305.大量生産もできるようです(鍛治士ギルド:フリーズ)
鍛治士ギルドからの依頼に臨みます。
第四章 氷雪の国と不良王子(305)
(アンソロ編・首都セリオン)
305.大量生産もできるようです(鍛治士ギルド:フリーズ)
「早速、依頼内容に入ってもよろしいでしょうか?」
ギルド長室内の大きな会議用テーブルの向こう側、とても大きな椅子に座ったミケランさんがミーティングの口火を切った。
体全体が大きいので、椅子に座っていても普通の人が立っているくらいの高さがある。
「はい、よろしくお願いします。」
テーブルのこちら側には僕とフェイスさん、ルルさん、アルムさんの4人がいるけど、誰も口を開かないので僕が対応する。
パーティーのリーダーが僕なので仕方ないよね。
ただ、本当は会議の前にツッコミたいことが何点かあった。
室内なのになぜ、ミケランさんの上にビーチパラソルが開いているのか。
鍛治士ギルドなのになぜ、怪しげな木製の仮面やトーテムポールが飾られているのか。
部屋のあちこちに置かれている観葉植物がなぜ、全部パームツリーなのか。
僕たちに出された飲み物がなぜ、カラフルなトロピカルドリンクなのか。
しかも4人とも色違いの。
小さなパラソルまで飾られてるし。
南の島フリークだと言ってしまえばそれまでだけど、鍛治士ギルドのギルド長室でここまでする必要があるんだろうか。
「ウィン殿、まずはこちらからの希望を述べさせて頂きます。長剣を50本、10日以内にお願いできますでしょうか?」
「10日以内ですか?」
「はい。1日当たり5本の計算です。難しいでしょうか?」
「いえ。材料と見本さえあれば、そんなに時間はかからないかと。」
「それは素晴らしい。マーロン殿からウィン殿の仕事は早くて正確だとお聞きしましたが、1日に5本以上の長剣を打てる鍛治士はなかなかおりませんので。」
そこまで話を聞いて僕は思った。
あの白黒髭コンビ(ジャコモさんとマーロンさん)、ミケランさんに詳しい情報を伝えていないなと。
そしてそれは間違いなくわざとだろう。
理由はたぶん、このハワイアンなミケランさんを驚かせるため。
あの2人、相変わらず悪ふざけが過ぎるんじゃないかな。
まあ僕の【錬金】に関しては、口頭の説明だと信じてもらえないだろうけど。
「ミケラン様、念の為にこの10日間で必要な武具の全体量を教えて頂けませんか?」
僕がどうやって自分のスキルについて説明しようかと迷っていると、優秀な秘書役のフェイスさんがミケランさんに質問した。
「そうですね。とりあえず長剣500に槍が500、あと盾が500というところです。鍛治士をかき集めて何とか対応しようとしておりますが、なかなか厳しい状況です。」
この街に何人の鍛治士がいるのか知らないけど、短期間でそれだけの武具を作るのは相当大変そうだよな。
まあ、普通の鍛治士ならだけど。
「ウィン様、何日あれば作れますか?」
「そうですね。余裕を見て3日くらいかな。」
僕がそう答えるとミケランさんはいきなり立ち上がった。
テーブルを挟んで距離があるのに、山が迫ってくるような圧迫感だ。
「なんと! 長剣50本をそれほどの短期間で作れるのですか?」
「いえ、全部です。」
「全部・・・とは?」
「長剣と槍と盾、500ずつ全部です。」
「・・・・・・・・・」
ミケランさんの巨体がフリーズした。
激しく動いたわけでもないのに、なぜかサングラスがずり下がっている。
初めて見るミケランさんの瞳は、右側だけ白く濁っていた。
オッドアイ・・・じゃないよね。
右目だけ失明してる?
