302.主人公キャラ確定かもしれません(生い立ち:アルム)
冒険者アルムの生い立ちが語られます。
第四章 氷雪の国と不良王子(302)
(アンソロ編・首都セリオン)
302.主人公キャラ確定かもしれません(生い立ち:アルム)
結局、アルムさんの呼び名が多い理由を聞けたのは、冒険者ギルドから鍛治士ギルドへ向かう道中だった。
フェイスさんが「一般の人たちが知っている範囲内で」という前置きをした上で教えてくれた。
より深い裏事情も知ってるんだろうけど、そこは職業倫理上軽々しくはしゃべれないのかもしれない。
フェイスさんによると、アルムさんの正式な身分は、『元第三王子』で『元騎士団団長』、そして『現冒険者』とのこと。
王子から騎士団長になって、さらに冒険者って・・・・・
どう考えても降格に継ぐ降格じゃね?
しかもかなり異例中の異例の。
何かとんでもないヘマをやらかしたとか、どうしようもなく素行が悪かったとか、けして怒らせちゃいけない人を怒らせたとか。
でも現在のアルムさんを見る限り、とてもそんな人物には見えないんだよね。
むしろまったく逆というか。
「フェイスさん、まず『元第三王子』のところから可能な限り詳しくお願いします。」
「はい。この話はアンソロの誰もが知ってますのでお教えしても問題ありません。」
フェイスさんはそう言うと、アンソロの第三王子に関するエピソードを語り出した。
「この国の王族は獅子獣人族です。そのため国内では、アンソロ王のことを『獅子王』と呼ぶこともあります。後継については王子たちの中から最も力のある者が王より指名を受ける形になっております。第一王子に優先権がある訳ではありません。」
長子継承じゃないのか。
それは何と言うか、力を重んじる獣人族らしい実力主義のシステムだけど、絶対に権力闘争が発生するよね。
王宮の中で各王子の派閥による暗闘が、日常的に縦横無尽に繰り広げられているんじゃないのかな。
「でもそれなら第三王子にも王になれる可能性はあるってことですよね?」
「はい、普通であれば。」
「普通じゃないの?」
フェイスさんは僕の問い掛けに対して一つ頷いてから説明を続けた。
「獅子族の王子たちは例外なく黄金に輝く鬣を持って生まれます。黄金の鬣が『獅子王』の象徴なのです。」
「でもアルムさんの鬣は黒ですよね。」
「はい。第三王子が生まれた時、そのことで大騒ぎとなりました。王族の長い歴史を調べてみても、黒い鬣の獅子獣人が生まれたという記録はどこにもありません。まあ、情報自体が隠蔽されてしまった可能性もありますが。」
なるほどね。
不都合な真実は闇に葬られたかもしれないってことか。
歴史なんて権力者の都合で変幻自在だからね。
「それで、黒い鬣のアルムさんはその後どうなったんですか?」
「12歳までは第三王子として育てられました。他の王侯貴族からは直ちに廃嫡すべきとの意見が強かったのですが、母である王妃が毅然とした態度で我が子を守ったのです。」
そりゃ母親なら守るよね。
いや、王族や貴族の場合、そうとも限らないのか。
権力争いが絡むとややこしいからな。
そういう意味では王妃は我が子のためにかなり頑張ったのかもしれない。
ちなみにアルムさんは第三王子だったみたいだけど、王子って何人いるんだろう。
「王子は全部で何人いるんですか?」
「今は2人ですね。第一王子のゴルデ様と第二王子のオールです。」
ん?
第二王子に敬称がなかったけど気のせいかな。
言葉を選んで丁寧に喋るフェイスさんにしては珍しい。
それにしても王子が2人しかいないって、少なくない?
