魔メルが成敗してあげるから。」
メルさんはそう叫ぶと、1人でトコトコ駆け出した。
メルさん、戦闘時の動きは俊敏なのに、普段の走りは子供みたいだよな。
砦内の騒然とした雰囲気にまったく似合ってない。
いや、そんな呑気なことを考えてる場合じゃなかった。
僕たちもすぐに後を追わないと。
でもその前に、メルさん、気になる単語を言い残してたよね。
『小悪魔メル』?
そう言えば、メルさんの称号『緑の小悪魔』だったっけ。
アルムさんのこと『黒い悪魔』呼ばわりしてたけど、自分も同類じゃないの?
しかも改めて見てみると、『緑の小悪魔』って・・・・・
『ゴブリン』っぽい?
本人の前で言ったら殴られそうだから言わないようにしよう。
週2回程度の更新です。
よろしくお願いします。




