287.サイン様、再び(ブルーベリーパイ)
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第三章 世界樹の国と元勇者(アマレパークス編)
主人公が世界樹の国で様々な出来事に遭遇するお話です。
仲間として戦闘狂の聖女に続いてエルフの元勇者が加わります。
週2回(月・木)の投稿となります。
よろしくお願いします。
第三章 世界樹の国と元勇者(287)
【アマレパークス編・地下都市ララピス】
287.サイン様、再び(ブルーベリーパイ)
「鍛治のための炉は全部、壁際にあるんですね。」
ララピスの街中、碁盤の目のように張り巡らされた道を歩きながら、僕はティティンさん(商人ギルド・ララピス支部ギルド長)に質問した。
「そうだね。排煙の都合上そういう配置になってるんだよ。壁や天井にある感温照石へも給熱しないといけないしね。」
ティティンさんが簡単に理由を説明してくれる。
やっぱりあの「温めると光る石」は『感温照石』って言うのか。
『感音照石』と発音が一緒で紛らわしいけど、まあ別に不都合はない。
熱が途絶えると街全体から光が消えちゃうんだから、炉と感温照石はこの街にとって重要な施設だよな。
しっかり見学させてもらおう。
『武神様居候問題』を議論した翌日、ようやく僕の希望が受け入れられて、鍛治の炉を見学に行くことになった。
今日のお供はリベルさんとディーくん。
街中ということもあり索敵役のスラちゃんは休養日らしい。
そして今回はルルさんもいない。
理由はもちろん、武神様の能力を利用して『庭』で魔物と戦っているからだ。
「ウィンさん、ボク、鍛治の炉に行くの初めてです。どんな食べ物があるのかな。とっても楽しみです。」
リベルさんは相変わらず食べ物トークを展開している。
でも僕はもう反応しないことにした。
反応するだけ無駄だからね。
それに万にひとつ、サイン様の館の時のように炉に食べ物が用意されてる可能性もないわけではない。
まあ、ないと思うけど。
「あるじ〜、鍛治見るの楽しみだね〜」
僕の隣をトコトコ歩きながらディーくんが話しかけてきた。
ディーくんは、僕があげたマジックバッグを肩から斜め掛けしてる。
その見た目がなんかかわいい。
中身は凶悪なクマだけど。
でもディーくんと話すの、久しぶりな気がする。
最近は、リベルさんの再教育とか、ルルさんの訓練とかで忙しそうだったからね。
「ディーくん、鍛治に興味あるの?」
「あるよ〜。鍛治、趣味だし〜」
えっ?
ディーくん、鍛治が趣味なの?
初耳だけど。
「でもディーくん、特技に鍛治ってないよね?」
「ないよ〜。スキルじゃないからね〜。だから趣味なんだよ〜」
そうなのか。
特技ってスキル以外は表示されないんだっけ?
まあ当然か。
趣味=特技とは限らないしな。
特技の項目に『読書』とか『切手収集』とか『推し活』とか載ってたら変だもんな。
「ディーくん、鍛治はどこでやってるの?」
「庭でやってるよ〜」
「えっ、庭で?」
「そうだよ〜」
「庭に炉があるの?」
「造ったよ〜」
ディーくん、いつの間に。
そう言えば最近『庭』に行ってない。
従魔たちに任せっきりだ。
魔物が増えてるだけじゃなくて、施設も増えてるのか。
これは一度チェックしておかないと。
知らない内に『庭』が、『街』とか『国』に成長しちゃってるかもしれない。
久しぶりのディーくんから『庭』に関する新情報を得て、今後の対応について検討していると、今日の目的地である炉に到着した。
黒くて四角い無骨な建物とそこから壁伝いに上に伸びる煙突。
高さも幅もある大きな倉庫。
広い庭には鉱石や鋼材のようなものが何種類も積み上げられている。
「ウィン君、着いたぞ。話は通してあるのでゆっくり見学するといい。私は仕事があるのでここで失礼するよ。」
「分かりました。案内して頂いてありがとうございました。」
「これくらいは当然だ。世話になったからな。では勇者様、失礼致します。」
そう言ってティティンさんは来た道を戻って行った。
いつも通り、リベルさんに対してはとても丁寧な言葉使いだ。
僕のことは君付けだけど、リベルさんには様付けだしね。
そういえばルルさんのことも様付けだ。
まあ勇者様に聖女様だからな。
ここにいる勇者、こんなんだけどね。
「ウィンさん、ここも甘い匂いがします!」
リベルさんが鼻をクンクンさせてからそう叫んだ。
いやいや、それはないんじゃないかな。
僕には匂いとか全然分からないけど。
でも食べ物に関しては、リベルさんの嗅覚、侮れないからな。
さすがにここには甘いものはないだろうと思いながら、僕は四角い建物の黒い扉をノックしようとした。
しかしその扉は、僕の拳が触れる直前に内側に向かって開かれた。
「ようこそ。お待ちしておりました。」
えっ?