普通王族ってもう少し子供が多いイメージだけど。
王の血筋を確実に繋いでいく必要があるしね。
「ちなみに獅子王には側室はいるんですか?」
「いません。獅子獣人族は基本的に側室を認めていません。」
「それって珍しくないですか?」
「王族では珍しいですね。獅子獣人族は純愛路線が尊ばれる種族なんです。」
そうなんだ。
ライオンってハーレムを作る動物だったと思うけど、獣人の場合はそうでもないんだね。
まあこの世界のライオンがハーレムを作るのかどうかは知らないけど。
「アルムさん含めて王子が3人しかいなかったのに、アルムさんは王子の地位を剥奪されたんですか?」
「少し違います。12歳で成人の儀を終えた後、アルム様が自ら王子の地位をお捨てになられたのです。」
「なぜ?」
「母親である王妃を守るためです。」
「何があったんですか?」
「王妃は第三王子であるアルム様を守り続けておりました。しかし、他の王族や貴族たちの抗議は年々激しくなっていったのです。」
フェイスさんの説明によると、アルムさんは文武ともに非凡な才能を持ち、成長と共にその器の大きさを周囲に示し始めていたらしい。
第三王子に関わった者たちが次々にその支持者になっていく状況を目の当たりにして、他の王子の派閥の貴族たちは苛立ちを募らせた。
そして第三王子が成人を迎えるにあたり、「第三王子を廃嫡すべし」との主張が一層声高に叫ばれるようになってしまった。
その時のフレーズが次の言葉だったらしい。
『アンソロの象徴は黄金の鬣。黒い鬣は不良品だ。』
「それで『不良王子』と呼ばれるようになったと?」
「その通りです。」
「でもそれって蔑称じゃないんですか? フェイスさん、アルムさんのこと『不良王子』って呼んでましたよね。」
「最初は蔑称でしたが、第三王子が母親である王妃を守るために自ら王子の地位を捨てたという話が民衆に伝わると、人々はアルム様のことを親愛の情を込めてこの名で呼ぶようになったのです。王侯貴族たちも自分たちで第三王子に付けた呼び名ですので、人々がその名を使っても咎めることができませんでした。」
素行が悪い『不良」じゃなくて、王子として『不良品』。
酷い話だけどありがちな話でもある。
伝統や文化って異端を嫌うからね。
でも、黒い鬣、めちゃくちゃかっこいいけどなぁ。
「王子の地位を辞退したアルム様は騎士団に入られました。」
フェイスさんはさらに説明を続けた。
12歳のアルムさんはその時点で並の騎士では太刀打ちできないほどの強さになっていたらしい。
王都内部を護衛する近衛騎士団ではなく、外征騎士団の一員として遠征に出かけ、多くの魔物を討ち取り武功を重ねると、その人気は第三王子時代を凌ぐほど高くなったとのこと。
「やがて外征騎士団の出征時あるいは帰還時に、多くの民衆が『黒の騎士様』を一目見ようと凱旋門前に集結するようになりました。」
「それはそれで・・・・・また面倒なことになりそうですけど。」
「はい。その通りです、ウィン様。アルム様を追い出した王族、貴族たちにとって面白いわけがありません。王位継承権がないとは言え、民衆の人気が高いというのはそれだけで脅威ですので。」
『黒の騎士様』の人気は、彼が外征騎士団の団長に就任するに至って最高潮に達した。
20歳での団長就任はそれまでの最年少記録で、それが元王族だからではなく実力でとなれば尚更だった。
しかし同時に王侯貴族たちの不安や不満も極限に達したらしい。
「アルム様が騎士団長に就任して間も無く、妨害工作が始まりました。」
「どんな妨害だったんですか?」
「騎士団員たちが団長の指示に反抗し始めたのです。」
「アルムさん、人望ありそうですけど。」
「はい。人望や実力に問題はありませんでした。しかし騎士団員たちにも後ろ盾となっている貴族たちがいたのです。反アルム派の貴族たちが騎士団員に圧力をかけ、団長に反抗するよう仕向けたようです。」
そういうことか。
この世界、綺麗事だけで成り立ってるわけじゃないからね。
自らの地位を守るためなら使える力はなんでも使うのが当然と言えば当然だよな。
「それで、どうなりました?」
「アルム様は1年足らずで騎士団長を辞任されました。騎士団員たちが団長に対する忠誠心と後ろ盾の貴族たちの思惑との板挟みなることを避けるために。さらに貴族の地位も放棄され、平民として自由に生きることができる冒険者になったのです。」
アルムさん、カッコ良すぎる。
戦闘のためなら周囲の状況を無視するルルさんや食べ物のためなら他人の迷惑を顧みないリベルさんに爪の垢でも煎じて飲ませたい。
そりゃアルムさんも人間だから、何か欠点があるのかもしれないけど、フェイスさんの話だけ聞くと非の打ち所がないよね。
これってもう、主人公キャラ確定じゃない?
お読み頂きありがとうございます。
今週もう1話、投稿予定です。