もしかしてサングラスしてるのはそれを隠すためかな。
でもそれが全身ハワイアンな服装にまで至っている理由は、さっぱり分からないけど。
「ウィン殿、貴殿の武勇伝はここセリオンまで数多く伝わっております。冒険者としても鍛治士としてもその技量は並外れていると。しかし1人の鍛治士が3日間で1500もの武具を作れるというのは到底信じられるものではありません。鍛治士を100人ほど引き連れてきたというのであれば話は別ですが。」
フリーズから解けたミケランさんは大きな椅子に座り直しながら僕に対して率直な疑問を投げかけた。
サングラスはいつの間にか元の位置に戻り、その両目を隠している。
そりゃそうですよね。
それが当然の反応です。
これは実演してみせるしかないだろうな。
そんなことを考えていると、それまでまったく興味なさそうに座っていたルルさんが突然発言した。
「1日だ。」
1日?
いきなり何を言ってるんですか、ルルさん。
「聖女様、1日とはどういう意味でしょうか?」
ミケランさんが怪訝な顔でルルさんに問い返した。
どうやらルルさんが聖女だと最初から認識していたようだ。
「ウィンならそのくらい、1日あれば余裕でできると言ってるんだ、南国ギルド長。」
南国ギルド長・・・。
まあ、ピッタリですけど。
ルルさんにしては適切なネーミングですね。
でもルルさん、いくら何でも1日で1500は無茶振りじゃないですか。
頑張ればできるような気もしないでもないですが。
「聖女様、ウィン殿なら1日で1500の武具を作れるということでしょうか?」
「そうだ。後の日程も詰まっている。鍛治仕事に3日もかけている暇はない。」
ルルさんははっきりとそう言い切った。
鍛治士ギルドのトップであるミケランさんに対しては失礼なくらいの言い方だ。
まあルルさんの考えはお見通しですけどね。
早くスタンピード討伐に行きたいだけでしょう。
「こんな話をしているだけ時間の無駄だ。南国ギルド長、ウィンをすぐに鍛治工房に連行しろ。」
そんな犯罪者のごとき扱いで僕は鍛治士ギルドの裏にある工房に連れて行かれた。
目の前には鉄のインゴットが3つの山に分けて積まれている。
ルルさんの指示でギルド職員たちが準備したものだ。
ミケランさんは半信半疑ながら、ルルさんの勢いに押されて言いなりになっている。
鍛治士ギルドではトップのミケランさんでも、『聖女様』には逆らいにくいのかもしれない。
「ウィン、ちゃっちゃっと終わらせろ。魔物たちが待っている。」
いや別に、魔物たちは待ってないと思います。
それに大量生産ってやったことがないので、どれくらい時間がかかるか分かりませんよ。
フレアさんの工房で5個同時に【錬金】できたので、1個ずつ作るよりは早いと思いますけど。
僕はまずそれぞれのインゴットの山の前に置かれた武具の完成品をじっくりと観察した。
オーソドックスなタイプの鉄製の長剣と槍と盾だ。
今回は実物があるので想像力は必要ない。
同じものを500個ずつ【錬金】で作るだけだ。
左側の山は長剣、真ん中は槍、右側は盾と。
必要量はギルド職員が正確に計ってくれているので、全部【錬金】すれば500個ずつになるはず。
よし、頑張ろう。
そう思った瞬間。
すべてのインゴットの山が燃え上がり、その炎はすぐに消えた。
あれっ、おかしいな。
一瞬で終わってしまったような。
ミケランさん、サングラスが下に落ちちゃってるけど大丈夫かな。
ギルド職員さんたちも目と口が開きっぱなしだし。
まあ失敗じゃないし、いいかな。
「よし依頼終了。南国ギルド長、報酬はパーティーの口座に振り込んでおいてくれ。ウィン、行くぞ。」
ギルド関係者すべてがフリーズしている中、僕たちはルルさんを先頭に鍛治士ギルドの工房を後にした。
背後からは物音ひとつ聞こえて来なかった。
読んで頂きありがとうございます。
本年の更新はこれで最後となります。
来年もできるだけ定期的に更新できるよう努めます。
みなさま、良いお年を。