これってデジャヴ?
それともタイムループ?
でも扉の色は白じゃなく黒だよな。
僕は視線を落とし、背の低い幼女の姿を確認しながらそんなことを考えていた。
なぜかそこにはサイン様が立っていた。
「ウィン様、リベル様、ディーくん様、お待ちしておりました。どうぞ中へお入り下さい。」
「えーと、サイン様?・・・ですよね。双子の姉妹とかじゃなく。」
「はいサインです。私に双子の姉妹はおりません。」
「なぜここに?」
「場面が見えました。」
「場面?」
「今日ここでウィン様と私が出会う場面です。」
「占術で見えたんですか?」
「はい。理由は分かりませんが、突然降りてきました。」
なるほど。
それでここに来たと。
でも待てよ。
サイン様、僕とサイン様が出会う場面が見えたって言ったよな。
占術って、自分の姿も見えるのか。
「サイン様、占術でご自分の姿が客観的に見えたりするんですか?」
「滅多にありませんが、ごく稀にあります。そんな時は見えた通りに行動するようにしております。」
そういうことか。
占術の中で自分の姿が見えてしまったら、無視することはできないよな。
おそらく何か意味があるんだろうし、その理由を知りたいと思うのが人の性だろう。
それにしてもサイン様の能力って興味深い。
確かスキル『預言』の効果を『占術』と呼んでるんだっけ?
『預言』を文字通り解釈すると、『言葉を預かる力』。
神からなのか、この世界からなのか、誰の言葉かは分からないけど、未来の出来事に符号しているらしい。
でも今日ここでサイン様と会うことにどんな意味があるんだろう?
そんなふうに鍛治の炉とサイン様の関係について考えていると、
「おばば・・・客人・・・中へ。」
扉の奥からそんなカタコトのような声が聞こえてきた。
若い女性のようだ。
この炉の鍛治士だろうか。
でも今、サイン様のことを『おばば』って呼んだよね。
10歳の幼女のサイン様を『おばば』って。
「分かりました、フレア。すぐにお連れします。ウィン様申し訳ありません。立ち話で話し込んでしまって。どうぞこちらへ。」
サイン様の後について建物の中へ入っていくと、部屋の中に細身で背の高い女性が立っているのが見えた。
赤みがかった茶色の長髪を背中でひとつにまとめている。
服装は真っ赤なツナギのような作業着だ。
彼女がフレアさんだろう。
見た目で判断するのは良くないけど、僕の鍛治士のイメージとはかなりかけ離れている。
男性であれ女性であれ、もっと筋骨隆々なタイプを想像していた。
「初めまして、ウィンです。よろしく・・」
そこまで言いかけたところで、何かが僕の横を駆け抜けていった。
「やっぱりあった〜! これ食べてもいいですか。うわぁ、今日はブルーベリーパイだ! ボク、これ大好物なんですよね。」
リベルさんが走って行った先にはテーブルがあり、そこには紅茶とお菓子がセットされていた。
おそらくサイン様の心遣いだろう。
でもリベルさん・・・・・。
いくら勇者でも、もうちょっと礼儀作法をわきまえてくれないかな。
人前に出しずらいんだけど。
また『庭』送りにしようかな。
そこで従魔たちに礼儀について厳しく指導してもらおうか。
そんなリベルさんの再教育計画について検討していると、サイン様から声がかかった。
「ウィン様、勇者様は『天衣無縫』。あのままでよろしいかと存じます。」
サイン様を見ると、なぜかニコニコ笑いながらリベルさんのことを見つめていた。
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