299.これって定番のアレですか?(冒険者ギルド:セリオン本部)
第四章開始しました。
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第四章 氷雪の国と不良王子(299)
(アンソロ編・首都セリオン)
299.これって定番のアレですか?(冒険者ギルド・セリオン本部)
「ではウィン様、次は冒険者ギルドに向かいます。」
商人ギルド・セリオン本部の転移部屋を出て、裏庭に【小屋】を設置したところで、フェイスさんが僕にそう告げた。
「フェイスさん、冒険者ギルドに行くんですか? 鍛治士ギルドじゃなくて?」
「はい。」
「理由を訊いてもいいですか?」
「もちろんです、ウィン様。疑問点があれば遠慮なくおっしゃってください。まず冒険者ギルドへ行って入国登録をいたします。」
「入国登録?」
「はい。ここアンソロは冒険者の管理が厳しいんです。通常であれば港や関所で登録するんですが、今回は『転移陣』での移動ですので、冒険者ギルドに届け出る必要があります。」
なるほど、パスポート・コントロール(出入国管理)みたいなものか。
でもコロンバールやアマレパークスじゃ、そんなの無かったよね。
アンソロって特別に出入国にうるさいのかな?
「ウィン様、アンソロの通称は『冒険者のゆりかご』。この国で育った冒険者はどこに行っても通用すると言われています。でもその分荒くれ者の冒険者も多く、管理を厳しくすることで秩序を保っているのです。」
「そうなんですね。でもどうして『冒険者のゆりかご』なんですか?」
「自然環境が厳しく、未開の土地が多く、魔物たちも強い。つまり冒険者にとっては稼ぎ所でもあり鍛え所でもあるということです。ここで能力を高めて他の国で活躍している冒険者もたくさんいます。」
そう言えば黒山猫獣人のネロさん(冒険者ギルド・ポルト本部ギルド長)もアンソロの出身だったね。
冒険者としてもS級だったはず。
もしかすると獣人の上級冒険者はみんなアンソロの出身なのか。
あるいは獣人の冒険者はみんなアンソロを目指すのかもしれない。
でも強い魔物がたくさんいるってことは、普通に危険ですよね。
そんな所でスタンピードが多発してるって、実はかなり重大な事態に陥っているんじゃないのかな?
その割に商人ギルド内に慌ただしさは無かったけど。
商人ギルドの裏庭に立ったままでそんなことを考えていると、もう一つ別の違和感に気がついた。
あれっ、そう言えばこの国、寒さが厳しいって言ってたはず。
でも裏庭は屋外なのに全然寒くない。
これ、どういうことなんだろう?
「フェイスさん、今はそんなに寒くない季節だったりします?」
「いいえ、とても寒いですよ。」
「でもここ、外なのに寒くないですよね。」
「ええ、街の中は寒くはありません。」
街の中は寒くない?
え〜と、意味が分かりません。
「すみません、説明不足でしたね。街の周囲に特殊な魔道具が設置されていて、街全体を魔力の膜で包んでいるんです。だから内部は寒くありません。」
街全体を包み込むって、何気に凄い魔道具ですね。
膜で包んでるってことは、ドームみたいな感じ?
人類が火星に住む時のコロニーをイメージしちゃったけど、それはちょっとSF過ぎるか。
「もしかしてそれも『古の魔道具』ですか?」
「いえ、特殊な魔道具ですが古代技術ではありません。」
僕は商人ギルドの裏庭から空を見上げた。
今日の首都セリオンは天気がいいようで、青空が綺麗に広がっている。
目を凝らしみたけど、どこにも膜のようなものは見えない。
魔力の膜は完全に透明なんだろう。
「主、聖薬草ちょうだい。」
晴れ渡った空を見上げていると、下の方から声がした。
視線を落とすと、僕の足元にウサくんがチョコンと座っている。
ウサくん?
もしかして今日の同伴当番?
でもいつの間にここに?
【影潜り】でも使ったの?
えっ、【小屋】が設置されたから普通に扉から出てきた?
本当はリビングでゴロゴロしてたかったけど仕方がない?
ウサくん、従魔なのに主人に対してその投げやりな態度はどうなのかな。
まあ、面倒なら他の従魔に代わってもらえばいいのに。
「みんな、寒いの苦手。」
ウサくんは自分が当番になった理由を簡潔に述べた。
従魔たちって寒いの苦手なんだ?
ハニちゃん(蜂)とラクちゃん(蜘蛛)は昆虫系だからまあ分かるかな。
コンちゃん(食虫植物)も植物系だからね。
タコさん(メンダコ)は・・・寒いのも暑いのも無理そうだね。
スラちゃん(スライム)は・・・よく分からない。
「ウサくん、ディーくん(熊)は寒くても大丈夫なんじゃないの?」
「ディーくんは、【庭】でリベルの実験中。」
「リベルさんの実験? 何それ?」
「主の命令。」
「実験の命令なんかしたっけ?」
「リベルにいろいろ攻撃してる。耐久性の実験中。」
ああ、そう言えばフレアさんの工房で憤りに任せてそんな指示を出した気がする。
「持てるすべての技を叩き込め」って。
ディーくん、そのまま実行してるんだね。
リベルさん、大丈夫かな。
まあ防御に特化した勇者だから問題ないか。
問題ないことにしておこう。
リベルさん、ご愁傷様です。
「ではウィン様、早速冒険者ギルドへ参りましょう。といってもすぐ隣ですが。」
フェイスさんは商人ギルドの裏門を出て、隣の建物の裏口から中に入って行った。
僕は素直にその後を付いて行く。
ちなみにウサくんは僕の腕に抱かれて聖薬草をもぐもぐしている。
自分で歩く気はなさそうだ。
冒険者ギルドの内部の作りは基本的に他の地域のものと同じだった。
ただ違っているのは、そこにいる冒険者たちの種族。
獣人族以外の冒険者が見当たらない。
『冒険者のゆりかご』っていうから、あらゆる種族の冒険者が集まってるのかと思っていたけど、どうやらそうではないようだ。
ギルド職員専用っぽい細い通路を通って受付があるホールに出ると、そこにいる冒険者たちの視線が一斉に僕に注がれた。
「フェイスさん、なんか、もの凄く見られてますけど。」
「ふふふ、ウィン様が魅力的過ぎて、みなさん目が離せないんじゃないでしょうか。」
「いやいやいや、どう見てもそんな雰囲気じゃありませんよ。睨まれてますって。」
「そうですね。まあここではヒト族の冒険者は珍しいですから。」
「ヒト族どころか、ドワーフ族もエルフ族もいないじゃないですか。このギルド、獣人族以外は出禁だったりします?」
「けしてそのようなことはありません。ただこの国の冒険者はほとんどが獣人族で、他種族の冒険者を下に見ているだけですから。」
だけですからって、フェイスさん・・・・・
そんな重要な情報は一番最初に教えて欲しかったです。
これって完全にアウェイですよね。
ほら、冒険者たちを見てください。
冷たい視線。
蔑みの表情。
不快そうな態度。
怒りのオーラ。
マイナスの感情が束になって僕に襲いかかってきてるんですけど。
敵地のスタジアムで相手チームのスター選手に死球をぶつけてしまったヘナチョコ投手の気分です。
「大丈夫ですよ、ウィン様。彼らにとっては強さがすべてですから。まだウィン様の実力を知らないだけです。」
「本当ですか? 彼らの仕事の領域に踏み込んだら、余計に風当たりが強くなりそうな気がするんですが。まあ、今回の依頼は武具の作成なんで関係ないでしょうけど。」
僕がそう言うとフェイスさんは、あら伝えてませんでしたっけ、という感じで依頼についての情報を付け足した。
「ウィン様、報告が遅れましたが依頼に訂正がございます。」
「訂正?」
「はい。鍛治士ギルドでの武具作成の後に、スタンピード討伐が追加されております。」
何それ!
聞いてないよ!
ジャコモさんか!
あの白髭おとぼけ爺さんの仕業なのか!
魔物の素材欲しさに、依頼事項にこっそりスタンピード討伐を付け足したんじゃないのか?
「ウィン様、スタンピード討伐はジャコモ様からの依頼ではございません。」
「えっ違うの?」
「はい。ウィン様のパーティーが直接冒険者ギルドから受注したものです。」
「えっ? まったく身に覚えがないんですけど。」
「ルル様が正式に討伐依頼を受注しております。」
「・・・・・」
そうだった。
うちのパーティーには戦闘大好き聖女様がいるんだった。
スタンピードが多発しているこの状況で、彼女が選ぶ選択肢は一つしかない。
「戦う」一択だ。
ジャコモさん、疑ってごめんなさい。
怒りの持って行き場を失った僕が心の中でジャコモさんに謝っていると、若い男性の声が聞こえてきた。
「おいお前、弱小ヒト族がここで何をしている?」
顔を上げるとそこには、3人の背の高い獣人が僕を見下ろすようにして並んで立っていた。
これってアレかな。
初めての冒険者ギルドで高確率で起こるという定番の。
うん、間違いなくアレだろうな。
来週も2話更新する予定です。




